インドネシア映画倶楽部 第21回 「ミレア ディランの想い(MILEA SUARA DARI DILAN)」 
大ヒット三部作最終章・二人の恋の行方は

文・横山裕一

 

 前作から早くも一年、「ディラン」シリーズの最終作が本作品である。第1作「ディラン1990」(2018年公開)では観客総数約632万人、第2作「ディラン1991」では約525万人を動員した。いずれも詳細データのある2007年以降で歴代2位、3位の観客動員数を記録する、大ヒット作だった。(前作はインドネシア映画倶楽部第4回「ディラン1991」をご参照)

 それだけに最終章への期待も大きく、日刊紙コンパスのオンラインニュースによると、作品の主な舞台となる西ジャワ州バンドゥンでは、公開初日に合わせて出演者も舞台挨拶に来たため、若い女性を中心に大勢のファンが映画館を訪れたという。

 過去二作品では、ジャカルタからバンドゥンへ転校しディランと出会う少女、ミレアを通して物語が展開したが、今作品は副題に「ディランの想い(SUARA DARI DILAN)」とあるように、ディランの側から過去の二人の思い出を振り返り、どのような気持ちでミレアを想ってきたかが語られる。

 気持ちのすれ違いから二人が縁遠くなって6年後の1997年、二人の高校の同窓会が開かれる。再会する二人の行方はどうなるか、いよいよ結末を迎える。かつてディランが「恋しいと思っちゃいけない、辛くなるだけだから。耐えられないだろう?(辛い思いをするのは)僕だけで十分だ」とミレアに語った言葉をディラン自身が改めて実感する「想い」が作品全体を通してひしひしと感じられる。

 きめ細やかなディランのナレーションと回想シーンが中心となるため、初めて見る人でも過去の経緯がわかりやすい内容となっている。ファンにとっては過去二作品の名シーンを再びかみしめることができるだろう。

 ただし、回想シーン中心のため作品に目新しさが欠けてしまっているのは残念なところだ。ハリウッドや日本を含め、ヒット作の続編が制作されるのはファンの要望、興行面から世の常だが、前作を上回る作品がなかなか生まれないのも事実である。来年「インディジョーンズ」の第5作目が公開予定という。ファンである筆者としては嬉しい反面、観るのが怖いのも正直なところだ。

 今作品「ミレア」だけでなく、「ディラン」全作品を通して改めて感じられるのは、インドネシアでは若い男女の恋愛は日本と比べて、とてもオープンであることだ。男女間でお互いの気持ちが確認できれば、学校でも校外でも公言する。筆者がかつて街頭インタビューをカップルにした時も、日本では恥ずかしそうにするが、インドネシアでは逆に嬉しそうに「恋人です」と答えてくれた。

 前作の原稿でも触れたが、双方の両親にもオープンに紹介し、親密になる。家族を第一に考える家族主義が強いインドネシア文化ならではとも言える。今作品でもミレアがディラン以上に想っているのではないかと感じてしまうほど、ディランの母親に対して強い親愛の情を持ち続けているシーンもある。

 話はずれるが、バレンタインデーは近年インドネシアでも認知度が高まり、中高生、学生を中心とした若者の間で広まりつつある。一方で、イスラム色を強める風潮の中、イスラム有識者協議会(MUI)は2017年に「イスラム教徒がバレンタインデーを祝うのはハラム(禁忌)である」との見解も出している。

 さらには過去にバレンタインを機に未成年の飲酒や不純交友が発覚したこともあり、多くの地方自治体が学校などを通じてバレンタインデーに伴う行動を禁止している。その一方で、バレンタインデーとはどのような意味を持つものかを教育の場で明らかにして学ぶことこそ、異教徒間の理解を深める良い機会ではないかとの意見も出るなど、毎年是非をめぐって議論が起きている。

