Marlina Si Pembunuh dalam Empat Babak
カンヌ映画祭で上映されたのをはじめ、2017年東京シネマックスで最優秀作品賞を受賞するなど、数多くの海外映画祭で評価を得ている。スンバ島の特徴ある自然光景と風俗風習を織り交ぜ、現実世界であるにもかかわらず異次元空間に連れていかれるかのような雰囲気にさせられる。
文・横山裕一
スクリーン一面に荒涼と広がる丘陵地の大パノラマが映し出される。東ヌサトゥンガラ州スンバ島(ロンボク島東隣)。枯れて黄金色になった草が一面生えるのみの殺伐とした風景。西部劇でカウボーイが馬を疾走させるがごとくオートバイが一台、丘を縫うような道を走ってくる。大遠景のままオートバイの行方を追っていくと、小さな一軒家がポツンと建っていた……。
この作品はカンヌ映画祭で上映されたのをはじめ、2017年東京シネマックスで最優秀作品賞を受賞するなど数多くの海外映画祭で評価を得ている。2018年インドネシア映画祭でも10部門受賞と賞を総なめした。日本での上映時は「殺人者マルリナ」と邦題がつけられたが、殺人という犯罪行為そのものがクローズアップされてしまう印象をうけるので、ここでは作品の意図に沿うよう敢えて原題を直訳したタイトルで紹介する。
舞台は人里離れた丘陵地にある一軒家。主人公マルリナの家だ。ここにバイクに乗った男が訪れるところから物語は始まる。ボサボサに伸びた髪にヒゲだらけの顔。まるで親しい客かのごとく居間に座り込み、茶を求め、世間話をするかのように静かに喋り出す。
「俺たちはお前の家畜を貰っていく。もうすぐ手下が来る、後で晩飯を用意しろ。全部で7人分だ。そうだな、スプアヤム(チキンスープ)がいい。それから今のうちに休んでおけ、今夜は全員の相手を順番にするんだからな」
盗賊の頭だった男は茶をすする。口を真一文字に結ぶマルリナ。マルリナは未亡人で一人暮らしだった。やがて手下が来る。うち2人が家畜をトラックに積んで奪い去る。土間でチキンスープを作るマルリナ。こっそりと毒を混ぜて振る舞う。「美味い」と言いながら倒れていく手下4人。それを見届けるとマルリナは料理を持って、寝室でひとり酒を飲む頭のもとへ。強姦されながらも脇にあった盗賊の刀剣を後ろ手にするマルリナ。刀剣が振り下ろされる……。
翌朝、丘陵地の街道に、大型トラックの荷台を改造したバスを待つマルリナの姿があった。街道に寥々とした風が吹き抜ける。やはりバスに乗ろうと、身重のマルリナの友人が陽気に挨拶して近づいてくるが、マルリナの手元を見て表情を硬くする。手には盗賊の頭の首がぶら下げられていた。
「これから警察に行くの」、マルリナがつぶやく……。
ここから物語は緊張感を伴いながら第二幕、三幕へと展開していく。各場面ともに淡々と進みながらも強い印象を残していく。監督はモウリー・スルヤという女性監督(38)。「この作品は女性の強さと傷つけられやすさといった、フェミニズムに対する賛歌である」と話す。たった一人の女性が悪党5人を相手に、誰の助けも得られぬ中とらざるを得なかった行為。マルリナが次々と直面する厳しい現実、それに困惑しながらも打ち克とうとする彼女の姿が、強烈な印象として焼き付けられる。
マルリナを演じるのは俳優マルシャ・ティモシー。劇中ほぼ一貫して口をつぐんだ厳しい表情が続くが、強い眼光から驚嘆、困惑、悲哀といった主人公の感情をとても豊かに表現している。昨年公開された、リリ・リザ監督(「虹の兵士たち(Laskar Pelangi)」の監督)の「海へ!(Kulari ke Pantai)」では主人公である少女の母親役を演じたが、ここでは一転、明るく優しい母親を弾けるような笑顔でもって好演、まさに演技に幅のある実力派女優である。
さらにこの作品の特徴は、スンバ島の特徴ある自然光景と風俗風習を織り交ぜながら、現実世界であるにも関わらず異次元空間に連れていかれるかのような雰囲気にさせられる点である。映画の舞台となった地域では家族が亡くなっても金がなく墓を建てることができない場合、ミイラのまま自宅に安置しておく風習があるという。この作品でも前述の冒頭場面で、マルリナと盗賊の頭とのやりとり、手下達が次々と倒れていく時など、部屋の片隅に亡くなったマルリナの主人のミイラが常にひっそりと壁にもたれて佇んでいる。この存在によって人里離れた家の空間が、まさに現実と幻、冷静と狂気、この世とあの世の境のない不思議な空間として作り上げられ、ドラマの展開に効果を増している。多民族、多様性文化の国インドネシアならではである。
そして映画の最終第四幕。再び驚きの、またやるせなさで一杯のまま幕を閉じる。物語は一切完結していないが、納得の行く尻切れトンボ感である。本作はインドネシア映画祭で最優秀作品賞を受賞したのを記念して2019年1月10日から再上映されている。この結末は是非とも映画館で味わってもらいたい(作品は英語字幕あり)。