ステージの上には黒い布張りのいすがたった一つだけ。それ以外の物は何もない。

 午後8時15分、チェロを提げたヨーヨー・マが現れ、歓声にこたえた後、いすに座り、何のタメもなく、いきなり弾き始めた。バッハの「無伴奏チェロ組曲」第1番ト長調の、ゆったりした冒頭部分が流れ出す。

 最初はチェロの音が小さく聞こえる。クラシック楽器で、チェロ1本。3階席まである広い劇場。咳の音、子供のひそひそ声、カメラマンのシャッターを切る連射音など、いろいろな雑音が起き、チェロの音はかき消されてしまう。なかなか集中できず、CDの方がクリアに聴けると思ってしまう。 

 しかし、曲が進むにつれて、次第に、チェロの音が会場を圧し始めた。バッハの「無伴奏チェロ組曲」第1番から第6番までを、休憩なしで約2時間半。映画1本分以上に当たる時間を、映像も音もストーリーもなしの、チェロ1本の演奏だけ。それが意外なことに、まったく飽きさせない。

 このままぶっ通しで行くのかと思ったら、第1、2番の演奏が終わった後、ヨーヨー・マがマイクを握って、聴衆に語りかけた。「インドネシア、素晴らしい国、素晴らしい人々。ビンネカ・トゥンガル・イカ(インドネシアの国是で「多様性の中の統一」という意味)。ここでバッハを演奏するのはふさわしいことです。バッハの本質とは『ビンネカ・トゥンガル・イカ』だと思うからです」

 ヨーヨー・マが「全組曲の中で最も喜びにあふれた」と評した第3番の演奏が終わった時、再びヨーヨー・マが語りかける。「『ゴトンロヨン(相互扶助)』というインドネシアの言葉を知りました。それは世界に必要なものです。人生とは簡単なものではありません。ブルーなとき、喪失に打ちのめされるときがあります。喪失の中で最も辛いのは、尊厳の喪失です。そんなとき、音楽は、文化は、助けてくれます。(組曲)最後の第5、6番は、そんな曲です」

 非常に高い技術が要求される最後の2番。ヨーヨー・マの自由自在な演奏に没入した。バイオリンかと思わせる高い音色、チェロらしい海のように深い音、チェロ1本で奏でているとは思えない多彩な音色が楽器からあふれ出す。いつまでも聴いていたいと思う心地良さに浸った。

 ヨーヨー・マにとって、バッハの無伴奏チェロ組曲とは格別に思い入れのあるものだ。コンサートのパンフレットにも、「60年にわたって、悲しいときも喜びのときも喪失のときも、私に持続、慰め、喜びを与えてくれた」と書いている。そして、インタビューで「音楽によって生まれる一体感は、人々が行動を起こすきっかけとなるのではないか」とも語っている。その確信が、2年間かけて世界36カ所でバッハのチェロ組曲を演奏し、コンサート後の「行動の日(A Day of Action)」で行動をするという「バッハ・プロジェクト」なのだ。

 300年近い時を経てなお、国や人種の別なく人々を引き付けて一つにするバッハの音楽。クラシック音楽の力を感じた。そして、多忙なスケジュールであるにもかかわらず、事前にインドネシアについて学び、インドネシアの聴衆に対峙する、ヨーヨー・マの人間性にも触れた。