 こうした傍ら、ジャカルタのモールではバレンタインセールが、スーパーでもバレンタインの文字はなくとも大きなハート型の風船を飾ってチョコレートなどの安売りが行われている。建前と本音がしたたかに使い分けられている。

 今作の「ミレア」がこの時期(2月13日木曜、インドネシアでは毎週木曜日が公開開始日)に公開されたのも、恋愛物語に引っ掛けてバレンタインデーに合わせたようにも見える。

 とはいえ当然のことながら「ミレア」を観ても、当局に咎められることはないので、機会があれば是非鑑賞していただきたい。映画「人間の大地」(2019年公開)でも好演した若手俳優イクバル・ラマダン演じる、ディランの魅力は健在で、大人が観ても気持ちの良い恋愛ストーリーである。特に1990年代に多感な時期を過ごした人にとっては、「お国柄の違い」を超えて共感できるだろう。

 

予告編

https://www.youtube.com/watch?v=999LC1VAeew

 

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インドネシア全34州の旅 #32 中部スラウェシ州② 
スラウェシの「ミニ・ラジャアンパット」

文・写真…鍋山俊雄

 

 西パプア州のラジャアンパットは美しい海と島々で知られる。パイネモ(Pianemo)の展望台から見た、ターコイズブルーの海に島々の点在する写真が有名である。ラジャアンパットはもちろん素晴らしいのだが、ジャカルタから遠距離で、旅行費用は高めだ。このため、インドネシア人トラベラーの間では、スラウェシ島東部にある「ミニ・ラジャアンパット」が有名になっている。

 「ミニ・ラジャアンパット」とは、南東スラウェシ州から中部スラウェシ州にかかる海域にあり、中部スラウェシ州のソンボリ(Sombori)島と南東スラウェシ州ラベンキ(Labengki)島に分かれる。

 インドネシア人のブログなどで行き方について情報収集したところ、南東スラウェシ州都のクンダリ(Kendari)から船で行くツアーが出ていることがわかった。早速、クンダリ発、ソンボリ島とラベンキ島巡りのオープントリップ(ローカルエージェントが募集する現地集合・解散のツアーで、参加者が定員に達すれば催行される)をインターネットで見つけて申し込んだ。3日間のツアーだが、初日の集合時間が早い。午前2時ジャカルタ発の直行便では、あまり時間に余裕がないため、前日夜にクンダリ入りしておいた。

 初日は、クンダリの港から小さな船に乗り込み、宿泊する小ラベンキ島(Pulau Labengki Kecil)まで向かう。海況は穏やかで、滑るように進んで行く。数々の小さい島を通り過ぎ、約3時間後の昼過ぎには小ラベンキ島に到着した。

クンダリの港から出発

小ラベンキ島に到着

 小高い丘があるほかは、平坦な砂浜が広がり、浜辺には色とりどりの家が並んでいる。ホームステイで泊まる家には4畳半ぐらいの部屋がいくつかあり、中にはマットレスと扇風機があるのみだ。家の奥には少し広い部屋があり、ホスト家族が住んでいる。

小ラベンキ島のホームステイ

 部屋の前にはバルコニーがあり、目の前にはラベンキ島、白い砂浜と美しい海が目の前に広がる。バルコニーは、食事をしたり、海を眺めながらくつろぐ場所となっている。

バルコニーからの眺め

かわいいティッシュケース

 荷物を部屋に置いた後、ラベンキ島周辺のスポットを船で巡るのに出発した。まずはラベンキ・ブルーラグーン(Labengki Blue Lagoon)と呼ばれる、何やら秘境めいた所だ。小ラベンキ島の向かいにあるラベンキ島の奥まった入り江にあり、ここには船着場も民家も何もない。浅瀬の海でボートを停めて、じゃぶじゃぶ、海の中を歩く。

歩いてラベンキ・ブルーラグーンに向かう

 入り江の周囲は切り立った岩に囲まれ、岩肌が鋭利な刃物のようだ。まるで大きな霜柱がそそり立つ彫刻のような形をしている。これをどうやって登るのだろう、と思って近付くと、ハシゴが一本、掛けてある。

