文と写真・鍋山俊雄
2016年10月に開始した本連載「インドネシア全34州の旅」も、残るは最後の34番目となる東ヌサトゥンガラ州だけになった。
ここはジャカルタに住んでいる人にとっては「バリ島のずっと東に点々と続いている島々」ぐらいのイメージだろうか。ほかのインドネシア地域に比べてキリスト教徒やアニミズムが9割以上と多く、先祖代々の生活様式、慣習、文化がまだ色濃く残っている。個人的には一番多く旅行に訪れた州で、「インドネシア全34州で旅行先でどこが一番良かったですか?」とよく聞かれたが、この東ヌサトゥンガラ州(NTT)が一番印象的だった。
この魅力的な東ヌサトゥンガラ州の島々を10回に分けてご紹介する。まずは東ヌサトゥンガラ州の最大の島、フローレス島の西に広がるコモド国立公園から始める。
インドネシアで見られる野生動物はいろいろあるが、中部カリマンタンのオランウータンと並んで人気があるのは「コモドドラゴン」(コモドオオトカゲの通称)だろう。コモド島、リンチャ島などの限られた地域に数千頭しか生息しておらず、「現代の恐竜」とも呼ばれる珍獣だ。
NHKスペシャル「最後の楽園」の「東南アジア・ウォーレシアの回」で見たところ、コモドドラゴンの祖先はオーストラリア大陸で進化し、泳ぎが得意だったので、この地域まで泳いで到達した。その中で、居住している人間が少なく、天敵の肉食動物がいないコモド島周辺地域に落ち着き、今まで生存してきたと考えられている。
野生のコモドドラゴンは全長3メートル、100キロを超える巨体で、その牙と毒性の唾液で水牛をも倒す危険さから、手軽に見ることのできる動物ではない。コモド国立公園内のリンチャ島では、ガイド付きツアーで見ることができる。
コモド国立公園を十分に楽しむことができる3日間のオープントリップ(現地集合・解散で、旅行会社が募集するツアー)の体験をご紹介したい(情報は2018年当時)。
オープントリップの初日はフローレス島ラブアンバジョの空港に、午前10時集合。それに間に合わせるためには、バリを朝一番に発つラブアンバジョ行きの飛行機(午前8時バリ発、同9時15分ラブアンバジョ着)に乗る必要がある。前夜遅くの便でバリ入りし、空港近くに一泊して、朝一のラブアンバジョ行きの便に乗ることにした。
しかし、こうやって念を入れたにもかかわらず、バリ発の東ヌサトゥンガラ方面行きのプロペラ機(ウイングズ航空=Wings Air)はバリを当日スタートするのではなく、ほかの場所から飛んできた機体を使うので、遅延が珍しくない。はたしてこの日のラブアンバジョ行きも結局遅れてしまい、午前9時45分バリ発になってしまった。
遅延が確定してすぐにツアー会社に連絡を取り、集合時間に遅れる旨を伝えた。そこで、一人遅れてラブアンバジョから、本船をボートで追うことになった。ラブアンバジョの波止場に着いたのは午前11時近かった。「本船はかなり遠くまで行ったかな」と思っていたら、幸いにも、まだ湾内にいることがわかった。聞くと、出港許可手続きがまだ完了していなかった(?!)とのことで、湾内で1時間近くも足止めをくっていたらしい。
こうして一人遅れた私が乗船した後、ほどなく無事に許可が降りて、出発した。オープントリップの参加者は14人で、インドネシア人が大半だったが、インドネシア駐在のドイツ人とフランス人も参加していた。
まず向かったのはケロール島(Pulau Kelor)で、ラブアンバジョから1時間半ほどで到着した。小さな島の中に小高い丘がある、シュノーケリング・スポットだ。今回は出発が遅れたため、小高い丘に登って、フローレス島も見える素晴らしい風景を堪能して、すぐに出発した。その後、無人島が点在し、左にはフローレス島の海岸が見える中を船は進んで行く。
