インコネシアの屋台の引き出しに飛び込み、時空を超えて、日本の戦国時代、前田鳥家(まえだ・とりいえ)の居室にある机の引き出しから飛び出した噛虎(かみとら)たち。
「ドカーン!」
「ぐえっ!」
「しーっ、どうして静かに出て来ることができないのだ、オカメもん!」
「何か物音がしたぞ!」
次の間で居眠りをしていた鳥家の従者が起きて来たが、風雷坊とカピ蔵が音もなく近寄り、当て身をくらわせて、また眠らせた。
噛虎は、突然のことに目を丸くしている鳥家と向き合った。
「鶴々丸、久しぶりだな」
「おトヤ……」
お互いを幼名で呼び合うふたり。
子供のころ、同じ師に武術を学んだ幼なじみの間柄だったのだ。
「たいそう、偉うなられたな」
「ふふ、皮肉か、おトヤ。なぜこのような場所におる」
「細かいことは後だ。まつりごとの話がしたい。公式の場では、なかなかおぬしと腹を割った話をすることはできぬからな」
「ふむ……」
「おぬしは今、丸腰。余は脇差を帯びておるが、このように金具を付け、抜けないようにする。話し合いの折に相手を傷付けないという証の作法じゃ」
噛虎は、さやに金具を付けた、あのクリスを鳥家に見せた。
「主君たるもの、簡単に剣を抜いてはならぬ。ただ、どうしても、ならぬものはならぬ時もある。その時は……」
噛虎は鳥家の目をしっかと見つめて叫んだ。
「この金具を噛みちぎり、そなたを斬る!」
鳥家は噛虎の裂帛の気合いに圧され、言葉を失った。
「おぬしはわが国を小国と侮り、武力で抑え込めると思って挑発を繰り返しているのであろう。だがな、われらが、ひとたび決めた相手に死ぬまで忠義を尽くすコザクラインコだということを忘れるな」
噛虎はニッと笑い、つづけた。
「われらを思い通りに動かすことは容易ではないぞ。敵と見れば、相手の大きさなどは関係ない。われらはしつこさにかけては他の鳥の追随を許さぬ」
「むう……」
「長い間、双方に多くの血が流れることを覚悟せよ。出口のない戦で消耗している隙に、天下統一を目指すあの大名に攻め込まれても良いのか?」
「ううむ……」
「そこで交渉じゃ。われらの領土と自由を『安堵(あんど)』せよ」
「……ふむ。土地の所有権、知行権を保障し、保護せよ、と」
「われらはおぬしたちと違い、全国に領土を広げることにまったく興味がない。軍事力に差はあるとは言え、われらを敵に回すと相当、面倒くさいが、われらの自由と自治を保障し協力関係が出来れば、おぬしにとって魅力的なこともあるぞ。
余は以前より鳥種の垣根を超えて、武芸者や忍びの優秀な者を招いてきた。雷鳥の修験者は全国でひそかに測量を行い、カピバラ忍者は行商の形で全国に情報網を築いている。彼らは余と強い忠誠で結ばれており、余以外の誰の指図も受けぬ。
小さい国が生き残るには、何より情報を制することが重要ゆえ、力を入れてきたことじゃが、この情報網は、おぬしにも、喉から手が出るほど必要なものなのではないか?」
「ふっ、はっはっはっは……」
鳥家は笑い出した。
「まったく、おトヤ、昔からおぬしには勝てたためしがない。承知した」
鳥家は、当て身から気が付いた従者に命じた。
「噛虎殿を書院にお通しせよ。祐筆(書記)を呼べ」
「ははっ」
そして、噛虎に向き直った。
「おぬしとひさしぶりに話をして、われらの師のお言葉を思い出したぞ」
「戈(ほこ)を『止』めるのが、『武』だとな」
鳥家と噛虎は目を合わせ、ほほ笑んだ。
「さ、書院にまいろう。多くの命を預かるわれらの、『仕事』をしようではないか」(つづく)
バックナンバー
インコ侍 0 時間旅行へ出発!
インコ侍 1 戦国時代
インコ侍 2 忍者と勝負
インコ侍 3 秘密作戦
インコ侍 4 出城に潜入
インコ侍 5 寺の井戸
インコ侍 6 必殺技
インコ侍 7 捕らわれの姫
インコ侍 8 インコネシア
インコ侍 9 光と影
インコ侍 10 聖なる剣
インコ侍 11 贈り物
こまつか苗(こまつか・なえ)
ペンギン・インコ陶作家。京都の清水焼の工房で陶絵付け職人として10年働いた後、大阪の自宅に開窯し、ペンギンとインコをモチーフにした陶作品(時々、カピバラ)を制作している。本職とは違うものの、イラストと文章による「らくがきドラマ」、「ラグビーポジション・インコ解説」などを発表し、好評を博す。