JKT48を卒業し、インドネシアの芸能界にさらに深く、1人で踏み出した仲川遥香さん。
卒業の節目で出版した自伝的な『ガパパ!』を中心に、「かたかたインドネシア」著者の名取敬(びーと)さんと語り合いました。

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「インドネシアはインドネシア」っていう考えにたどり着いてからは、結構、うまくいくようになりました。
 
 
名取敬(N):『ガパパ!』の話を聞きたいんだけど、本を出そうと思ったきっかけは何だったの?

仲川遥香(H):『そういう人って少ないから、どう?』と、お話をいただいて。チャンスをいただき、たくさんの方が協力してくれました。

N:ああいう本を出している人って、(AKB48の)メンバーでも少ないよね。

H:そうですね、海外に行っている人が少ないので。

N:いわゆるエッセイ本もそれほど多くないでしょう?

H:そうですね。

N:内容はどうやって決めたの?

H:手伝ってくれる方が日本から来て、いろいろミーティングをしながら、こういうのがいい、ああいうのがいい、そういうことを入れてほしい、と。そうやって作りました。

N:こちらで働いている人には、ものすごく役に立つ。コミュニケーション能力と言葉の能力があれば生きていけるなーって、あの本を読んで、力をもらっている人が多い。僕の周りではみんな、バイブルみたいにして読んでるよ。本の評判は、自分の耳にも入っているんじゃないの?

H:いや。あまり日本人の方にお会いしないので、感想は来ないです。

N:ジャカルタで日本人の友達は?

H:いないです。日本人と会う機会がないです。友達がJKT48しかいないから。

N:それはインドネシア語、うまくなるね。最近のことで言うと、チームTのキャプテンをやった時のことが書いてあったじゃない? そのことだけに限らず、以前に比べてインドネシア人に対する考え方が変わったとか、ここが良いとかここは嫌だとか、ある?

H:キャプテンをしてから、いろんな人に『なじんできたよね』と言われます。いい意味でも悪い意味でも、インドネシア寄りになってきた。昔は日本の考えをちゃんと、すごく持っていたから、やっぱり、ぶつかることも多かった。チームTだけじゃなくて、1、2期生ともぶつかることが多かったです。「インドネシアはインドネシア」っていう考えにたどり着いてからは、結構、うまくいくようになりましたね。考え方の違いを自分の中で解決できてきたころから、うまくいき始めました。

N:日本人との付き合いが少ないから、インドネシア人の中で日本人1人だから、余計に日本人らしくなるのかもしれない。

H:自分の中で「これだったらうまくいく」っていうのがつかめた時から、みんなとなじめたというか、いい意味で近くなれたかな、って思う。
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N:本の中に「Tの反乱」のことが書いてあったじゃない。僕らもインドネシアに住んで、インドネシア人の社員を使ったりしているから、その苦労もすごく良くわかる。あの部分だけでも皆に読ませたいなっていうぐらいの、一番良いエピソードだと思ったね。答えを言うんじゃなくて考えさせる、話し合わさせるっていう所。それがいいと思っても、それを面倒くさがらずにできる人って、なかなか少ない。根性があってすごいな、って思ったね。ところで、キャプテンを受ける時には、もう、卒業は考えていたの?

H:そうですね、もう話していました。ずっといるわけにもいかないので、どのタイミングで離れたらいいかなって。

N:卒業してから、仕事の内容は変わった?

H:そんなに変わってないです。歌や踊りは全然やっていませんが、テレビにいろいろ出させてもらっています。

N:今、テレビのレギュラーはどれぐらいあるの?

H:レギュラーは1本で、月曜日から日曜日の番組に出ています。レギュラーを何本も取っちゃうと、ほかのテレビに出られなくなってしまうので、あとはゲストで、いろんな番組に出られるようにしています。テレビの仕事は結構、自由にやらせてもらっているので、いろいろ自分らしさを出すのが楽しいです。

N:贔屓目かもしれないけど、卒業してからの活動という面では、仲川さんはグループの中でも群を抜いているんだよね。

H:うまくやっていかないと、って思ってます。
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パッとインドネシア語の言葉が出て来たら、パッと日本語で何の意味かを「ポチ」と押すというゲームがあるんですけど、それをやってます。
 
 
N:4年前(『南極星』2013年9月号)は、言葉のことをメインにインタビューさせてもらったんだけど、この本の中にも、言葉のことが結構、書いてある。インドネシア語をインドネシア語として覚える所とか、とにかく使ってみるっていう所は、本当にそうだと思う。4年前と比べて、ますますうまくなったなと思う?

H:インドネシア語のドラマとか映画は問題ないですね。

N:テレビ番組のクイズは、インドネシア語が上手になりすぎちゃって、困らない?

H:でも、読むのは遅いと思います、私。

N:JKT48の時に、歌詞はインドネシア語で覚えていたんでしょう?

H: 歌詞は、歌、声があるから。クイズって、声(音)がないじゃないですか。文章を読まなきゃいけないから、全然、違います。別に問題はないんですけど、時間はかかります。読むのでも、読まれた物(音)があると、楽ですね。(ツイッターなど)自分の言葉で書くのは問題ないんですけど、クイズって、(自分ではない)人の書いた言葉になっちゃうんで。

N:ちょっと言い回しも硬いしね。

H:はい。

N:この本にも書いてあるけど、インドネシア語を覚えるのは若者言葉、スラングから入っていったわけじゃない。今、若者言葉や流行の言葉で、イチ押しの言葉ってない?

