文・横山裕一

 

 2月28日、国内映画では過去最大規模の全国791スクリーンで鳴り物入りの人気映画の続編が公開された。「ディラン1991」だ。前作の「ディラン1990」(2018年公開)は観客動員数632万人と、同年の1位に輝いただけでなく、正式な統計が始まった2007年以降では2番目に多い観客数を記録した大ヒット映画だ(1位はコメディ映画「ワルコップDKIリターンズ・パート1」観客動員数686万人、2016年公開)。そして新作「ディラン1991」は公開わずか3日間で前作の3分の1に相当する200万人の観客動員数を数えた。

 何故これほどまでにブームを呼んだのか、まずは人気の発端となった前作「ディラン1990」を紹介したい。「ディラン」とは主人公である女子高生ミレアの恋人となる同級生の名前。時は1990年、ミレアは父親の転勤でジャカルタから西ジャワ州の州都バンドゥンに引っ越す。新しい高校への登校中、大木が連なる綺麗な並木道でバイクに乗った少年が声をかける。彼こそがディラン、二人の最初の出会いだ。
「おはよう、ミレアかい?」
「そうだけど」
「(バイクに)乗ってく?」
「いえ」
「でも、いずれ君は後ろに乗りたくなるよ、きっと」

 これをきっかけにディランのラブ攻勢が始まる。友人を通じての手紙、彼女の下校を待ち乗り合いバスに同乗して「君は綺麗だね、でも僕は君にまだ恋していない。今後はわからないけどね」。その翌日の彼からの手紙で「きのうの夕方以来、僕は君を愛してしまった」。ミレアの家にも夜電話をかける。そして
「ミレア、『おやすみディラン』と言って寝ると、ぐっすり寝られるよ」。

 突然のことにミレアは戸惑い、いぶかるが、何故か嫌な気になれない。ディランは暴走族のリーダーだが見た目は端正な面立ちの少年。会話も文字面だけだとキザだが、どこかユーモアがあり、何より彼のミレアを見つめる眼差しがまっすぐで、常にいたわりを感じるからだった。ジャカルタにいた恋人ともある誤解をきっかけに別れたミレアは、だんだんとディランに惹かれていく。そしてついには、二人はお互いの愛を確認する。そのシーンもディランならではの、キザでユーモア溢れた魅力あるものだった。

 高校の学生食堂のテラスで、喧嘩で得た顔の傷をミレアに手当てしてもらうディラン。ミレアにノートを借り、インドネシア独立宣言に似せた宣言文を書いて読み上げる。
「宣言する!本日、1990年12月22日、バンドゥンにおいて、ディランとミレアは万感を込めて、正式に恋人となった。この愛は永遠に続く!」
…雨の中、バイクに乗った、幸せ一杯の二人の表情で幕は閉じる。

 第1作の大ヒットの要因は、恋する二人の不安、喜び、思いやりといった感情の移り変わりが無理なくとても瑞々しく描かれていることだが、何よりもディランの魅力に尽きるだろう。まずとにかく格好良い。劇中でもジーンズのジャケットを着て、単車(ホンダCB100)に乗る姿が似合う。彼のひたむきで誠実な発言と行動、前述のようにまっすぐで澄んだ瞳。キザな言葉を吐いてもキザに聞こえない。大抵の若い女性だったら、彼の眼差し、魅力には引き込まれてしまうのではと思うほどである。事実インドネシアの多くの若い女性たちは「シビレるぅ」と叫んだ。

 ディランを好演したのは、俳優で人気ボーカルグループメンバーのイクバル・ラマダン(19歳)。10歳の時、舞台ミュージカル「虹の戦士たち(Laskar Pelangi)」で認められてから映画にも数多く出演する。「ディラン1990」でミレア演じるファネサ・プレシラとともにインドネシア映画祭の男女新人俳優賞を受賞。余談だが彼は、小説家プラムディア・アナンタ・トゥールの名作「人間の大地(BUMI MANUSIA)」の映画化に際し主役のミンケ役に抜擢されている。今後のさらなる活躍が楽しみである(近日公開予定)。

 さわやかな学園恋愛物語となると、大人にとっては観ていて若干恥ずかしく、こそばゆくなってしまうが、舞台は1990年。携帯電話はまだない時代で、ダイアル式の家庭電話、夜の公園脇の公衆電話、手紙と大人にとってはノスタルジック溢れる恋愛アイテムが次々と登場し、ついつい物語に引き込まれる。劇中では二人の両親も魅力的に描かれている。インドネシアでは一般的に、男女が恋人としてつきあい始めるとまず双方の両親に紹介する習慣がある。時には親に恋愛の相談もするなど親子関係はオープンなところがあったりする。映画ではこうした部分も自然に描かれていて、若者だけでなく、巾広い支持を得た要因のひとつとなったのかもしれない。

