インドネシア映画倶楽部 第7回 「アンブ〜母 (AMBU)」 
少数民族バドゥイ族の母娘の愛

文・横山裕一

 

 「我々が忘れてはいけない事がある。誰から生まれて来たかを…」
 この映画は独自の風習を持ち続ける少数民族バドゥイ族の村を舞台に、母と娘の確執、絆の深さを描いたインドネシアならではの作品である。タイトル「アンブ(AMBU)」とはバドゥイ族が使用するスンダ語で「母親」を意味する。

 金と女にだらしなく暴力を振るう夫と別れ、料理のケータリング業を営んでいたファトマはある日、自営業を辞め、自宅を売却、一人娘の高校生ノナを連れて故郷、外バドゥイ族の村を目指した。突然の事にふて腐れながらついてくるノナ。クラブ通いでわがままな現代っ子の娘に対し、ファトマは従来からどう接すれば良いか扱いかねてもいた。ファトマの帰郷は16年前、村の戒律を破って故郷を捨て、ジャカルタの若者と駆け落ちして以来。たった一人残した母親に会うためだった…。

 バドゥイ族の村はジャカルタの西、バンテン州の街、ランカスビトゥンからさらに40キロ山間に入った所にある。自然崇拝、祖先信仰を続ける少数民族で、自然との共生を守るため頑に現代文明を拒絶した生活習慣を守リ続けている。人口は約1万2000人、内バドゥイと外バドゥイに別れていて、内バドゥイは約1200人。

 内バドゥイは外界の者とはほとんど接する事がなく、白い布の民族衣装を着ているため白バドゥイとも呼ばれている。内バドゥイを取り囲むように外バドゥイの集落が山間に点在し、外バドゥイの人々は濃紺の民族衣装を身に付けていることから黒バドゥイと呼ばれる事もある。外バドゥイは一部で電化製品やプラスティック製品、コップなども使用している。いわば戒律の最も厳しい白バドゥイと外界との緩衝地帯的な存在で、一部観光客なども受け入れているが、基本的に伝統的な生活習慣のもと暮らしている。 

 20年前、筆者も取材で外バドゥイを訪れたことがある。バドゥイの地から最も近い「外界」の村から徒歩で上り下りの細い山道を1時間余り、ようやく外バゥイの村の入口に到着する。村は石畳の細い道で各家が結ばれ、老若男女とも濃紺の民族衣装に頭には濃紺の布を巻き、裸足で過ごしている。おそらく外界からの来客用の家なのだろう、我々が寝食用に用意された伝統家屋には電気ランプがひとつあったが、夕食が終わると消灯。まだ夜8時だが寝付くまでは真っ暗な中で過ごさざるを得なかった。街灯もないため月明かりにぼんやりと浮かぶ家々。満天の星空のもと静寂な村は、まさに外界から閉ざされた神聖さと、自然とともに生きるバドゥイの人々の強い意志が感じられた。

 16年ぶりの母娘の再会はつらいものだった。戒律を破り外界の者と共に故郷を捨てた娘に対し、母親ミスナは厳しい表情を崩さない。ファトマが娘ノナを紹介する。
「ほら、16年前に産まれた時に写真を送ったでしょう、その娘よ」
母親が表情を変えずに応える。
「その後16年間何の音沙汰もなかったという事は、お前は16年前から私の子供ではなくなったということだ」

 母親の家で寝泊まりする事は許されたが、ファトマと母親の溝は埋まらない。一方でファトマの娘ノナも突然のバドゥイの生活に馴染めず、母親ファトマに不満を募らせる。携帯電話の電波も圏外、ランプの灯し方もわからない、音楽を聞くには、充電のため村の端までいかなければならない。ジャカルタでの便利な生活が恋しい。

 娘ファトマに対し頑な態度を変えない母親ミスナだったが、日が経つうちにふとファトマの様子がおかしい事に気づく。ファトマがバドゥイに戻ってきた訳は、別れた後も度々金をせびりにきては暴力を振るう元夫から逃れるためだけでなく、実はガンを患い、余命幾ばくもないことを医者から宣告されていたからだった。床に伏せがちになるファトマ。ある時、病のためもうろうと母親の部屋に間違えて入ると、そこには16年前に送った、産まれたばかりのノナを抱いたファトマの写真が大事そうに飾られていた。母親ミスナの本当の気持ちを察するファトマ。彼女たちの心のわだかまりは振り払われるのか…。

