文・写真 横山裕一

 

 7月9日から動画配信サービス「NETFLIX」で、リリ・リザ監督作品「フンバドリーム」の配信が東南アジア地域で始まった。2019年、ジョグジャカルタ、韓国・釜山などの映画祭での上映や一部の上映会以外では初めての公開となる。

 「フンバ」(HUMBA)とは、東ヌサトゥンガラ州スンバ島の「スンバ」(SUMBA)のことで、「素朴、純粋、誠実」といった意味を持つ。スンバ島の言葉では、「S」と「Z」がインドネシア語の「H」と入れ替わるためで、西ジャワ州を中心としたスンダ民族がインドネシア語を話す時、「F」と「P」を入れ替えることがよくあるようなものである。

 作品は、舞台となるスンバ島ならではの民族、信仰、風習、自然がふんだんに盛り込まれたなか、親子の愛情や恋愛が描かれた魅力ある青春映画だ。

スンバ島に広がる丘陵地

 物語は、ジャカルタの大学で映画を専攻している大学生の主人公マルティンが、スンバ島の東スンバ、ワインガプにある実家に帰省するところから始まる。3年前に亡くなった父親が村のシャーマンの夢枕に現れて「遺品が入った箱を開けるよう」伝えたため、呼び寄せられたのだ。

 父親の遺体が安置された部屋で、シャーマン立会いのもと遺品の箱が開けられる。スンバ島では埋葬費用がたまるまで、ミイラ化した遺体を座った姿勢にして伝統織物を巻いた状態で自宅に安置する風習がある。

 遺品の箱に入っていたのは、父親が愛用した8ミリフィルムのカメラと未現像の撮影済フィルムだった。大学卒業のための課題である映画のシナリオ執筆が思うように進まないマルティンはジャカルタへ持ち帰って現像しようとするが、母親が夫のお告げの真意を知るためにも、スンバ島で現像して一刻も早くフィルムの内容を観せるよう頼む。

 離島のため、現像用の薬品が手に入らず苦労するマルティン。携帯電話を誤って牛の糞の中に落としてしまい、ジャカルタとの連絡も取れなくなる。当初は三日の滞在予定が延びていき、いつしかスンバ島のゆったりとした時間と空間の中にとっぷりと飲み込まれていくような雰囲気となる。

 そんな中、マルティンは影を持ったある美しい女性に出会い、惹かれていく。そして彼女がマルティンの抱える問題を解く鍵にもなっていく。父親が息子へ伝えようとしたメッセージは、そしてマルティンがそこから見つけたものは……。

スンバ島の伝統家屋集落

 同作品は冒頭から、スンバ島独自の古来からの地元信仰「マラプ(Marapu)」を大いに反映したものになっている。「マラプ信仰」とは先祖霊を崇拝し、自然物に神が宿ると信じられたもので、現代においても人々の生活、風習に大きく影響を及ぼしている。

 盛大な葬式を行うため、埋葬費用がたまるまでミイラ化した遺体を自宅に安置する風習もそのひとつで、同じくスンバ島を舞台にした作品で2018年インドネシア映画祭の最優秀作品に選ばれた「マルリナの明日」(MARLINA SI PEMBUNUH DALAM EMPAT BABAK/2017年、邦題は2019年日本公開時のもの)でも同様のシーンが描かれていた。

 このように地域の伝統信仰が深く浸透していることを反映して、2016年、憲法裁判所で全国各地の地域信仰の存在が法的に認められた。従来はインドネシアでは「建国五原則」に基づいて6つの宗教のみの信仰が認められてきたが、この憲法裁判所の決定により、現在では国民証明書(KTP)の宗教欄に「マラプ(Marapu)」と記されたスンバの人々が多くいる。

 またスンバ島では作品内でも頻繁に登場するように、馬が人々の生活になくてはならないものであり、家族の一員として大切に扱われている。古来より、移動手段であり、狩猟の供であり、冠婚葬祭の贈り物でもあった。生贄にするのも神に最も大切なものを捧げるためである。スンバ島の伝統家屋は床下に馬小屋があるように、まさに家族としてひとつ屋根の下で寝食をともにしている。

馬と生活を共にするスンバの人々

 久しぶりに帰郷した主人公のマルティンも母親に挨拶をすませた後、すぐに馬に会いに行っている。男子にとっては子供の頃からともに成長した兄弟のような仲でもある。このためか、作品内では馬が主人公の想いを表す夢へといざなう役割も果たしている。

 伝統家屋、巨石を組み合わせた先祖の墓、織物、歌、特有のトラックの荷台に座席を設けたバスなど、現地ならではの風景がふんだんに盛り込まれている一方で、リリ・リザ監督らしく、現代のスンバ島が抱える問題も的確に表現されている。

 首都ジャカルタからはるか二千キロ離れた離島であるがゆえの仕事不足、貧困など。受け継がれてきた伝統生活様式が、現代の貨幣経済に組み込まれたために起きた現象でもある。特に海外など島外へ出稼ぎに行った人々の消息が不明となる問題も深刻なようだ。物語でも主人公が惹かれる女性は、夫が出稼ぎ先で事故死したという噂だけが伝わり、確かな情報がなく悩み苦しんでいる。

 一方、作品内には家族写真が飾られた壁に浮世絵の額が掛けられていたり、リリ・リザ監督がプロディースし、スンバ島で撮影された映画作品「黄金の杖の達人」(PENDEKAR TONGKAT EMAS/2014年公開)のポスターが登場するなど、同監督の遊び心も垣間見えて楽しめる。

 リリ・リザ監督作品は近年では、「チンタに何があったか2」(ADA APA DENGAN CINTA 2/2016年公開)、「海へ行こう」(KULARI KE PANTAI/2018年公開)、「ベバス・自由」(BEBAS/2019年公開)といったエンターテイメント色の強い作品が続き、これらは大いに楽しめたが、今回の「フンバドリーム」はじめ、「虹の兵士たち」(LASKAR PELANGI/2008年公開)、「アタンブア39度」(ATAMBUA 39 CELCIUS/2012年公開)、「ジャングル学校」(SEKOLA RIMBA/2013年公開)など、地方色豊かな一連の作品も現地ならではの空気を感じることができるとともに現代の問題点も浮き彫りにされていて、印象的で魅力的なものが多い。

 「フンバドリーム」は、代々受け継がれ現在も息づくスンバ特有の宗教、伝統習俗の中で物語が展開するためか、主人公とともに、あたかも現地の時間、空間に入り込んでいってしまうかのような錯覚も感じられる。

 スンバ島というと、紺碧の空にエメラルドグリーンの海、緑色や黄金色の広大な丘陵地といった素晴らしい自然が織りなす原色が印象的だが、作品では、直射日光を避けた撮影などあえて原色を際立たせない風景が多かったように思われる。もしかしたら、主人公の心情や物語の背景に流れる問題、さらには観るものをスンバに引き込んでしまうような不思議な感覚を持たせる空間映像を作り出すための、監督の意図的な手法だったのかもしれない。

 それだけにタイトルにある「フンバドリーム」とは何だったのか。主人公の青年が求める夢なのか、失踪した夫の情報を待つ女性の夢なのか、あるいは父親のお告げから始まって作り出された物語全てが夢だったのか、など色々と想像力を掻き立てさせられる。75分間に詰まったスンバ島の素晴らしさとともに是非とも味わっていただきたい。是非ともコロナ禍後に劇場公開してもらいたい。(英語字幕あり)

 

NETFLIX「フンバドリーム」
https://www.netflix.com/id-en/title/81280989

 

 

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