インドネシア映画倶楽部 第10回 「バリ ビート・オブ・パラダイス(BALI BEATS OF PARADISE)」 
バリガムランとアメリカファンクのコラボレーション

文・横山裕一

 

 アメリカのグラミー賞受賞歌手、ジュディス・ヒルのミュージックビデオ制作のため、約40年間アメリカでバリ・ガムランの普及活動をしてきたバリ人・ニョマン・ウェンテン氏(73)がコラボする過程を描いた音楽ドキュメンタリー映画。監督は東ジャワ州出身でハリウッドで活動するリフィ監督。

 随所に美しいバリの風景映像とガムラン音楽が織り交ぜられていて、バリの魅力を気軽に楽しめる。ちなみにジュディス・ヒルはアフリカ系アメリカ人の父親と日系人の母親を持つロサンゼルス生まれ。マイケル・ジャクソンやプリンスに認められた実力派の歌手だ。

 ロサンゼルスのUCLAなどでガムラン演奏を指導するニョマン氏は、バリ舞踊を指導する夫人のナニックさんとともに引退してバリに帰る予定だった。ただその前にアメリカで長年手がけてきたガムラン活動を何か形に残したいと考えていた。そこに舞い込んできたのが、新曲に新しい音を求めていたジュディス・ヒルの依頼だった。

 ジュディスが曲を流す。満面笑みのニョマン氏が体でリズムを取り出す。そして、リズムの合間を縫って「ティキ・ティキ・ティン」「ティキ・ティン」と声に出しながら、両手でガムランを鳴らすそぶりをする。ファンクミュージックをガムランで奏でるイメージが早速浮かび始める…。

 バリ・ガムランはあらゆるのものに神が宿るといわれるバリ島の、自然や生活全てを表現したものだという。一面に広がる田園、そよぐ風、それにあわせて左右に揺れる稲穂。舞い飛ぶ鳥、小走りの犬、そして細いあぜ道をすぅーっと歩く人々。その動き、リズムが鉄琴や銅鑼、太鼓、笛などで奏でられていく。美しい映像を背景に流れるガムランの音を聞いているとガムランの成り立ちのイメージが沸いてくる。

 そしてファンクミュージックとガムランのコラボ。異文化音楽の融合、合奏はよくあるが、今回も観ていて、聞いているうちにまさにジャズの世界を想い起こさせてくれるような気分になる…軽快なピアノ演奏に激しくトランペットがかぶさりながらソロに移る。やがてそれを奪うようにサックスがメロディを奏でたかと思うと、それを鎮めるかのようにベースがリズムを貯める。最後は全員でメインテーマを演奏する。まさに60年代のビバップ・ジャズを聴いているようだ。ファンクミュージックにガムランがどう融合していくか、練習やレコーディングシーンは観ていてわくわくする。

 ミュージックビデオのダンスはニョマン氏の奥さん、ナニックさんの担当。バリ舞踊の特徴は手と目の動き。指の動きは風にそよぐ稲穂を、左右に大きく動く目は沢山の果物などを頭の上に載せて運ぶ女性が、頭を動かせないため目だけを動かして周りを見ていたところに由来するという。

 作品中、特にバリ気分を味わえ、気分を和ませてくれるのが、ニョマン氏の生い立ちを再現するシーンだ。ニョマン氏の子供時代を演じる男の子が、バリの田舎の村でいかにバリ舞踊、ガムランに出会っていくかを描いている。

 彼が田舎の路地を歩く。彼の目線の高さでカメラが追いかける事で、路地を歩く臨場感が出るだけでなく、周囲の生活感も感じられる。そしてなにより、このニョマン氏幼少期を演じる男の子がいい。ちょっとぽっちゃり体形でお茶目な仕草を随所に見せて、バリの風景に相まって和ませてくれる。

