文・写真 横山裕一

 

 2013年以降、年間100本以上が制作・公開されているインドネシア映画。映画はその時代ごとの社会や政治、流行などに影響され、映像に反映される。ジャカルタならではの風景でいえば高層ビル街やその夜景、渋滞もそうだろう。

 こうした中、最近スクリーンで頻繁に姿を現しだしたのが、約1年前の2019年3月下旬に開通したMRT(高速大量輸送交通 / MASS RAPID TRANSIT)である。日本の円借款事業で多くの日本企業も建設に参加、車両も日本製。日本人にとっても愛着が湧くジャカルタ最新の交通手段でもある。

 そのMRTを最初に映画撮影した作品が、リリ・リザ監督の最新作「べバス〜自由(BEBAS)」(2019年10月公開)だ。韓国映画のリメークでもある、90年代のノスタルジー溢れる、時代を超えた友情物語で話題となった。

 この中で主人公の女性(女優:マルシャ・ティモシー)がMRTに乗車する。既に家族も持つ彼女が、90年代から抱き続けた初恋の思い出に自ら終止符を打ち、夜のガランとした車両で一人もの想いに耽る印象的なシーンだった。

リリ・リザ監督は「90年代と現在の違いを表現したかった。その意味でMRTはジャカルタ近代化のアイコンのひとつだから撮影に組み入れた」とテンポ紙の取材に答えている。

 車窓の外を流れる街の明かりが主人公の心情を映し出しているかのようだ。青春期だった90年代と様々な悩みを抱える現在を対照的に描く同作品の中で、MRT車内が彼女の現在の居場所であり、過去は車外に流れ去っていく効果を生み出しているようにも見える。

 MRTジャカルタ広報室によると、最初のMRTの映画撮影は「べバス」だったが、最初に公開されたMRTの登場する作品は、2019年8月公開のロマンス映画「ウェディング・アグリーメント(WEDDING AGREEMENT)」とのこと。MRTは開通から約4カ月後にスクリーンデビュー。その2カ月後に「べバス」で再登場となる。

 MRTのスクリーン初登場シーンは、「ウェディング・アグリーメント」の主要人物がMRT車内で出会う場面だった。ちなみに同広報室によると、ホラー作品のMRT撮影オファーもあったが断ったとのこと。

 次にスクリーンで出会ったMRTは、2020年最初に公開された作品「いつかこの物語をあなたに(NANTI KITA CERITA TENTANG HARI INI)」だった。ここでは主人公が同僚と会社帰りにMRTに乗って、様々な会話をするシーンにMRTがその舞台となる。

 MRTがまさに通勤という形でジャカルタの市民の生活の一環に組み込まれている様子が描かれている。これまでだとインドネシア映画では、ジャカルタでの通勤、通学などを含めて、移動中のシーンはほぼ全て自動車の中だっただけに、とても新鮮な印象を受けた。

 実際、お昼時に中心部からMRTに乗ると、IDカードを首に下げた会社員数人のグループが乗車し、スナヤン付近で下車していく姿を見かける。鞄を持っていないことから昼食のための移動と思われる。開通当時、ジョコ・ウィドド大統領が呼びかけた「MRTを利用した都市生活」を実践している人も多いようだ。

 MRTが登場する作品としては、現在公開中の「ヴィンテージショップ(TOKO BARANG MANTAN)」もそうだ。ヴィンテージショップを経営する主人公(俳優:レザ・ラハディアン)と突然現れた婚約中の元恋人とのドラマ。

 主人公の自宅がMRT高架脇にある設定で、自宅アパートと思われる屋上で夜電話をする際、スクリーンの一角をMRTの車窓から漏れる明かりが流れていく。同作品では場面転換のカットとしても、MRTが高架を走っていくシーンが何度か使われている。

 同作品は舞台であるヴィンテージショップの商品である「思い出の残る使い古された」小物などと「お互いに未練が残る」元恋人同士がリンクしてドラマが繰り広げられる。「使い古し」を巡る物語の中、MRTが走る最新のジャカルタの風景を何気なく挟んでいるところが粋な計らいだ。

 勿論、日本でもスカイツリーなどが多くの作品に取り入れられたように、「トレンド」は映画やドラマでは常識で、インドネシア映画でもこれまでいくつかあっただろう。しかしMRTのある風景は明らかに従来のものとは違って取り上げられているようにも見受けられる。

 それは東南アジアで一番大きな国の首都でありながら、他国にあって自国になかった近代化都市アイテムが初めてできたことが大きな要因だろう。通勤通学、買い物など生活手段のひとつでもあり、その道中は日々の悩みや希望など想いを馳せる時間でもある。さらには出会いの場ともなる。目新しさに加え、ドラマに使用するにはもってこいである。

 ジャカルタには古くから国鉄の首都圏鉄道がある。2013年には大改革で全車冷房となり、1日の利用客はMRTの9万人をはるかに上回る120万人と膨大な利用者数だ。しかし、映画などにはほとんど取り上げられない。

 これは首都圏鉄道のルートがジャカルタ中心部の一部を横切るだけだったり、かつての屋根に鈴なりに乗客が乗っていたイメージが強いためかもしれない。これに対しMRTは首都の中心を貫く初の地下鉄であり、「近代化のアイコン」としてジャカルタの人々、映画界に大きなインパクトを与えているとみられる。

 MRTのある風景を取り入れることで、流行の先端をいくジャカルタの姿、あるいは登場人物の生活、ライフスタイルを表現できることになる。観客にとっては憧れの世界へ誘われる風景となる。

 上映中の「ヴィンテージショップ(TOKO BARANG MANTAN)」では、夜のジャカルタで遠くに高層ビル街の明かりが見える中、MRTが走り抜けていく。まさに首都ジャカルタの新たな風景だ。今後も様々な登場人物の思いや視線を通じて、「MRTのある風景」が描かれることだろう。

 

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