H:ないです(笑)。

N:「#AdaAQUA」って知ってる?

H:(スポンサーが)ポカリスエットなんで、アクアはダメなんです。

N:お酒も飲まないんだよね?

H:飲まないです。

N:お酒を飲むと、ポカリももっとおいしいんだけどね。そうか、ポカリって言えば、ジャカルタからスラバヤへの自転車のスポンサーもポカリだよね? あれは突然、話が来たの?

H:いや、大分前から、スタッフさんと話をしてました。コンサートの時にできたらいいねって言って、そこからは急でした。もうちょっと時間をかけてやろうと思っていたんですけど、そのタイミングでやったら面白いんじゃないか、って言うので。だから、スラバヤ公演ぐらいですね、コンサートでちゃんと踊ってないのは。

N:着いたのがアンコールの前だったもんね。あの辺でゴールするっていう予定だったの?

H:あの辺でゴールするようになっていたんですけど、実は、手が腱鞘炎になっちゃって。右手だけテープを巻いてたんですけど、実は両手が腱鞘炎で。ああいう自転車って、足とか全然、疲れないんですね。ただ、手に全体重が乗っているから、1週間ぐらいで手が痛み始めました。1日6時間ぐらい走るので。自分の手が自分の体重に耐えられない。特に坂とか山とかを登る時には、手に力が入っちゃうから、それが一番、大変でしたね。いろんな方に『足、大丈夫?』って聞かれたんですけど、手が一番、大変でした。なので、片手で運転したりとか、休みがてら押してもらったりしてました。

N:運動神経いいし、何でもできるもんね。

H:何でもできるようになったのも、インドネシアに来てからです。こっちに来てから、いろいろ、何事にも挑戦できるようになったかなと思います。「これをしてください」って言われても、そんなに動じないです。

N:言葉で言うと、インドネシア語の何が一番、難しいと思う?

H:難しいと思ったことはないです。

N:相変わらず勉強はしてないんでしょ?

H:してないです。でも、ゲームとかしてます。

N:インドネシア語の?

H:速く読めるようになるやつ。スピードみたいなので、パッとインドネシア語の言葉が出て来たら、パッと日本語で何の意味かを「ポチ」と押すというゲームがあるんですけど、それをやってます。インドネシア語を見てすぐ日本語、日本語を見てすぐインドネシア語、みたいな。両方ともパッパッと言葉のスイッチを切り替えられるようにしてます。最近、通訳することが増えているので、ポンって入って来た時にポンって答えられないと時間がかかってしまうので。

N:通訳ってすごく難しいでしょう。特に仲川さんみたいにインドネシア語でインドネシア語を覚えた人にとって、普段は日本語を介さないわけじゃない? それに日本語を入れると、普段のリズムが崩れるというか、ずれていくってことはないかな。

H:崩れはしないんですけど、時間はかかりますよね。もっと早く切り替えができるように、そういう練習を今、していますね。

N:ツイッターは相変わらず頑張ってるよね。

H:いや、そんなでも。スペリングはたまに間違えて注意されるし、あと、早く打つのでミスタイプします。
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人生の本とか好きです。「人生に必要な○○」とか。そういうの、すごい好きです。頑張ってる人はどう生きてるか、とか。
 
 
N:この先はどんなことをやっていきたいの?

H:今の目標は、来年の日イ友好60周年の仕事をいろいろできればなって思っています。日本からインドネシアに来て、こうやって住んで、お仕事させていただいているので、インドネシアと日本の60周年をうまく盛り上げられたらなって思っていて、そのために何が必要かと考えてます。

N:本は好き?

H:時間がある時に読むようにしてます。あまり作った物語が好きじゃないので、ノンフィクションの本を読んだりします。事実を本にしたのが好きです。あとは、人生の本とか好きです。「人生に必要な○○」とか。そういうの、すごい好きです。頑張ってる人はどう生きてるか、とか。

N:そういう本は日本語? インドネシア語の本は読まない?

H:日本語です。インドネシア語の本は読みません。

N:マンガも? インドネシア語の『ドラえもん』とかあるけど。

H:マンガは元々、読まないです。日本でも読んだことないです。

N:最後に、これからは恋愛もできるわけだけど、恋愛とか結婚についてはどう?

H:考えてますよ、ちゃんと。でも、今の目標は日イ友好60周年なので、その後でいいかなって思ってます。大事な仕事が終わってからでもできることなので。

N:これからも頑張ってください。

H:ありがとうございます。


仲川遥香(なかがわ・はるか)
1992年2月10日、東京都生まれ。25歳。2006年12月にAKB第3期オーディションに合格し、2007年4月、劇場デビュー。渡り廊下走り隊のメンバーとしても活躍。 2012年8月、JKT48への移籍を発表し、11月に移籍、12月にJKT48劇場デビュー。「Fortune Cookie in Love(恋するフォーチュンクッキー)」ではセンターを務めた。2016年12月にJKT48を卒業。卒業後もインドネシアにとどまり、芸能活動を続けている。
 
 
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