 そして遂にできあがったガムランとのコラボによるジュディス・ヒルの新曲「クイーン・オブ・ザ・ヒル」。出来映えには満足したというニョマン氏だが…。

 以下はあくまで個人的な感想だが…ここまで紹介しておいて何だが、ビデオクリップの楽曲ではガムランの響きはあまり際立っておらず、ガムランとのコラボという意味では若干残念な気がした。もう少しガムランの音を立てた方がいい気もするのだが…。こればかりは人それぞれに好みがあるので、是非直接観て、聴いて感じていただきたい。

 とはいえ、バリの魅力、ニョマン氏のガムランにかける想いは十分に感じ取る事ができる。微笑みの島と言われるだけあって、アメリカで40年間の勤めを果たしたバリ人・ニョマン氏の笑顔はとても穏やかで、いい笑顔だ。(英語字幕)

 

予告編

https://www.youtube.com/watch?v=y05OyxqpxPU

 

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インドネシア映画倶楽部 第7回 「アンブ〜母(Ambuh)」

インドネシア映画倶楽部 第8回 「人間の大地(Bumi Manusia)」

インドネシア映画倶楽部 第9回 「追跡(Perburuan)」 日イ歴史の再認識

インドネシア映画倶楽部 第9回 「追跡(PERBURUAN)」 
日イ歴史の再認識

文・横山裕一

 

 インドネシア独立宣言74周年にあわせて公開された、巨匠プラムディア・アナンタ・トゥール原作の映画「人間の大地」と「追跡」。このうち「追跡」が予想外にも1週間足らずのうちに公開終了となってしまった。しかし、「追跡」は日本人であれば是非知っておいてほしい、そして今後何かの機会があれば是非観ていただきたい作品なので紹介したい。

 プラムディア原作の映画「人間の大地」がオランダ植民地の支配下で受けた不条理から、人間として、民族としての自我の形成を描いたものとするならば、本作「追跡」は日本軍政の占領下で抑圧された現地民族が我々は何かと問い、闘い、答えを見出そうとする、いわば日本を相手とした「人間の大地」ともいえるものだ。

 原作は旧日本軍が当時の東インド(現在のインドネシア)を占領して約2年が経った1945年2月14日、現在の東ジャワ州ブリタールで実際に起きた、「ブリタール郷土義勇軍(PETA)反乱事件」をもとに創作された。日本敗戦後に起きたオランダに対するインドネシア独立戦争中、オランダに逮捕されたプラムディアが獄中で書き上げた小説である。

 映画の舞台は中部ジャワ州ブロラ。主人公のハルドはブロラの日本軍本部で郷土義勇軍(PETA)の小団長を務めていた。郷土義勇軍とは日本軍が地元住民で組織させた民族軍である。ハルドたちは、ブリタール郷土義勇軍がスプリヤディ小団長を中心に密かに進めていた日本軍反乱作戦に参画しようとする。日本軍政下で一方的に命令を受ける日々、過酷な労働を強いられる人々。

「俺たち民族は一体何なんだ!」ハルドは叫ぶ。

 反乱決行の日、ハルドたちはブリタールの同志に合流しようと軍用車で宵闇に紛れて移動を始める。しかし、作戦は日本軍に既に知られており、山中にさしかかったハルドたちは日本軍から送られた兵に攻撃を受け散り散りとなる。

 ここからハルドたちの逃亡生活が始まる。木の実などで食いながらえ、時には洞窟に潜む日々。執拗な日本軍の追跡。原題の「Perburuan」の意味のごとくまさに「狩猟」のように追いかけられる。親、恋人、民族のために起こした行動、裏切り、自分が追いつめられた現在の状況…日々、様々な想いを巡らせるハルドの髪は伸び、身はやつれていく。

 ついに故郷のブロラに辿り着くハルド。故郷には両親が、許嫁がいる。身の丈以上のトウキビ畑に身を隠すが、直ぐに日本軍に知られるところとなる。畑での父親との再会、拷問や娘に被害が及ぶのを恐れた許嫁の父親の裏切り、そしてついに逮捕されるハルド…。

