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文・横山裕一

 2019年9月に死去したハビビ元大統領原作で、愛妻アイヌン夫人との物語を描く第3弾。第1作では二人の出会いから、結婚、そしてアイヌン夫人との死別までを、第2作は若きハビビ氏の西ドイツ(当時)留学時代が描かれた。そして第3弾の今回はアイヌン夫人の若き学生時代を中心に描く。

 医者を目指すアイヌンは目標だったインドネシア大学医学部入学を果たす。まだ「女性が医者になんてなれるのか」という風潮のあった1950年代。そんな声をものともせず、努力するアイヌンの姿を同級生との恋も交えながら描く。当時ハビビは西ドイツ留学中。恋の相手は別人である。

 アイヌンを演じるのは、女優マウディ・アユンダ。若干25歳ながらシンガーソングライターに作家、テレビコマーシャルにとマルチに活躍する人気女優。さらにイギリスの名門オックスフォード大学卒業後、今度はアメリカの名門スタンフォード大学でマスターを就学中の才女でもある。

 医学へのひたむきな姿、友人や恋人と過ごす時の屈託のない表情など彼女の溌剌とした好演技がアイヌンの魅力をひきたてている。彼女のファンであれば必見である。

 ハビビ役は第1、2作に引き続き、若手実力俳優のレザ・ラハルディン。小柄なハビビ氏に対して177センチの高身長ながら、しぐさや話し方などを研究し、第1作から本人を思わせる程の演技で話題を呼んだ。

 今回はアイヌン夫人が亡くなった後の、老いたハビビ氏が孫たちにアイヌンの昔話を聞かせる設定。顔のシワなどに特殊メークまで施されたため、まさに「大柄なそっくりさん」になっている。その意味でも「見もの」である。

 元大統領という政治的生臭さを除けば、一連の3部作は一貫した夫婦愛が描かれており、これが一般に広く受け入れられた結果となっている。ただ個人的には第1作で十分で、3作まで作る必要性があったのかと疑問に感じる。まさに地位と財力で自ら映画製作する自己満足にも思えてしまう。

 しかし人の考えはまさに多様で、あくまでも「日本人的な考え」であることを痛感する。今回同作を鑑賞しようと行った映画館がウィークデーの日中にも関わらず満員、近くの映画館に移っても6席を残すのみとなっていたのだ。「政治臭」よりも「純粋な愛情」を選んだのか、筆者のようにアユンダファンか……。

 第3作の製作は第2作(2016年公開)後から決まっていたが、ハビビ元大統領が死去して間もないことも影響したのかもしれない。死去当時、過剰なまでの彼の生前を讃えるニュースが繰り返し伝えられた。故人を悪く言わないインドネシアの風習でもあるようだ。

 スハルト独裁政権のもと頭角を現した政治家としてのハビビ元大統領については一般的には功罪両面で評価される。余談だが興味深いのは、国連、海外メディア的視点からみて評価された、東ティモールの独立を問う住民投票を認めた点に対して、多くのインドネシア人は「彼の最大の失策である」と非難することだ。東ティモールに独立の機会を与えたのは国の損失と捉えられている。

 金融危機に端を発して民主化運動が高まり、1998年スハルト長期独裁政権が倒れ、民主的な手続きで国会議員、新大統領を選ぶプロセスを担ったのがハビビ第3代大統領だった。あれから20年。2019年の大統領選挙戦では人種、宗教などを政治利用した様々な誹謗中傷合戦となった。

 このためイスラム的価値観がさらに高まり、社会は少数派をネガティヴの対象とする風潮が高まった。多様性を認める寛容性の危機の時代に入りつつあるようだ。新内閣では大統領選挙で戦った双方が殆ど与党となり、まさに多数の声で押し切る政治体制が形成された。

 映画もこうした社会背景を映し出すかのように、2019年は「現在の状況」にアンチテーゼを投げかけるような作品が相次いだ。

 独自の風習をもつ少数民族に焦点を当てた「アンブ〜母 (AMBU)」や、同じインドネシア人でありながら中華系ということで社会的、制度的に差別を余儀なくされる「スシ・スサンティ ラブ・オール (SUSI SUSANTI LOVE ALL)」、犯罪被害者と家族の苦悩を描いた「メイの27ステップ(27 STEPS OF MAY)」などだ。いずれも社会的少数者を取り上げた優秀な作品だった。

 こうした中、2019年のインドネシア映画祭で、同性愛などLGBT(性的少数派)をテーマにした「我が素晴らしき肉体の記憶(KUCUMBU TUBUH INDAHKU)」が最優秀作品賞を受賞したのは、その意味で「救い」でもあるように感じる。作品自体の芸術性の高さもあるが、「今の時代」に受賞した意義は大きい。インドネシア映画界のメッセージのようにもうかがえる。

 もう一度原点に戻って「インドネシアとは、インドネシア人とは何か」を問いかけたのが、プラムディア・アナンタ・トゥール原作の「人間の大地」と「追跡」の二作品で、まさにこの時代にインドネシア人が今の社会を見つめ直す機会を提供した。

 「今の社会が良い方向へ行っているのか」と疑問に感じているが、それを言うことで「現在の少数派」になることを恐れ、声に出せない人たちが多いのも事実のようだ。人は現在を憂うと過去を回帰する傾向がある。その意味で「ベバス/自由(BEBAS)」で90年代のノスタルジックに浸る人も多かったと感じるのは考え過ぎだろうか。

 南国では実感が沸かないが、年の瀬も押し迫ってきた。2020年はどんな社会になり、どんな映画作品が公開されるだろうか。2019年のヒット作「ディラン1991(DELAN 1991)」のシリーズ最終作も2020年2月に公開予定だ。引き続きインドネシア映画界が楽しみである。さらには2017年のように見応えのあるインディーズ映画が出てくることも期待したい。

予告編

https://www.youtube.com/watch?v=CIP0esJ6MMs

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