インドネシアで23 年間にわたってドラえもんの声優をしているヌルハサナ・ブディ(以下、ヌル)さん(58)は、さしずめ「インドネシアの大山のぶ代」、もしくは「インドネシアのドラえもん」そのものだ。降板した時には視聴率が急落し、2年後に復帰。今も「ドラえもん」の声優を続けている。「ドラえもんに会える!」と大興奮のインドネシア人記者2人とともに、国営ラジオ局(RRI)へと向かった。扉の向こうから現れたヌルさんは小柄でややぽっちゃり体型、目は面白そうにキラキラ輝き、とっても「ドラえもん」な人だった。

RRI スタジオ内でのヌルさん。局内での呼び名は「ドラ」や「モン」

RRI スタジオ内でのヌルさん。局内での呼び名は「ドラ」や「モン」

——ドラえもんの声優になったきっかけを教えてください。
ヌル 最初は別の人がドラえもんをやっていたのですが、いろいろ忙しい人で、まとまった収録ができない。( 制作会社の)「IMMG(International Media Marketing Group)」は、まだ自前のスタジオを持っておらず、スタジオを日借りしていたので、日数がかかるとコストがかさみます。このため、新しい声優を探していて、RRI の同僚だったプラバさんから「やってみない?」と声がかかりました。

 「ヌル、あなたならきっとできるわよ」「なぜできると思うの?」「冗談が好きで、面白いから。日曜朝8時、RCTI で放映しているから、まずは見てみなさいよ!」。日曜朝はパサール(市場)へ買い物に行く時間で(一応、主婦ですから)、「ドラえもん」は見たことがなかったのですが、「わかった、明日は家事をサボるわ」と言って、初めて「ドラえもん」を見ました。

 翌日、「どう? 見た? やってみて」と言われ、「ハーイ、のび太!」とやったところ、「あーチクショウ、できるじゃん」。実は、プラバさんは、プロデューサーのオラン・シトンプルさんから「この役は君のものだ。このアニメは絶対に有名になるよ」とドラえもん役のオファーを受けていたそうなんです。でも、やろうとしてもできない。「あー、できないわ。喉が痛いし。私はしずかちゃんでいいわ」と、プラバさんは「しずか」になりました。

 私の上司だったハムダニさんはスネ夫だし、RRI の人が多かったんですよ。

 

野菜売りを呼び止めるような声の
「バリンバリン・バンブー!」。

——オーディションはありましたか?
ヌル ありました。ここ(= RRI)のスタジオで練習してから、パサールバルのスタジオへ行きました。「ハーイ、バリンバリン・バンブー!(「タケコプター」のインドネシア語)」とやったところ、オランさん夫妻に「ヌル、なんで野菜売りを呼び止めるような声なの?」と言われました、ハハハ。音楽をかけてもらって、もう1回演じたところ、オッケーが出ました。日本サイドも、私がドラえもんを演じることを許可してくれました。

——最初の収録風景はどんなでしたか?
ヌル 最初は全員でスタジオに集まって、一緒に声を入れました。われわれ声優陣が集まったのはマグリブ(日没の礼拝)が終わってから。オランさんが来たのは台本が半分ぐらい済んだ夜10 時ごろでした。「声が低すぎる。もっと高い声で!」などと言われ、収録が終わったのは午前3時。これが初めての収録でした。

 その後は、各自バラバラに収録するようになりました。私は午後3時にRRI の仕事が終わってから、クマンに新しく出来たスタジオへ行き、午後4時から7時までかけて、3回分を一度に収録していました。今は1年分録り溜めてあるから、新しい話が日本から来るまで、お休みです。

 

明るいうちに帰宅することがなく、
「奥さん、太陽が怖いの?」。

——ドラえもんをやる前に、声優の経験はありましたか?
ヌル 「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」といったインド映画や、メキシコの連続テレビドラマで吹き替えをしていました。メキシコのソープドラマ「Cinta Paulina(パウリナの恋)」ではラリータの役をやりましたよ。色っぽい女性ね。1日に映画5本の吹き替えをいっぺんにすることもあり、帰宅するのはいつも深夜0時ごろ。明るいうちに帰宅することがないので、近所の人には「奥さん、太陽が怖いの?」と聞かれました(笑)。

——それまでは女性の役がほとんどでした。ドラえもんはロボットで、普通の役とは違う。どういうイメージで声づくりをしたのですか?
ヌル 日本のドラえもんの声を参考にしました。そっくり同じとはいかないですが、大体そんな感じに。

——しわがれたハスキーな声ですよね。
ヌル スマトラ島プカンバルへロードショーで行った時、「ドラえもんの声優さんです」と紹介され、「女の人なんだ! 男性がやっていると思っていた!」と、皆にびっくりされましたね。