 日本軍憲兵隊員、尋問を受けるハルドの許嫁親娘、ハルド追跡を担当したハルドの郷土義勇軍の元仲間、連行されてくるハルドたち。それぞれが想いを抱えながら一同が会したその時、住民達が叫びだす。

「インドネシアが独立宣言したぞ!」

ドラマは急転するも、悲劇的な終局を迎える。

 映画の冒頭、日本国旗掲揚で始まり、ラストシーンではインドネシア国旗がはためいて終わるのが象徴するように、日本人にとっては過去の歴史認識を改めて深める意味でも、示唆に富んだ作品である。かつて日本映画「ムルデカ」が公開されて以降、「日本はインドネシアの独立を手助けした」という面のみが先行してしまいがちな中、日本人の再認識に一石を投じてくれる作品ともいえる。

 監督はリチャード・オー氏。シナリオだけで2年間を費やしたように、この作品への意気込みは大きかったという。「この映画に対する一番の挑戦は、インドネシア独立という大転換期に際して、そして戦争に際してのヒューマニズムをいかに描くかだった」と話している。

 抵抗、裏切り、努力、挫折、失望といった、様々な人々が多くの事態に直面し追いつめられた時、それぞれの心中の明暗、複雑さを描きたかったという。それがリチャード監督の言う「原作に込められた、ヒューマニズムと正義とは何か」を問うことなのだという。

 人間同士の争いはいつの時代でも起きる。一昨年のジャカルタ特別州知事選挙や今年の大統領選挙でも、宗教や民族などの違いを政治利用した誹謗中傷が横行し、市民や国民の心に大きな分断を作ってしまった。多様性国家が特徴のインドネシアがなぜ今、多様性の大切さを叫ばねばならないのか。この作品を通して監督によるインドネシアの人たちへのメッセージは、この時期だからこそより強く伝わってくるようだ。

 逃亡を続けた主役のハルド役を演じた、アディパティ・ドルケン(28)は若手の実力派二枚目俳優。報道によると、本作と同日公開された「人間の大地」の主人公ミンケ役を長年熱望していたとのこと。残念ながら年齢的にもよりミンケに近いイクバル・ラマダン(19)が選ばれたが、ドルケンは4年前からリチャード監督に本作「追跡」の主役を依頼されていたという。

 それだけに、逃亡の最中の熱演は光っている。正義の信念をもった行動が挫折し、失望、希望への努力など自問自答に苦しみ続ける日々。洞窟に潜む暗闇で、一本一本マッチの明かりに浮かび上がる彼の表情は見応えがある。

 また逃亡の果てハルドが故郷に戻り、身を隠したトウキビ畑の掘建て小屋で父親と再会する夜のシーンも印象深い。恐らく噂でハルドが近くで隠れているのを父親が聞きつけたのだろう。しかし、お互いに知らぬ者同士の振りをして会話する。第三者が聞き耳を立てている可能性を警戒するため、お互い抱き合う事もできない。

 父親がゆっくりと話しだす…
「私の妻は息子の事を想いながら死んでしまった」
声は出さぬものの、暗闇に大きく目を見開くハルド。

 皆のためと自分が起こした行動が、病床の母の命まで。ハルドの苦悩は深まる。何のための反乱だったのか…。胸の締め付けられるシーンだ。

 ドルケンは2015年公開の映画「ジェンドラル・スディルマン」で独立戦争の英雄・スディルマン将軍を好演しているが、偶然にもここでも逃亡の日々の役柄だった。

 オランダとの独立戦争は結果的にインドネシアが勝利し、独立を勝ち取ったが、実際の戦闘では質量ともに武器が上回るオランダ軍が優勢だった。独立への希望の象徴、スカルノ、ハッタはオランダ軍に捕まり、独立軍の最後の砦としてスディルマン将軍が相手軍門に下らない事が独立軍の士気を保つ事だった。