 母と娘の確執をテーマにした物語の舞台を少数民族バドゥイ族の村にした理由について、ファリッド・デルマワン監督は「三人の女性のキャラクターや感情を際立たせ、イメージしやすくするためには、自然の中での美しくも素朴な生活環境であるバドゥイの村が最適だった」と述べている。厳しい戒律と純朴に生きる人々。余計な雑音もなく、どことなく凛と張りつめた雰囲気漂う環境の中で、終盤に向けて三人の女性、ミスナ、フォトマ、ノナが紡ぎだす感情の機微、高まりは見応えありだ。

 長編映画でバドゥイ族の村を撮影したのは本作が初めてだという。撮影期間は32日間。当初、族長との交渉の末撮影の許可は出たが、カメラ以外の電化製品の使用は一切禁じられたという。このためライトも使えず撮影は日中に限られ、夜のシーンは後日セットで撮影。またカメラのバッテリーを充電するため、スタッフは毎日日没後に片道1時間以上かけて「外」の村まで往復していたとのこと。

 また本作「アンブ」は、インドネシア人ならば誰でも知っている大人気女優、ラウディア・シンティア・ベラ(31歳)がマレーシア人と結婚後1年半ぶりに主演で復帰したことでも話題となっている。そのためか公開初日、ジャカルタのある映画館では平日にも関わらず、初回段階で夕方の三回目上映分まで、前列を除いて予約で満席となるほどの人気ぶりだった。余談ながら筆者の観賞後、偶然にもノナ役を演じた女優ルテシャに会った。劇中ではわがままな役だったが、本人はとても可憐な笑顔の素敵な女性だった。

 因みに外バドゥイ族の人たちは、村で織った布やハチミツなどを売り歩く姿をジャカルタでも時々見かけることができる。濃紺の民族衣装に濃紺の布を頭に巻き、靴は履かずに裸足。「現代文明」の乗り物には乗らず、バドゥイの村からはるばる徒歩で来ているとのこと。バドゥイの村を訪問すると返礼として訪ねる風習もあり、20年前の筆者の取材後に事務所までバドゥイの人が訪ねて来てくれたこともある。その際買った厚手ながらも肌触りの良い布でできたサルン(腰巻き)はいまだに愛用している。

 外界拒絶という厳しい規律を持ちながらも純朴で温かい人々の住むバドゥイ。今後街角で見かけた時には、そういったイメージにあわせて映画「アンブ」に登場した三人の女性の顔が思い出されそうである。

 

予告編

https://www.21cineplex.com/video/trailer-hd/ambu,5163.htm

 

インドネシア映画倶楽部 第1回 「マルリナ〜ある殺人者の四幕〜」(MARLINA SI PEMBUNUH DALAM EMPAT BABAK)

インドネシア映画倶楽部 第2回 「アホックと呼ばれる男」(A MAN CALLED AHOK)

インドネシア映画倶楽部 第3回「トゥンコラック(ドクロ)」(TENGKORAK)

インドネシア映画倶楽部 第4回「ディラン1991」 (DILAN 1991)

インドネシア映画倶楽部 第5回 「我が素晴らしき肉体の記憶 (KUCUMBU TUBUH INDAHKU)」

インドネシア映画倶楽部 第6回 「メイの27ステップ (27 STEPS OF MAY)」

インドネシア映画倶楽部 第6回 「メイの27ステップ (27 STEPS OF MAY)」

文・横山裕一

 

 「目は口ほどにものを言う」ということわざがあるが、いい演技、凄みのある演技とはこれほどまでにセリフがなくとも伝わってくるものなのかと強く思わせる、静かな中に迫力を感じる見応えある作品だ。かつて性的暴行を受け、心に深い傷を負った少女が立ち直ろうとする姿と家族の苦しみを描いた「メイの27ステップ」は、国内外の映画祭で既に高評価を得ている。特に北欧最大といわれるゲーデボルグ国際映画祭では80カ国から出品された450作品中、優秀な70作品にも選ばれている。(インドネシアからは前回紹介した「我が素晴らしき肉体の記憶(KUCUMBU TUBUH INDAHKU)」も選ばれている)

 女子高生のメイは遊園地からの帰り、集団による性的暴行を受け、ボロボロの制服姿で帰宅する。娘の変わり果てた姿に驚愕する父親。一言も発しない娘…。
 8年後。
 朝、メイは縄跳びをする。壁ほぼ一面を占める棚に並べられた人形の数を数える。その日着るシャツをアイロンがけする。ボタンとボタンの間の合わせ目を上下それぞれに丁寧にアイロンの先であてる。髪の毛を後ろに束ねペアピンでとめる…。一通りのルーティンを終えると彼女の一日が始まる。彼女は8年前の忌まわしい事件以降、殻に閉じこもってしまっただけでなく、その記憶を振り払おうと同じ行動を繰り返してしまう、強迫性障害になってしまっていた。時にパニックに陥るとリストカットを繰り返してもいた。