 

ドラえもんの声は変えてはいけない。
広告に使うのもダメ。

——日本語のせりふをインドネシア語に置き換えると、長過ぎたり、短過ぎたりしませんか?
ヌル 人物がしゃべり終わっているのにインドネシア語のせりふが続く場合は、やり直しです。せりふが長過ぎる時は削ったり、短過ぎる場合は少し言葉を足したり、少し台本に手をいれることもあります。

——一番難しいのはどういう所ですか?
ヌル ドラえもんが叫ぶ場面。ネズミに追いかけられたとか、のび太とけんかをするとか、くすぐられたりとか。「キャー、ネズミ! Aduh…aduh…aduh…」(ドラえもんの声)。

——ずっと声は変わらないんですね。
ヌル 子供の声優さんを使っている「Si Unyil」なんかは、すぐに声が変わってしまって、どんどん声優さんを変えていますけど、私はもう大人ですから。ドラえもんの声を変えてはいけないの。広告に使うのもダメです。ファストフード・チェーンから広告のオファーがあったけど、断りましたよ。お金が欲しくないというのではなくて、やってはいけないの。

——ドラえもんの声が変わった時、大騒ぎになりましたからね。
ヌル ある大学生に「どうやったらヌルさんをドラえもんに戻せるの?」と聞かれたり、「違う声は好きじゃない」と言われました。

——私もドラえもんの声が変わった時は、アニメを見ませんでした。
ヌル 自分の子供にも「どうしてママじゃないの?」と聞かれました。「ドラえもんはママの物ではないからね。もしママが幸運だったら戻って来るでしょう」と答えました。別の子供向けドラマの声優のオーディションを受けたのですが、落ちました。そうこうしていたら、IMMG に呼ばれて、「ドラえもんのロードショー全国ツアーをやるけど、一緒に行かない?」と誘われました。それで3カ月間、メダン、バリックパパン、スラバヤなど、インドネシアの各都市を回りました。こうしてドラえもんに戻って、今に至ります。

——声が出なくなったことはありますか?
ヌル 1回だけです。長編の収録で、朝9時にスタジオへ行ったら、音楽に問題があるとかでずっと待たされ、収録が始まったのは夜11 時。声が出ず、「時間の無駄。明日、またやろう」と言われました。まぁ、その時だけです。

 

のび太役の声優さんに言われた、
「ドラえもん! 会いたかった!」。

——一番好きな話は?
ヌル ドラえもんがミーちゃんに夢中になる回は面白かった。でも、どれも好き。全部、好きです。

——ドラえもんの声優になって、うれしいですか?
ヌル もちろん! ドラえもんは小さい子供から大人やお年寄りまで、誰もが好きです。「ドラえもん」を見て育った子供たちが今では結婚して、子供が出来、その子供たちが「ドラえもん」を見ています。いろんな所で記念撮影をせがまれたりしますよ。ドラえもん以外の声優さんは変わっており、変わっていないのは私だけ。のび太役の新しい声優さんから「ドラえもん! 会いたかった!」と言われました。

——「インドネシアのドラえもん」を長く続けてきて、どんな気持ちでしょう。
ヌル 楽しい。ハッピーです。

——日本へ行ったことはありますか?
ヌル ないです。

——ドラえもん(藤子・F ・不二雄)ミュージアムに行きたいですか?
ヌル すごく行きたいです。

 

『+62』取材チームとヌルさん

『+62』取材チームとヌルさん

——ではここで、ドラえもんに会話をしてもらいましょう。

(即興で話し始める)

ヌル(ドラえもん) のび太くん見なかった?

——のび太? えっ、どこだろう……。

ヌル(ドラえもん) どこー?

——ジャイアンに殴られているよ!

ヌル(ドラえもん) なにっ? ジャイアンだって? ジャイアンには気を付けないと!

——ドラえもん!

ヌル(ドラえもん) なにー?

——もうすぐレバラン(断食明け大祭)休みだよ。

ヌル(ドラえもん) それで?

——道路は渋滞でしょ?

ヌル(ドラえもん) ふーん、何か欲しい物があるんだね。

——バリへ行きたいよ、ドラえもん! でも、お金がないんだ。

ヌル(ドラえもん) そう。泳いで行けば?

——泳いで?! そんなぁ……ドア、貸してくれないかな?

ヌル(ドラえもん) ドア? ぼくのドア使いたいの? しょうがないなぁ。ほら、「どこでもドア」!!

 

ヌルさんインタビュー(動画)

ドラえもんに会える場所。 藤子・F・不二雄ミュージアム

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