 同じ逃亡劇でも、ドルケンが演じたスディルマン将軍と「追跡」のハルドとでは大きく違うのが興味深い。苦悩するハルドに対して、スディルマン将軍は独立を勝ち取る信念をむき出しにし続けた。味方兵が減っていく中、自ら病にも冒される。しかし、眼光鋭く一点を見つめながら、逃亡のための一歩を踏み出す。ドルケンの演じ分けを見比べるのも面白い。

 余談ながら、いい作品だけにどうしても残念だったのは、じゃかるた新聞の映画評でも指摘されていたが、日本人の描き方があくまでも「インドネシア人を通した日本人」になっていることだ。言葉も日本兵が「こっちへ来い」と命令する場面で「こっちへ来て」と言ってしまったり… インドネシアの観客には全く気に留められない点かもしれないが、この映画は日本人にも是非観てもらいたい作品だけに、もう少しリアリティさを深めてもらいたかった。

 ただ、ラストシーンで心ならずも主人公を裏切った郷土義勇軍の仲間が思わず「ハイッ」といってひざまづくシーンは、悲しいかな、いつの間にか身に付いてしまった日本兵の習慣が追いつめられた感情の極みに心ならずも出てしまう様子がよく伝わっていて、印象に残るいい場面だ。

(さらに余談で言うと、2016年公開の映画「ウィンター・イン・トウキョウ」は、日本とインドネシアのハーフの女性と日本人男性による東京を舞台にした恋愛ストーリー。俳優が両者ともインドネシア人なのはいいが、ほぼ全編に多用される日本語はたどたどしく、一部使い方もおかしい。さらに常にペコペコお辞儀をしながらの動作も不自然で、インドネシア人からはこんな風に日本人が見えるのかと悲しくもなった作品である。)

 2019年8月、「追跡」「人間の大地」とプラムディア作品が初めて映画化され公開されたのは、インドネシアとしてはエポックメイキング的な出来事である。言論統制のスハルト政府による発禁処分が解かれ、2006年に25年ぶりに再発刊されたプラムディア作品。そして約15年の時を経て、映画として再登場した。

 大手配給会社のファルコンは独立記念日のある今年8月を、「プラムディア月間」として意義あるものとして盛り上げるため、観客が散漫になる事を恐れずに2本とも同時上映したという。この機会に是非とも巨匠プラムディアの世界、魂に触れていただきたい。

 

予告編

https://www.youtube.com/watch?v=v6K4H1VPR9U

 

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インドネシア全34州の旅 #27 ジョグジャカルタ 
映画ロケ地巡りとワイサック

文・写真…鍋山俊雄

 

 インドネシアでバリ島の次に、観光地として有名なのは、ジョグジャカルタだろう。世界遺産の仏教遺跡ボロブドゥールやヒンドゥー遺跡プランバナンが海外からの観光客を引き付けている。

 ジョグジャカルタ特別州は、ジョグジャカルタ市と周辺の県で構成されている。インドネシアの中で唯一、現在でも、スルタン(国王)が州知事を務め、王国制度が存続している所でもある。王国は1755年に創立され、現在はハメンクブウォノ10世がスルタン位を継承している。王宮関係の施設もあって見学を楽しめるところは、さながら京都のようで、実際に、京都市とは姉妹都市提携をしている。

 また、昨今では、さまざまな新しい観光スポットも増えてきている。

 2002年に、高校生の友情と恋愛を描いた映画「Ada Apa Dengan Cinta? (AADC=「チンタに何があったのか?」。日本では「ビューティフル・ディズ」という邦題で上映されている)が封切られて、一世を風靡した。私は当時、インドネシア駐在3年を過ぎたころで、字幕もないインドネシア語の映画はまだハードルが高かったのだが、映画を見た後もVCDで繰り返し見てセリフの意味を調べたのを覚えている。今回、2度目となった赴任中の2016年に、「AADC14年後の続編」として「Ada Apa Dengan Cinta? 2(略称「AADC2」)」が封切られた。14年後の主人公を取り巻くストーリーと、ハッビーエンドに終わる内容を楽しむべく、こちらも繰り返し見に行った。