ハシゴ

 あらかじめ用意していた軍手をはめて、慎重にハシゴを登った後、岩を越えていくと、目の前に、エメラルドグリーンの小さな沼が広がった。

 静まり返った森に囲まれた幻想的な雰囲気の中、沼の中には彫像のように岩がそそり立っている。沼には数々の魚が泳いでいるのも見える。ここで泳ぐこともできるそうだ。ラグーンの中にそびえる岩と一緒に写真を撮るのが、ここでのお決まりのようだ。いかにもインスタ映えするスポットである。

 次のスポットは「愛の入り江」(Teluk Cinta)という名の、ハート型の入り江。ここが最初の「ミニ・ラジャアンパット」だ。岩を切り開いた階段を登って小高い丘に上がると、目の前には、緑の生い茂る岩礁がいくつか広がる。本場の規模感ではないが、青空の下、ターコイズブルーの海に点在する島の風景は美しい。

 この風景の反対側にあるのが、ハート型に見える「愛の入り江」だ。

 初日最後、ラベンキ島にある白砂の長い海岸(Labengki Pasir Panjang)に立ち寄った。ヤシの木と白砂がひたすら続く海岸だ。再び小高い岩山に登って、高台から海岸を眺める。

 静まり返った海岸から先は、澄み切った青空と遠浅の海が広がっている。水平線が境界線となり、合わせ鏡のような風景だ。

 宿に戻ってから、小ラベンキ島の中を散歩してみた。海岸沿いの一本道の両側に家がある。

 漁に出る船の修繕をする青年、子供の髪を編みながら、おしゃべりに興じる女性たち。テレビ用のパラボラ・アンテナは時々見かけるが、スマホで何かを見ている人が多い。街中にはバレーボールコートがあり、人々が試合を楽しんでいる。船が漁から帰って来たようで、獲物を網から下ろしている。これが、ここの日常風景なのだろう。

小ラベンキ島の子供たち

 夕刻になり、ラベンキ島に夕日が沈み始めた。夕食は、地元で獲れた魚料理を食べ、テレビもない部屋で、波の音を聞きながら眠りについた。

ホームステイでの夕食

 2日目は、1時間ほどボートで北上し、ソンボリ島周辺に向かう。ここにも「ミニ・ラジャアンパット」があるのだ。

 ラベンキ島同様に階段が整備されており、岩場の上の開けた片隅に、周囲を見渡せる展望エリアがある。「展望エリア」と言っても、岩場に最低限の柵を設置しただけで、崖直下には海が開けており、あまり身を乗り出したくはない。

 初日に見たラベンキのポイントより、もう少し島の数が多く、より「ラジャアンパットらしい」風景だ。この周囲ではリゾート開発をしているようで、水上コテージも建設されている。

 この辺りにも自然の造形が見所となったスポットが多く、順番に巡ってみる。

 「ダイヤモンド鍾乳洞」(Goa Berlian)では、ダイヤモンドのようにキラキラ輝く盛り上がった鍾乳石が小高い塔となっている。洞窟の天井までは15メートルぐらいあるだろうか。鍾乳洞の内壁にも岩のつららが幾十にも連なっており、なかなか見ごたえがある。表から見ると、ただの切り立った岩肌なのだが、内部がこのような鍾乳洞になっているのは興味深い。

 次に、「アロ洞窟」(Goa Allo)に入った。波が打ち寄せ、海面に接する岩肌が削られ、出来た洞窟の中は、浅い水たまりになっている。洞窟の入口から差す光の中、プライベートプールのような雰囲気である。

 別のラグーン近くの水上住宅に立ち寄り、コーヒーをご馳走になった後、1度目のシュノーケリング。浅瀬のサンゴ礁は、シュノーケリングで十分に楽しめる。昼食は、島の砂浜で弁当を広げる。ひと気がない砂浜には、大小のヤドカリが闊歩していた。