 メイは自分の部屋で、父親は隣の居間で人形作りをするのが彼らの仕事だった。黙々と作業する二人。食事の時のみメイは自分の部屋を出る。居間で父親とテーブルに座る。おかずは父親と違っていつも決まって同じもの。皿に盛ったご飯の奥、右側、左側に神経質におかずをよそってようやく食べ始める。

 そんな緊張感が張りつめながらも静かに時間が流れていたある日、自分の部屋の壁に小さな穴が、そして明かりが漏れているのにメイは気づく。恐る恐る覗くと隣家の手品師の部屋だった。この小さな穴から漏れるわずかな光がメイの心に射し始めたかのように、メイと手品師のふれあいが慎重に、ゆっくりと深まっていく。穴の向こうで手品師が手元でコインが消えるマジックをする。興味を持ち、試してみるがうまくいかないメイ。ふと壁の穴を見ると「手助けがいるかい?」と書かれたメモがあった…。

 二人の交流が進むにつれて壁の穴は少しづつ大きくなり、メイの日常の行動にも変化が現れた。驚きながらも喜ぶ父親。しかし、ふとした事からメイはフラッシュバックに襲われ、パニックに陥ってふたたび手首にカミソリをあててしまう…。果たしてメイは自分の悲しくも暗い過去を克服することはできるのか。

 心と体に深い傷を負った女性が主人公だけに、作品はとても繊細に静かに展開していく。しかし、観るものがどんどん引き込まれていってしまうのは、冒頭にも述べたようにメイを演じた女優ライハアヌンの迫真の演技によるためだろう。本人も「無表情の中に危険な状態を秘めたキャラクターを消化し演じなければならない、これまでで一番難しい役づくりだった」と地元紙テンポに話している。感嘆詞的な声は発しているものの、彼女の台本上のセリフは二言三言だけだったかと思う。

 父親役のベテラン俳優ルクマン・サルディの好演も印象に残る。娘への愛情は勿論のこと、何もしてやれないやるせなさと悔しさ、そして暴漢への、守ってやれなかった自分への怒り。家ではそれらを内に秘める一方で、闇世界の賭博格闘技の選手として、出口の見えない怒りを爆発、発散させていた。静謐な娘のシーンと暴力的な父親のシーン、静と動のコントラストも作品に張りつめた悲しみを増加させていると同時に、暴行被害者の家族も本人と同等、あるいはそれ以上の苦しみを味わっていることが強く伝わってくる。

 さらに特筆したいのは演出上の配色だ。メイの部屋は白い壁に白い床、白っぽいモノトーンのシャツ、前述の食事でも常に白い皿に白ご飯、白いおかず。全体の白色トーンがシーン全体に静謐なイメージ、メイが清らかさを保ちたいという切望がにじみ出ている印象をうける。一方ですぐに汚れてしまいがちな白色のもろさも感じられてくる。こうした画面全体を統一色で表現するのは、「風林火山」武田軍の部隊の各特徴を色ごとに表現した黒澤明監督の「影武者」や、情念や誠実、思いやりといった各情念の回想シーンを色分けして表したチャン・イー・モウ監督の「Hero/英雄」を彷彿とさせる。さらに本作では、この静謐なホワイトシーンと現実の色に満ちた手品師の部屋のコントラストも、メイの閉じこもった心が外の世界へと導かれようとするイメージ効果を出しているように思える。壁の穴を通じた交流という一見奇抜なものに受け取られかねない物語も一切滑稽に見えず、かえって非常に暗喩的なものにみえてくる。まさに俳優の演技と監督の演出が相乗効果を出していると感じられる作品だ。

 映画の物語が終了し、タイトルクレジットが再び出たところでふと気づくことがある。そういえば、メイの「27ステップ」とは何を指すのだろう?強迫性障害である彼女の日常的なルーティンが27あるのか、手品師と出会って以降、彼女が自分を取り戻していく過程が27なのか、あるいは回復した暁に自分の部屋から家の外へ出るまでが27歩なのか?これについて、脚本を担当したライヤ・マカリムはウーマントークの取材に対して、「(数字は)パッとでてきたものなの」と答え、数字そのものには重要性はないことを打ち明けている。大事な事は彼女自身の「ステップ」であり、何がどれだけあったかは二次的なものだということかもしれない。