 印象に残ったのが、主人公らが再会したジョグジャカルタで、彼らが訪れた数々のスポットが、定番の観光地としてはあまり知られていないユニークな場所であったことだ。映画公開後、AADC映画ファンの「ロケ地巡礼」がその後流行っていた。そのいくつかをご紹介する。

Keraton Ratu Bokoの広場

 まずは「Keraton Ratu Boko」。ここは、プランバナンを遠くに望む、丘の上にある。8世紀ごろのマタラム王国に関連があると考えられているが、どのような場所なのか、はっきりとは解明できていない。ちょっとした階段を登り切って石造りの正門をくぐると、広大な土地に、石畳みの広場や石造りの小さいピラミッド風の建物が点在している。正門にかかる夕日が有名で、夕日待ちの人々が、思い思いの場所で写真を撮っている。

正門にかかる夕日

プランバナンが見える

 次に、「Gereja Ayam」と呼ばれる教会。ボロブドゥール遺跡からさらに西の山の中に3キロぐらい入った所だ。比較的新しい建物で、インドネシア人のクリスチャンがお祈り用の場所として建て始めたものらしい。

教会の内部

 AADC2では、ここで、主人公2人が夜通し語り合い、鳥の頭のてっぺんで、日の出の景色を眺めるシーンがある。確かに、ここから眺める風景は素晴らしい。ロケ地になったお陰で、すっかり有名になり、定番の観光地となっているようだ。教会の後ろにはカフェもある。

頭部からの眺め

 次に、ジョグジャのインスタスポットとして、行列が出来ている所を紹介しよう。

 山の斜面にある森林公園「Pinus Pengger」だ。ジョグジャのマリオボロ通りから東南に1時間半ぐらい車で行った所にある。樹木を元にした、人が乗れる規模のオブジェが点在していて、景色と写真撮影を楽しむ場所になっている。

 特に、斜面に張り出した手のひらのオブジェが人気だ。ここでは、番号が書かれた整理券を受け取ると、順番に番号が呼ばれて、そのオブジェで写真を撮れる。1人で行っても、周りの人にカメラを渡して撮ってもらうことができるので、問題ない。

 昼間の眺めも良いが、暗くなると、手のひらがライトアップされ、空中に浮かんだように見える。夜景をバックに撮影する写真をお目当てとして、夜になっても行列は続いていた。

 世界的に有名なジョグジャカルタのボロブドゥール遺跡で、毎年5月ごろの満月の時に、仏陀の生誕・成道・涅槃を祝って行われている仏教大祭がワイサックと呼ばれる。この大祭では、夜の祈りの儀式で、多くのランタン(提灯)を夜空に放つのが有名だ。

 ワイサックには一度参加してみたいと思っていたところ、「ジョグジャに当日、現地集合」というバスツアーを見つけたので、参加してみた。朝7時半に、「Yogyakarta Tugu」駅の近辺に集合する。そこから1時間余り、バスに乗って、まずはMendut寺院に向かう。そこにはすでに、海外からの参加者も含め、数十人の僧侶が集まっており、式典が行われていた。僧侶のほかにも、国内の仏教徒が多く参加しており、僧侶とともに祈りを捧げている。この儀式は昼過ぎまで行われる。

 その後は、そこからボロブドゥール遺跡まで、儀式の参加者および観光客の参列者が大行列になり、行進が行われる。暑さの中、約4キロ。のんびり歩いて1時間少々だろうか。

 ボロブドゥール遺跡の周辺には、大きなテントが張られ、各仏教の宗派ごとにディスカッションや説法が行われているようだ。ツアーの観光客は、夜8時ごろ開始のランタンの儀式まで、自由時間となる。

 ワイサックが断食期間と重なった2019年は、観光客は比較的少なかったが、それでも、ランタンを飛ばす儀式の時は一度では参加者を収容できないため、午後8時と午後11時ごろの2回に分けて行われる。

