新型コロナウイルス流行の影響は、ジョグジャカルタ界隈の画家や彫刻家などのアーティストたちにも深刻な影響をもたらしている。普段から不安定な職業ではあるのだが、食べるのにも困った一部のアーティストたちが作品を投げ売りし始めたという話も耳にするようになり、先の見えない状況の中でどのように生き残っていくかは全てのアーティストにとっての課題となっている。
人やお金の流れが途絶えると、芸術もこんな風に停滞してしまうのだということを今まさに痛感しているところだ。インドネシアが海外からの観光客の入国制限、国内での外出や集会の制限を始めて、ボロブドゥール遺跡公園が休園してからは、ボロブドゥールを訪れる外国人も国内客もまったくいなくなった。また、アーティストが海外のアートイベントに出て行くこともできなくなっている。ジョグジャのほとんどのギャラリーも、ボロブドゥールにあるうちのギャラリーもずっと休業のままである。アーティストとしてもギャラリーとしても苦境に立たされている。
通常うちのギャラリーでは2カ月に1度作品を入れ替え、新しい展示のオープニングパーティーには何百人ものアーティストやアート関係者、報道関係者、地元の友人たちが集まってくれる。作品を展示販売する場であるというだけでなく、こうした集まりは特にアーティストにとってはとても重要だ。普段は各々孤独な作品制作をしているアーティストたちがアーティスト同士やコレクター、他のギャラリーのオーナーたちと意見や情報を交換できる場を設けることはギャラリーの役割のひとつであると私は考えている。ところがこうした状況になって、アーティストの交流の場もかなり制限されてしまった。
状況が一変してから多くのアーティストたちがリモート・ミーティングやオンラインで行うバーチャル・エキシビションなどを試みてはいるが、画家や彫刻家など、元々、古来の手法で表現しているアナログな人間にとっては、作品を直に観てもらえない、人と会えない、集まれない、ということはかなりストレスに感じるものだ。
しかしこの状況の中でも工夫しながら何やら楽しそうに独自の活動をしているアーティストも多く存在している。これはアーティストに限らずどんなジャンルの人にも言えることだが、苦境においても楽しそうに何かに没頭している人というのは、平常時から常に何かを楽しんで暮らしている人だ。自分が帰るべき場所が自己の中心にある人は状況が変わっても自分の軸がぶれないものだ。制限をむしろ遊びの条件ととらえて面白がることができる。面白がっている様子は傍目にも面白い。その面白さは周りにも伝染していく。そんな常に何らかの刺激を与えてくれる面白い友人アーティストたちをここで紹介してみたい。

ジャカルタのスカルノハッタ空港内にも作品が展示されているので目にした方も多いと思うエリカ・ヘストゥ・ワフユニ(Erica Hestu Wahyuni)は、新型コロナウイルスが流行するまでは毎月のように海外やインドネシア各地を飛び回っている活動的な人だったので、この状況になってからどうしているかと思ったら、きちんと外出を控え、家に居ながらもいつもと変わらず忙しそうにしていた。外出がままならない状況で、むしろ集中して作品制作や商品開発ができるそうだ。彼女の持ち味である作為的なものが感じられない無垢な作風はネガティブな事柄にフォーカスしていては生まれないので、自己のスタイルを守るために意図してこの状況を楽観的に受け入れていると言う。

彼女は以前から自己の作品のブランド化、グッズ展開を手掛けたりもしており、今はマスクなどのオリジナル製品を作っている。コレクターからの依頼で冷蔵庫のペイント作品(上写真)も仕上げたばかり。今までも何度か冷蔵庫や家具などに描いたものを見たことはあったが、この冷蔵庫はすごい存在感だ。また、意外なことに彼女はお菓子作りにも精を出していた。手先の器用な人は何をやっても上手に作るものだ。すごくおいしいと自画自賛していた。

ハディ・スサント(Hadi Soesanto、通称ハス=Hasoe)は、ジョグジャではちょっと変わったエンターテイナー・マルチタレントだ。ある時は画家、またある時はジョグジャで有名なセクシー美女軍団「ハス・エンジェルズ(Hasoe Angels)」を率いる音楽グループのリーダー、シンガーソングライター、イベントオーガナイザー、パフォーマー、コスプレイヤー等々いろいろな顔を持つ男で、どれが彼の本当の顔なのかは誰にもわからない。台湾のワークショップで一緒になった時は自己紹介代わりに手品を披露していた。

彼も頻繁に各国のアートイベントを渡り歩くアーティストだが、今はジョグジャ市内で制作パフォーマンスや音楽グループのオンライン・バーチャルライブを開催したりしている。彼の持ち歌「Diabet」のいろいろな撮影地(札幌やインド・ジャイプールのものまで!)のミュージックビデオは面白く、多くのジャワ人に惜しまれながら亡くなったチャンプルサリの大スター、ディディ・クンポット(Didi Kempot)の次を担う存在になったら面白いのに、などと思いながら眺めている。
ミュージックビデオ
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先日は、ジョグジャの防災庁で新型コロナウイルス対策に働くスタッフやボランティアの苦労を労い励ますために、彼自ら防護服を身にまとい、制作した作品を防災庁に寄付したことが話題になっていた。彼の作品によく描かれるエナメルの急須は、彼にとってはインドネシアを象徴する重要なアイコンで、よく見ると柄がインドネシアの地図になっている。インドネシアが彼のアイデンティティーそのものであり、作品を通じて内外の人々にインドネシアにより関心を持ってもらいたいという気持ちが込められている。彼はインドネシアの内側からだけでなく、外側から地球儀を眺めるかのようにインドネシアを冷静に見つめる視線も持ち合わせている。
彼の三密の避け方はユニークだ。彼はドローンの名手でもあるので撮影にクルーを使わず、ドローンで自撮りできる。防護服を身に着けて街中でパフォーマンスすることで、新型コロナウイルス関連の従事者の苦労を表現しながら結果的に自身のウイルス対策にもなっている。
https://www.gudeg.net/read/15619/peduli-covid-19-pentolan-hasoe-angels-sumbang-lukisan-bernilai-ratusan-juta.html
彼らのように楽しそうに暮らしている友人の存在はありがたいし、自分もそうありたいと思っている。私自身はと言えば、この時期を逆に作品作りの好機だととらえ、そのうち展覧会やアートイベントが解禁になった時に備えて今のうちに描き貯めておこうなどと頭で考えてはいたのだが、今のところマスクを作ったり、お菓子や料理に凝ってみたり、菜園熱が再燃したりと散漫で行き当たりばったりで、目下、肝心の作品制作は停滞中なのだが、これも流れ。楽しい方へ流されていくうちにまた新しい景色が見えるのかもしれないし見えないかもしれないが、大切なのは今この時を淡々と味わって生きるということだ。そうして回り道をしながらも再び自分の作品に向かっていければそれでいい。何を作るかというより、何かを作っているということそのものが自分を生かしている。
今は個々に活動せざるを得ない状況が続いているが、また以前のように、または新しいスタイルに順応しながらでも、早くアート界に活気が戻ってほしいというのは全てのアーティストに共通する願いである。
石井泰美(いしい・やすみ)
東京の美大を卒業後、メーカーや広告代理店でグラフィックデザイナーとして勤務。1995年から中部ジャワ州ボロブドゥールに定住。アートギャラリー「Limanjawi Art House」(IG@limanjawiarthouse)を経営。
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