 作家で編集者のレイラ・S・チュドリはテンポでの論評で、本作品のラフィ・バルワニ監督自身は話していないと前置きした上で、「作品はある家庭としてしか描いていないが、実はこの作品は、1998年5月の大暴動に伴って起きた婦女暴行事件をモチーフにしているのではないか」と指摘している。社会の不条理に関心の深い監督であることや、タイトルでもある主人公の名前がメイ(5月の意味)であることから推察したのかもしれない(上記の27は日にちとしてはあてはまらないが)。

 1998年の大暴動では、ジャカルタ北部の中華街を中心に中華系インドネシア人が標的となり1000人余りが殺害、150人以上の女性が性的暴行を受けたとされている。中には暴行の上殺害された被害者もいるとの報道もあるが、混乱の中でのこの事件はいまだ法的に解明・解決されておらず、時代とともに消し去られようとしている。しかし被害者とその家族の苦しみは20年経った現在も、まさにこの作品のメイや父親そのままであろう。もし本当にこの事件がモチーフだとしたら、4月下旬から5月にかけて上映されたのは必然的であり、20年前の過去の事件を忘れてはならないという強いメッセージが伝わってくる。インドネシアの歴史の転換期に起きた未解決事件をも浮き彫りにする、まさに暗示的な作品にもなってくる。

 2019年もまだ5月に入ったばかりだが、前回紹介した「我が素晴らしき肉体の記憶」とともに本作品「メイの27ステップ」は、既に「今年一番の作品」との評価も聞かれるくらい、非常に質の高い作品である。テーマは勿論、作品の質が世界に十分通用するのは各国際映画祭で評価された通り。本作品は英語字幕はついているものの、主要部分は会話が極端に無いため、例えインドネシア語、英語が判らなくても十分理解できる。是非ともこの機会に「世界レベルのインドネシア映画」を味わってもらいたい。

 

予告編

https://www.21cineplex.com/video/trailer-hd/27-steps-of-may,5151.htm

 

インドネシア映画倶楽部 第1回 「マルリナ〜ある殺人者の四幕〜」(MARLINA SI PEMBUNUH DALAM EMPAT BABAK)

インドネシア映画倶楽部 第2回 「アホックと呼ばれる男」(A MAN CALLED AHOK)

インドネシア映画倶楽部 第3回「トゥンコラック(ドクロ)」(TENGKORAK)

インドネシア映画倶楽部 第4回「ディラン1991」 (DILAN 1991)

インドネシア映画倶楽部 第5回 「我が素晴らしき肉体の記憶 (KUCUMBU TUBUH INDAHKU)」

インドネシア映画倶楽部 第5回 「我が素晴らしき肉体の記憶 (KUCUMBU TUBUH INDAHKU)」

文・横山裕一

 

 ガリン・ヌグロホ監督といえば、ストリートチルドレンの儚い運命を描いた作品「枕の上の葉(DAUN DI ATAS BANTAL/1998年)」で有名な名監督である。常にインドネシアの社会・歴史で重要な問題をテーマに作品を作り続けているが、19作目の今回は果敢にもLGBT(レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)問題を真っ向からとりあげている。奇しくも4月17日に実施された大統領選挙では、LGBT問題も相手陣営への誹謗中傷の中でとりあげられるなど、インドネシア社会でも非常にセンシティブな問題である。同作品は選挙翌日から公開されているが、関係者はタイミングについて特に意図はないとしている。

 物語は実在するインドネシア人の伝統舞踊家リアント氏(劇中名はジュノ)の幼少期からの体験を現在の本人が述懐する形式で進む。次々と彼の周りで起きる悲劇と数奇な体験が美しい映像と郷愁を感じさせるその時代の音楽で綴られていく。

 ジュノの小学生時代から物語は始まる。ある日父親が「いつ戻るかわからないが我慢しろよ」と家を後にしてしまう。一人になったジュノはレンゲル舞踊を習っていた。レンゲル舞踊は中部ジャワ州バニュマスで始まったとされる伝統舞踊で、男性が化粧、女装をして竹のガムランに合わせて踊るのが特徴である(女性の踊り子もいる)。ある日ジュノは師匠の世話をする若い女性が弟子の若者を誘惑する現場を覗いてしまう。さらに、これを知った師匠が嫉妬に駆られ弟子を殺してしまうところを目の当たりにする。この事件を機に彼は叔母に引き取られるが、その村で新たな踊りの女性師匠から一線を越えた愛情をうけたことが発覚し、村の騒動となる。

 その後ジュノは別の村の叔父の元へ行き、仕立ての修行を積むことになる。ある日、青年になったジュノの前に現れたのが衣装を作るため訪れた賭博拳闘士だった。精悍な面持ちに筋骨逞しい身体。いつしか二人は禁断の恋愛関係に落ちる。