ボロブドゥール寺院から見た、夜のランタン打ち上げ場所

 うっすらとライトアップされたボロブドゥール寺院を背景に、厳かに祈りの儀式が行われる。その間に、すでに準備されたろうそく台に沿って、参加者は着座して、儀式に参加する。そして最後に、クライマックスとなるランタンの打ち上げ。

 6人で1組になってランタンを広げて、ろうそくに火を灯して、熱気が十分にランタン内部に行き渡るのを、ランタンを支えながら待つ。司会者の合図とともに、熱気がたまって膨れたランタンを空に向かって放つと、思いのほか上昇のスピードは早く、瞬く間に、夜空に、明るいオレンジの灯が散らばっていく。参加者全員が夜空を見ながら歓声を上げている。

 ボロブドゥール寺院の脇の特設ステージで午前4時ごろまで、別の儀式が夜通しで行われるが、私の参加したツアーは、このランタン上げで終了。朝の集合場所もジョグジャ駅に、午後11時過ぎに帰り着き、解散となった。

 ジョグジャカルタは最近、既存の軍・民間共用のアジスチプト空港のほかに、新しい国際空港が西側の海沿いに開港された。現空港は収容能力からも限界のようだったが、マリオボロ通りなどの中心地から車で1時間以内で行ける、便利な立地であった。新空港は、既存の観光資源からは遠方になってしまったが、この新空港開港で、新たな見所へのアクセスが改善されることになるのだろうか。バリと並ぶ国際観光名所としてのジョグジャカルタがどうなっていくのか、今後の発展も楽しみである。

 

 

鍋山俊雄(なべやま・としお)
インドネシア在住期間は計13年になる。仕事でジャワ、カリマンタン、スマトラへの出張が多いことに加えて、「週末弾丸トラベラー」としてインドネシア各地を放浪し、全34州を訪問した。

 

 

インドネシア全34州の旅
#0 空港
#1 北スラウェシ州 インドネシアの最北端?
#2 アチェ州 インドネシア0キロ地点と津波の跡
#3 ブンクル州 英国の砦、スカルノの足跡
#4 南カリマンタン州 川の街の水上マーケット
#5 バンテン州 バンテン王国跡へ、列車の旅
#6 西カリマンタン州 春分の日に赤道へ 影がなくなった!
#7 南東スラウェシ州(上) 波の音しか聞こえない、ぜいたくな空間
#8 南東スラウェシ州(下) インドネシア最大級、ブトン王国の城壁都市
#9 バンカ・ブリトゥン州 アホック前知事の故郷、「ラスカル・プランギ」の島
#10 リアウ諸島州 最北端の島の1つ。石群が織りなす造形

#11 西スラウェシ州 トラベラーの中でも「まだ行ってない」率が高い

#12 パプア州 ①国境編(ジャヤプラ、メラウケ) 国境の看板の向こうは熱帯雨林

#13 パプア州 ②山編(ワメナ) 伝統の残り香のあるうちに

#14 パプア州 ③海編(ティミカ・パンタイ) 船で新しい土地へ

#15 パプア州 ④戦争編(ビアク) 息をのむ美しさの海、戦争の名残り

#16 西パプア州 ラジャアンパットを一人で弾丸旅行する方法

#17 リアウ州 仏教遺跡と王宮

#18 ジャンビ州 東南アジア地域で最大級の広さを持つ寺院遺跡群

#19 南スマトラ州 アンペラ橋の周りの見所を巡る

#20 ランプン州 草原の象、蝶の公園

#21 バリ州(ヌサペニダ島)  断崖絶壁と白砂ビーチめぐり

#22 ジャカルタ特別州  オランダ時代の「忙しい」島から見る高層ビルの街

#23 西ジャワ州 緑の中にたたずむ伝統村

#24 中部ジャワ州 週末のスマラン、鉄道の旅
#25 東ジャワ州① 絶景ブロモ山とマランの「ブルーシティー」
#26 東ジャワ州②マドゥラ島  全速力で駆け抜ける牛の勇姿、人工の石灰岩の造形