 昼食後、海上住宅が並ぶ小さな村、ムボキタ(Mbokita)で一休み。この辺りの住民は皆、海洋民族であるバジョー(Suku Bajau)だ。スラウェシだけではなく、カリマンタン、ヌサトゥンガラ諸島域にも広がって、島の際に海上住宅を建てて住んでいる。

 元来、バジョーは陸地に定住せず、船上生活を送る民族だった。インドネシア政府の定住化政策もあり、島々の海岸に水上住宅を建てるようになったらしい。バジョーの人と話をすると、「さすがに現在では、船上生活者はまずいないだろう」とのことだった。

 バジョーの子供たちは生まれた時から海とともに暮らしているため、魚捕りも、潜りもうまい。海上住宅をつなぐデッキの上から、子供たちが楽しそうに歓声を上げ、次々と海に飛び込んでいた。その周辺で、2度目のシュノーケリングを楽しんだ。

 朝は薄曇りだったが、日中に天気が良くなったこともあり、ミニ・ラジャアンパットにもう一度立ち寄ることになった。朝の見学ポイントとは反対側の、太陽を背にして絶景を楽しめる場所なのだが、階段がなく、登るのは少々難しいそうだ。

 小高い岩山で、海岸線からは、かなり急な傾斜になっている。砂浜から岩山に登るための小さいハシゴが見える。高さは15メートルぐらい。ハシゴを登った後、切り立つ岩を軍手でつかみながら、慎重に、ゆっくり登って行き、15分ほどで頂上に到着した。

このハシゴの所から15メートル登る

 頂上には、切り立った彫刻のような岩の尖頭が連なり、足場もあまり良くない。しかし、目の前に開けたのは、登る苦労が十分に報われる風景だった。浅瀬の海の中心には深い青。そこからターコイズブルーに変わっていく。点在する岩礁に日の光が当たる。

 柵もないので、あまり冒険するわけにもいかず、写真撮影をしながら絶景を堪能し、元来た道を慎重に降りて、無事に船に戻った。陽が傾く中、ラベンキ島に到着し、2日目が終了した。

 翌朝、2時間余りをかけて、クンダリの港まで戻った。街中で昼食を取った後、空港まで送ってもらい、オープントリップは終了。クンダリの街にはあまり興味を引くものがなかったので、そのまま夕方の直行便でジャカルタへ戻った。

 このラベンキ・ソンボリ島ツアーは徐々に有名になり、周辺ではコテージ建設が進むなど、徐々に観光地化され始めているようだ。人工物がいろいろ出来る前に、自然のままの風景を楽しめて良かったと思う。「ミニ・ラジャアンパット」と名乗らなくても十分に魅力がある、美しい島々への弾丸旅行だった。

 

 

鍋山俊雄(なべやま・としお)
インドネシア在住期間は計13年になる。仕事でジャワ、カリマンタン、スマトラへの出張が多いことに加えて、「週末弾丸トラベラー」としてインドネシア各地を放浪し、全34州を訪問した。

 

 