次の目的地はコモドドラゴンがいるリンチャ島で、午後3時過ぎに到着した。すでに多くのツアー船が集まって来ている。この国立公園内で最も人気があるスポットだろう。
島の入口にはガイドの待機所があり、そこからガイドに案内してもらった。彼らは護身用に長さ2メートルぐらいの棒で、片側の先がU字型になった刺又(さすまた)を持っている。コモドドラゴンを見かけても5メートル以内には近付かないこと、血のにおいに反応するのでけがをしている人や生理中の女性はさらに距離を取るようにとの注意を受ける。
このリンチャ島のトレッキングは距離と時間に応じて3種類ほどあり、一番長いトレッキングは3時間ぐらいかけて島の奥の方まで回って帰ってくるコースだ。今回は、最も短い約40分のコースだった。
事務所の裏に、2頭ほどのコモドドラゴンが横たわっている。ここで定期的にえさを与えるので、集まって来ているようだ。満腹でほとんど動かないので、記念写真撮影スポットにもなる。
ここでの写真の撮り方は、こうだ。コモドドラゴンを真ん中にして挟む形で、撮影者と撮られる人がお互い5メートルほど離れた所に二人で向き合う。撮影者はカメラを地面すれすれに構える。撮られる人は反対側で、手のひらを下に向けて動物をなでるようなポーズを取る。撮影者が手を置く位置を指示する。こうして、まるでコモドドラゴンをなでているかのように見える写真を遠近法を利用して撮る、というのがお決まりだ。近くには、コモドドラゴンのえさとなった水牛の角が飾ってあった。
近辺の民家の周りを歩いた際、今度は、歩き回っているコモドドラゴンを見ることができた。歩くスピードはわりとゆっくりだ。森の中のコモドドラゴンの巣穴を遠目に観察しながら、そこから最も近い丘に出る。
ガイドに聞くと、トレッキング中にコモドドラゴンを目の前で見られるという機会はそんなに多くはないらしい。しかし、コモドドラゴンに噛まれると体が弱り、水牛ほどの大きな動物でも捕食されてしまう。過去に人間が襲われて死亡した記録もたくさんある。なので、トレッキング途中に空腹のコモドドラゴンに出会っても危険だ。少しどきどきしながら歩き、船の入ってきた入江が見える丘まで登った後、船に戻った。
翌朝はパダル島(Pulau Padar)で日の出を見ることになっている。リンチャ島を出た後、パダル島近くの、波のあまりない場所まで行って船を停めた。船には後方部にキッチンがあり、スタッフが3食、料理を作って出してくれる。コモド海域の美しい夕日を見ながらの夕食はおいしかった。船の中程と船底には二段ベッドが備えられた船室がいくつかあり、静かな波に揺られながら、眠りについた。
翌朝は午前4時半起床、同5時半出発で、船から小型ボートに乗り換え、パダル島に渡った。島の中は階段が整備されているが、灯りがない。ペンライトで足元を照らしながら30〜40分ほども階段を登り続け、日の出を待つ展望場所に到着した。
東の空がうっすらと明るくなる中、思い思いに地面に座って日の出を待つ。繋留している船が集まっている場所を遠くに望み、だんだんと明るくなっていく風景は幻想的だ。
このツアーでは、ガイドチームがドローンを持って来ていた。この場所でもドローンを飛ばし、パダル島の上空からの眺めとツアー参加者たちを撮影してくれた(写真は、ツアーが終わるまでに船上で、あらかじめ持参したUSBメモリなどにコピーしてくれる)。
パダル島からの眺めはコモド島域の中でも有名ポイントであるため、かなりの数のツアー船が集まる。日の出後も次々とツアー船が到着する中、われわれは船に戻って朝食を取った。その後、次のポイントであるコモド島のピンクビーチに向かった。