 ディランの魅力をさらに高めたのは彼の発する「言葉」に加え、恋愛ツールの重要なひとつとして登場する「詩」がある。ディランも自作の詩をいくつもミレアに贈って気持ちを伝えている。日本では今や古くさく感じてしまうかもしれないが、インドネシアでは2002年の大ヒット映画「チンタに何があったのか?」でも主人公の女性の心を掴むのに詩が多用されたように現代でも依然有効なのだ。ソーシャルメディアでもよく格言や詩を通じて自分の気持ちを表現する人が多いのも同様かもしれない。文学的な気質を持った人たちだと思う。

 第1作の公開終了後もブームは続いた。原作は同名のベストセラー小説で、作者が「事実を元に書いた」と発言したため、ソーシャルメディア上で実在のディラン、ミレア探しが始まり、同名アカウントの人の写真が取り沙汰されたりした。また「ディランの謎」と題し、なぜディランは最初からミレアを知っていたのか、どうやって自宅の住所や電話番号を知ったのかなど、やはりソーシャルネット上を賑わした。さらには二人が恋人宣言した12月22日は「ディランの日」として話題になった。

 前置きが非常に長くなったが、このように興奮冷めやらぬ中で迎えた続編「ディラン1991」の公開。前作を受けて、二人の幸せ一杯のシーンから始まる。
バイクに乗った二人。
「ディランは将来何になりたい?私はパイロット」
「僕はミレアの夫になりたい」
「えっ?」
「僕と結婚したい?」
「したいぃぃぃぃぃぃ!!」
バイクで風を切りながら叫ぶミレア。
 
 続編でも二人がワクワク、ドキドキしながら愛を育む姿を気持ちよく観たいと思う観客が多かったと思うが、いい意味で裏切られる。「恋心」は相手の気持ちを察しながら育む過程では、期待感が高まり、その恋が成就した際、大きな喜びとなる。しかし、恋が「愛」に変わった時、愛が深まるにつれて相手のことをより強く思うが故に問題が起こりがちである。「ディラン1990」が「恋愛成就編」であるならば、「ディラン1991」は恋人となった二人の「愛の試練編」である。

 問題が起きたのは、ある日ディランが何者かから突然殴られたことから始まる。どうやら対抗する暴走族グループの仕業だったようだ。暴走族であるが故に大切な恋人がいついかなる時も危険にさらされていることに大きな脅威、不安を感じるミレア。ディランが仲間と仕返しをしようと集まったところに、ミレアが現れ、抗争を止めようと必死に訴える。
「暴走族をやめるか、私と別れるか…」
「別れる?本気か?」
ミレアに同行してきた遠い親戚の若者が、ディランに勘違いの嫉妬心を芽生えさせ問題は複雑化、急展開していく。心にも無い「別れる」という言葉を出してしまったことに、またディランに嫉妬の勘違いをさせて抗争に向かう引き金にしてしまったことに強く後悔するミレア。疎遠となる二人。二人の愛は危機に瀕していく…

 前作が「恋愛青春映画」として、前述のように「気持ちのいい時期」を描いていただけに、前作と同じ気持ちを味わいたい人にとっては、続編は若干物足りなく感じるかもしれない。しかし、全編にわたって二人がお互いのことを思いやる姿、気持ちの揺れといった姿は前作同様細やかに表現され、テーマの一貫性は変わらず、観る者を惹き込んでいく。

 二人の行方はどうなるのか、物話は突然7年後に移り完結しないまま続編は終了する。そう、実はこの映画は原作の小説同様3部作なのである。完結編のタイトルは「ミレア」。恐らく1年後公開されるとみられる。大人になった二人が再び、すがすがしく恋愛する姿をみせてくれることになるのか、新たな楽しみが来年すでに用意されたことになる。そのためにも、できればDVDなどで前作を観た上で、今回の続編を楽しんでもらえば幸いである。前作を探すのは面倒かもしれないが、「損」は無いと思う。特に女性にとっては、ディランのあの瞳でこんな台詞を話しかけられるのだから。
「僕のことを恋しく思っちゃいけない、つらくなるだけだ。耐えられないだろう?そんな想いをするのは僕だけで十分だ」。

 蛇足をながら、前作には物語の舞台であるバンドゥンの名物市長リドワン・カミル氏が、そして今作には西ジャワ州知事に転進した同氏が高校の先生として「ちょい役」で出演している。経緯は不明だが、このためかバンドゥンの街の良さが非常に良く描かれた作品にもなっている。普段は渋滞の激しいアジア・アフリカ通りをディランがバイクに乗って疾走するシーンは市長(現知事)の一言で撮影用に交通規制が可能になったのかもしれない、などと考えると楽しくもなる。バンドゥンならではの街の美しさ、いい雰囲気を味わえるのも「ディラン」2作の魅力のひとつである。

 

予告編

https://www.youtube.com/watch?v=nwhB2Hb7g5c

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