インドネシア全34州の旅
#0 空港
#1 北スラウェシ州 インドネシアの最北端?
#2 アチェ州 インドネシア0キロ地点と津波の跡
#3 ブンクル州 英国の砦、スカルノの足跡
#4 南カリマンタン州 川の街の水上マーケット
#5 バンテン州 バンテン王国跡へ、列車の旅
#6 西カリマンタン州 春分の日に赤道へ 影がなくなった!
#7 南東スラウェシ州(上) 波の音しか聞こえない、ぜいたくな空間
#8 南東スラウェシ州(下) インドネシア最大級、ブトン王国の城壁都市
#9 バンカ・ブリトゥン州 アホック前知事の故郷、「ラスカル・プランギ」の島
#10 リアウ諸島州 最北端の島の1つ。石群が織りなす造形
#11 西スラウェシ州 トラベラーの中でも「まだ行ってない」率が高い
#12 パプア州 ①国境編(ジャヤプラ、メラウケ) 国境の看板の向こうは熱帯雨林
#13 パプア州 ②山編(ワメナ) 伝統の残り香のあるうちに
#14 パプア州 ③海編(ティミカ・パンタイ) 船で新しい土地へ
#15 パプア州 ④戦争編(ビアク) 息をのむ美しさの海、戦争の名残り
#16 西パプア州 ラジャアンパットを一人で弾丸旅行する方法
#17 リアウ州 仏教遺跡と王宮
#18 ジャンビ州 東南アジア地域で最大級の広さを持つ寺院遺跡群
#19 南スマトラ州 アンペラ橋の周りの見所を巡る
#20 ランプン州 草原の象、蝶の公園
#21 バリ州(ヌサペニダ島)  断崖絶壁と白砂ビーチめぐり
#22 ジャカルタ特別州  オランダ時代の「忙しい」島から見る高層ビルの街
#23 西ジャワ州 緑の中にたたずむ伝統村
#24 中部ジャワ州 週末のスマラン、鉄道の旅
#25 東ジャワ州① 絶景ブロモ山とマランの「ブルーシティー」
#26 東ジャワ州②マドゥラ島  全速力で駆け抜ける牛の勇姿、人工の石灰岩の造形 
#27 ジョグジャカルタ 映画ロケ地巡りとワイサック
#28 西スマトラ州  ブキティンギのグランドキャニオン
#29 北スマトラ州 ニアス島へのオープントリップ
#30 西ヌサトゥンガラ州 スンバワ島へ、2枚の写真の風景を見に
#31 中部スラウェシ州① 人や動物、謎の石像遺跡群

インドネシア映画倶楽部 第20回 「スムスタ・あらゆるもの(SEMESTA)」
気候変動に向き合う民族のドキュメント

文・横山裕一

 

 環境破壊に伴う気候変動。この影響は赤道の約8分の1を占める範囲に国土・領海を占めるインドネシアでも深刻で、この作品では各地の民族、部族がいかに自らの伝統風習、文化、信仰のもと対応しているかを興味深い7つのエピソードとしてオムニバスで紹介している。

 バリヒンドゥー信仰で生きる人々と、熱帯雨林で生活するダヤック族による伝統的な自然との向き合い方。異常気象による豪雨の影響を受けたフローレス島の人々や、森林の減少でゾウが村の畑を荒らして悩むアチェの人々。西パプアの海女に代々引き継がれた自然保護の風習など。

 これらはすべて、ゴミ問題、熱帯雨林の減少、温暖化によるサンゴの破壊や海面上昇など、自然破壊がもとで現在インドネシア各地で直面している環境問題で、漁獲や収穫量など生活と直結するだけに地方の各民族にとって深刻な現実となっている。

 アチェのモスクでは、ゾウに畑を荒らされた農民が集まり、キアイ(イスラム説教師)を中心に対応策が話し合われる。
キアイ「何かいい解決策はありますか」
農民の一人「毒殺か、銃で撃つか……」
キアイ「そんな訳にはいかないでしょう」
 ゾウも自然環境のひとつ。対応に悩む人々の深刻さが実感としてうかがわれる。

 フローレス島の山岳部では異常豪雨による洪水でダムのタービンなどが破壊され、停電が続く。教会で神父が住民たちに報告する。
 「試算したところ、修理費は約300万円、一軒あたり約4万円の負担になる。皆さん、払えますか」
ざわつく会場。貧しい村のため一ヶ月の収入以上の額だろう、当然支払えない。
 神父が微笑んで言う。「では皆さん、我々自らで直しましょう!」

 作品内の7つの物語全てに共通していることは、直面した環境問題に対して、自分たちでできることは何かを考え、自らが行動を起こしていることだ。人間が生きていく以上必須である自然との共生、環境保護に、全ての人間が関わる必要性がメッセージとして強く込められている。