 追憶の合間に登場する現在のジュノは過去を振り返って苦悩し、自らを嘆く。
「どうしていつも俺は災いのもとなんだ!」。
最初の師匠は殺人犯に、二番目の女性師匠も村を追いやられる。禁断の恋をした拳闘士も借金を返すための試合に敗れた上、借金の胴元に肩代わりとして自らの臓器を売ることになる。その後知り合ったレンゲル舞踊旅一座の座長とも三角関係となり…

 しかし、一方で正直な気持ちも吐露する。
「でも自分の肉体に歯止めをかけることはできないんだ、この体に染み付いた記憶は全て素晴らしいものだった!」

 今回、LGBTをテーマにした理由として、ガリン・ヌグロホ監督は「この問題は文化の多様性の精神からも、国として議論すべきテーマである」と語っている。「全ての人間の肉体は人生の中で、社会、政治、文化、宗教に影響を受けながらトラウマを抱えている。肉体とは人生の物語なのである」とも話している。

 2012年の保健省の推計では、インドネシアにゲイは約110万人いると発表されている。2011年の国連推計ではインドネシアのLGBTは300万人とされている。年々増加傾向にあると言われ、決して少なくない数字である。ジャカルタでもオープンカフェの店先に歌を唄って客からお小遣いをもらうゲイなど日常的に目にする。現在は州の規制でなくなったが、20年前には中央ジャカルタの大通り脇に夜になるとゲイが約100mにわたって並んでいたりもしていた。(ちなみに日本は、民間機関の調べによるとLGBTは全人口の8%ともいわれている)

 インドネシアの9割近くを占めるイスラム教徒からみると、教義上「LGBTはあってはならないもの」であり、唯一イスラム法が施行されるアチェ州ではゲイに対して見せしめのムチ打ち刑を行うニュースもたまに目にする。しかし、現実問題としてLGBTの中の多くはイスラム教徒も含まれているはずで、どこかで解決策を見いだす必要がある。自らのたどった数々の悲劇に苦悩しながらも、その時々の感情、記憶を「素晴らしかった」と述懐するジュノ。監督はここにLGBTの人間としてのアイデンティティを見出し、この作品を将来の議論のテーマとして提供している。

 重くなりがちなテーマで劇中も悲劇が続くが、一貫して平常心で見ることができるのは、ジャワの田舎の風景など美しい映像と、郷愁を誘う音楽がうまくかみ合っていたからかもしれない。巨匠のなせる技だろう。また、ジュノの父親がいなくなった理由が、コニュニスト(共産主義者)だったからだと途中で明かされている。インドネシア最大の事件といわれる、クーデター事件を契機に起きた共産主義者の大量虐殺事件(1965年)。いまだ謎が多く解明すべき事件を、さりげなく時代に合わせて入れ込んでいるのもガリン・ヌグロホ監督ならではである。

 余談ながら、本作品の元となった伝統舞踊家リアント氏は日本人の女流舞踊家と結婚し、現在は東京に在住。ダンスカンパニーを立ち上げジャワダンスや文化を教える傍ら、オーストラリアやドイツで公演するなど世界を股にかけた活躍を続けている。報道によると彼自身も今作品のできは満足しており、「ひとつの体に男性的、女性的な両方を抱えたジェンダー問題を代弁している」とコメントしている。

 村を転々とするジュノ。その度に彼は小さなカバンとともに、彼の名前の由来となったワヤン(ジャワの伝統影絵芝居)の登場人物(アルジュナ)の人形と古いカセットテープレコーダーを抱えていく。これらが彼のアイデンティティであるかのようにも見えてくる。ラストシーンで彼がトラックの荷台でカセットテープをレコーダーにかけてスイッチをいれて幕は閉じる。あなたはレコーダーから流れる音楽が悲しく聞こえるだろうか、それとも希望に満ちて聞こえるだろうか。

 

予告編

https://www.21cineplex.com/video/trailer/kucumbu-tubuh-indahku,5144.htm

インドネシア映画倶楽部 第1回 「マルリナ〜ある殺人者の四幕〜」(MARLINA SI PEMBUNUH DALAM EMPAT BABAK)

インドネシア映画倶楽部 第2回 「アホックと呼ばれる男」(A MAN CALLED AHOK)

インドネシア映画倶楽部 第3回「トゥンコラック(ドクロ)」(TENGKORAK)

インドネシア映画倶楽部 第4回「ディラン1991」 (DILAN 1991)