「僕にイスラムを教えて」 華人とイスラム女性の恋。メダンの風を感じる 【インドネシア映画倶楽部】第14回 

「僕にイスラムを教えて」 華人とイスラム女性の恋。メダンの風を感じる 【インドネシア映画倶楽部】第14回 

2019-10-24

Ajari Aku Islam

多民族、多宗教が拮抗するスマトラ島メダンを舞台に、イスラム女性と華人男性の恋愛を描く。現実は厳しく、複雑に展開する中、予想外のやるせない結末を迎える。インドネシア第三の都市メダンの雰囲気がよくわかり、インドネシアの多様性を味わえる。

文・横山裕一

 愛し合った若い男女は宗教の違い、民族の違いを乗り越えられるのか。この作品はイスラム教徒が大半を占めるインドネシアならではのテーマであるとともに、イスラム教が台頭する世界各国、国際化の進む日本をも含めて身近となりうるテーマである。

 中華系インドネシア人の青年ケニーは、街頭で出会ったフィディアに一目惚れする。しかしケニーがアタックするもフィディアに煙たがられてしまう。

 「あなたがイスラム教徒じゃないと恋愛対象にはならない」

 他宗教者との婚姻を禁ずるイスラム教。宗教の違いが大きく立ちはだかる。

 ケニーはイスラム教の書物やコーランを読み始める。仏教徒ながら、子供の頃からイスラム教の礼拝の時間を告げるアザーンに何故か安らぎを覚えていた彼に拘りはなかった。全てはフィディアへの恋しさ故だ。改宗の決意を知って、フィディアも少しづつケニーに惹かれ始める。

 しかし現実は厳しく、物語は複雑に展開する。フィディアの父親は異教徒の男性友人であるケニーに対し頑な対応をとった。幼なじみでフィディアに好意を持つ青年も留学先から帰ってきた。ケニーの父親もケニーの部屋にコーランがあるのを見つけて、祖先を侮辱するなと激怒する。さらには、かねてよりケニーに結婚を申し込んだ、同じ中華系の女性もヨーロッパから戻ってきた。

 ケニーは宗教の違い、複雑な人間関係を乗り越え、周囲の理解を得て、フィディアと結婚できるのか。しかし期待を裏切って、予想外のやるせない結末を迎えることになる……。

 インドネシア映画のカテゴリーは大きく分けると、ドラマ、コメディ、ホラー、また独立前後以降の歴史を見つめ直すものがあり、この他にイスラム教の教義、習慣を強く反映させたものがある。

 今作品は若い二人の恋愛を通じて、教義だけでなく「イスラム教徒はこうあるべき」といった事も伝えている。そして出自は異なっても壁を乗り越えられる可能性をも問う作品になっている。とはいえ、特に説教じみた内容はなく、気楽にイスラム教を交えた恋愛ストーリーを楽しむことができる。

 例えば、ケニーがフィディアを自宅へ送る際、並んで歩こうとするとフィディアが意味深に見つめる。

「イスラムでは女性は男性の後ろを歩くものなのよ」

 日本の古い風習にも共通していて、苦笑いをしてしまう場面でもある。

 舞台は北スマトラ州の州都メダン。キリスト教徒のバタック族が多い一方、古くからムラユ族によるイスラム教国のデリー王国が栄えた(1932年〜1858年)地域でもある。さらにジャワからの多くの移民もあり、イスラム教徒が最も多いが他地域よりはその割合は均衡している(イスラム教59.7%、プロテスタント21.2%、仏教9.9%、カトリック7.1%など /2015年中央統計局)。

 メダンは古くから交易でも栄えただけに中華系インドネシア人も多く、多民族、宗教が拮抗する意味で、この作品の舞台、テーマ設定には最適とみられる。現に長い民族交流の歴史を経て、中華系のイスラム教徒も多くいる。

 プロデューサーのジェイムス・リヤント氏によると、この作品の原案は彼の実体験に基づいたものだという。さらには恋人となった主役を演じた二人の俳優、ロジャー・ダヌアルタとチカ(チュット・メイリスカ)の実生活にインスピレーションを得たとも話している。

 中華系インドネシア人の俳優、ロジャーは2014年、交通事故の際に麻薬使用が発覚し、1年のリハビリを兼ねた禁固刑を受けている。そのためかは不明だが後にイスラム教に改宗した経験を持つ。

 さらに撮影後の2019年8月、ロジャーはチカと結婚。今ではチカよりもイスラム教に熱心で、イスラムの集会に参加しては、そこで覚えた事をチカに教えているとのこと。まさに映画作品そのものの夫婦生活でユニークだ。

 実際に現実社会の中でも、結婚を機にイスラム教に改宗する人は多い。インドネシアでは数の論理も働いて、圧倒的多数のイスラム教徒側からの視点になりがちだが、愛情がきっかけだろうと改宗すれば受け入れるという寛容性もあるということかもしれない。

 ただ現実には、殆どの宗教が他宗教者との婚姻は基本的に認めていないようだ。もしこの作品が逆のパターンだったら、インドネシアで成り立つのかどうか興味はある。

 若い女性にとっては大いに関心のあるテーマなのだろう、映画公開初日の夕方からの上映では、ほぼ満席、殆どがヒジャブをした女性たちだった。勿論、主役が人気で、話題の二人ということもあるが。

 もうひとつの見どころは、インドネシア第三の都市メダンの雰囲気がよくわかり、インドネシアの多様性を味わえる事だ。

 中華系インドネシア人によるルコ(1階が店舗、2階が住居や事務所)街と迷路のような路地裏。歴史を反映したオランダ時代の建物、その向こう側に聳える近代的な高層ビル、スマトラ島北部独特のサイドカーのバイクタクシーなど。

 多民族の伝統と歴史、近代化が混在した、現在のメダンの街の様子や風俗、生活感も十分楽しめ、メダンへ行ったことのない方でも、ジャカルタとはひと味違う、現地の「風」を感じられる作品だ。

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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