 またこの作品で興味深いのは、どこの地域のどの民族も、宗教や伝統信仰が地域コミュニティのベースとして色濃く取り上げられている点だ。地域問題はモスクや教会で行われ、宗教指導者を中心に話し合われる。

 近年、選挙などで宗教の政治利用により偏った宗教活動がクローズアップされたが、住民が信頼する宗教指導者のもと、身の回りの問題に対処していく、「インドネシアらしい」宗教コミュニティの本来のあり方をうかがわせている。

 このドキュメンタリー映画のもう一つの魅力は、各民族の生活習俗、それを取り巻く素晴らしい自然環境・風景が盛り込まれていることだ。まさに「多様性国家インドネシア」の姿が簡潔に凝縮されている。

 青森県のねぶた祭りを思わせるバリのオゴオゴの祭、ダヤック族の100mはあろうかという木造高床の豪壮な伝統家屋(ルマー・ブタン)、西パプア州ラジャアンパット近くにある海面が鏡のように景色を反射する美しい海、カリマンタン島の鬱蒼とした熱帯雨林、スマトラゾウの貴重な生息風景など。

 圧倒的に美しい自然や各民族の伝統習俗の映像は、作品を通して環境保護の大切さを強く訴え、我々は何をすべきかを訴えかけてくる。その答え全てではないが、物語最後の第6、第7のエピソードで、ジョグジャカルタの田舎と大都市ジャカルタでの新たな取り組みが紹介されている。

 本作品から話はずれるが、日本生活も長い日本人とのハーフのインドネシア人男性が2012年、日本人有志とともにジャカルタのスナヤン競技場で「ポイ捨て」されたゴミを自主的に集める「お掃除クラブ」を発足した。

 ゴミ拾いをする日本人の姿を見て、ほどなく多くのインドネシア人も同クラブに参加するようになる。さらに新聞・テレビなど各メディアに取り上げられ、スラバヤやメダンなどにも地域クラブができ、活動は全国的な広がりをみせた。現在も多くの地方で活動は続いているようだ。

 こうした活動もまさに本作品の最後のエピソードに匹敵するものともいえ、作品テーマの答えに通じるものだろう。特別なことでなく一人一人ができることから始める。最近で言えば、プラスチックゴミ減少のためエコバックを買い物で使用することなどだ。

 さらに余談で言えば、エコバック推奨はバリがジャカルタよりも進んでいる。ジャカルタでは未だに買い物時のビニール袋は有料とはいえわずか300ルピア(約2.5円)だが、バリのコンビニエンスストアでは10倍の3000ルピア(約25円)だ。紙製で若干しっかりした袋である。筆者でもさすがに毎回袋を買うことには抵抗感が生じた。

 国際的な観光地でできていることが、首都ジャカルタでできていないことこそが、環境の変化を実感せず経済を優先させている現実なのかもしれない。近年、ジャカルタの大気汚染は世界最悪になり、ゴミの「ポイ捨て」が原因で洪水が未だに頻発している。

 その意味で、今作品の投げかけるメッセージの意味は非常に重く、田舎だけでなく、都会からこそ動くべきではないかと言わんばかりのエピソードの構成配置となっている。

 本作品のプロデューサーは、映画「チンタに何があったのか(ADA APA DENGAN CINTA)」で主人公の恋人役を演じた、ニコラス・サプトラ。地元取材に対して、「宗教や文化、職業、居住地などが何であろうと、今まさに危機を迎えている自然環境に対して、我々は必ず『何か』ができるはずだ」と話している。

 インドネシアの素晴らしい自然映像と様々な民族、風習の映像を通して、それぞれがやるべき「何か」を見つけるきっかけになるかもしれない。(英語字幕なし)

 

予告編

https://www.youtube.com/watch?v=5W6tlcykKSY

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