ピンクビーチとは、海岸の白砂に赤色サンゴの破片が混じり、ピンク色に見えるビーチだ。ここも有名なスポットで、ビーチは本当に赤みがかっている。青い空に、深さごとに青さの変わっていく海との組み合わせが印象的だ。
ここでもドローンを使って、海岸で輪になって横たわり、上空から撮影するというお約束の写真とビデオを撮影した。その後、しばらく海岸でのんびりした。
ガイドの話によると、一部の観光客がこのピンクの砂を持ち帰ることが続いたため、前よりもピンク色の度合いが薄くなってきているそうだ。これからもビーチの美しさを残すために、ゴミを出さないことや砂を持ち帰らないことはもちろん、船に乗る際には、体やビーチサンダルに付いた砂もきちんとここで落としてから船に乗るようにと依頼された。
次はカランガン島(Pulau Karangan)付近の白砂ビーチに立ち寄った。この砂浜をよく見ると、赤いサンゴの欠片が多く混じっている。これがもっと砕けていけば、ピンクビーチのようになるのだろうか。
船上で昼食を取った後、シアバ・ブサル島(Pulau Siaba Besar)の近くに停泊し、そこでシュノーケリングをして夕方近くまで過ごした。コモド国立公園は有名なダイビングスポットの宝庫だが、シュノーケリングでも美しいサンゴ礁を楽しむことができる。
翌3日目、シアバ・ブサル島脇で一晩泊まった後、ラブアンバジョに戻る日だ。朝食後、最初のアクティビティーは「船からジャンプ」だ。単純に船の屋根の上から、海に飛び込む、というもので、お向かいの船も並んで、皆で飛び込み始める。シュノーケリングより時間もかからず、船から遠くに行かないので、短い時間で楽しめるということなのだろう。
ラブアンバジョに向かう途中で、クナワ島(Pulau Kenawa)に立ち寄った。ここはラブアンバジョに近いシュノーケリング・スポットで、デイトリップの船もたくさん来ている。小さなレストランもあり、軽食を取ったり休憩もできる。
ここでは、埠頭の後ろにある丘に登ってみた。浅瀬のターコイズブルーが徐々に濃紺に変わるグラデーションの向こうに、島々が点在している。コモド国立公園海域は比較的雨の少ない地域で乾季は緑が少なく、島の地肌が目立つ眺めだ。緑の多い島を巡る際とは違った光景が広がる。
船は午前11時ごろには港に到着した。空港まで送迎されて解散した。3日間寝食を共にして仲良くなったツアーの仲間たちとも別れ、午後2時過ぎのジャカルタ行きの直行便に乗り、同4時半にはジャカルタに到着した。
コモド島がラブアンバジョから船で4時間近くも離れていることもあり、この地を周遊して堪能するのには、このような船での泊まりがけのツアーが楽しい。一方で、コモドドラゴンのいるリンチャ島だけに限るのであれば、ラブアンバジョからの日帰りツアーもある。港近くの通りにたくさんあるツアー業者を当たれば、現地に行ってから予約することも可能だ。午前7時発の漁船を利用したツアーで、リンチャ島まで3時間ほどで行ける。島内を見学してラブアンバジョに午後3時ごろに戻って来るという、日帰りリンチャ島ツアーに参加したこともある。
コモド国立公園はダイビング・スポットとしても有名だ。船に泊まって1週間〜10日間、ダイビング・スポットを回るダイビング・クルーズもあるが、ラブアンバジョ発でダイビング・スポット3カ所を周り、夕方5時にラブアンバジョに戻って来るといった日帰りダイブ・ツアーも豊富で、短期間でも楽しめる。
3回ほど行ったコモドだが、起点となるラブアンバジョは行くたびに新しいホテルが建設中で、どんどん姿が変わってきている。海外からの観光客も多く、これから注目を浴びるスポットだと思う。この素晴らしい自然環境と生態が維持されていってほしい。また次回行く機会を楽しみにしている。