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文・横山裕一

 新型コロナ禍の影響で映画館への入場者が伸びないためか、ジャカルタで映画館が再開して半年が経つものの、新作が未だ多くは公開されないのは残念な現状だ。しかし悪いことばかりではなく、今回のようにかつての名作が再上映されるのは嬉しいことである。

 映画「チュッ・ニャ・ディン」は現在のスマトラ島最北部のアチェ州で19世紀後半から20世紀初めにかけて起きた、当時のアチェ王国とオランダによるアチェ戦争(1873-1904年)で、アチェ軍のゲリラ部隊を率いた女傑、チュッ・ニャ・ディンを描いた物語である。インドネシア映画作品としては初めてカンヌ映画祭で上映された作品でもある。チュッ・ニャ・ディンはインドネシア独立後、インドネシアの英雄の一人として数えられ、2019年までの1万ルピア札にも肖像画が採用されていた。

1万ルピア札
旧1万ルピア札に描かれたチュッ・ニャ・ディン肖像画

 アチェ王国は15世紀末に建国され、17世紀にオランダの東インド会社が現在のインドネシアを植民地化した後も独立を維持していた。しかし、オランダ政府による直接植民地支配となった19世紀に入ると、オランダはアチェ王国の併合を試みてアチェ戦争が起きた。アチェ王国が富を築いていた胡椒や天然資源などの貿易利権を手に入れるためだった。

 チュッ・ニャ・ディンは夫でゲリラ部隊の指導者であるトゥウク・ウマル(Teuku Umar/彼もインドネシア英雄の一人)とともに兵士として従軍していたが、夫の戦死後、部隊の指導者を継いで山中でのゲリラ戦を率いた。同作品ではチュッ・ニャ・ディンがオランダ軍に捕らえられるまでの数年間が丹念に描かれている。戦力に勝るオランダ軍との度重なる戦闘で次第に兵力が減り、食糧難となっていく部隊。そうした中、病に冒されながらも常に眼光鋭く気丈に部隊を鼓舞し指揮するチュッ・ニャ・ディン。

 主役のチュッ・ニャ・ディンを演じたのは今や大御所女優のクリスティン・ハキム(Christine Hakim)。当時30代前半の彼女は、凛々しい顔立ちながら常に殺気みなぎる表情で演じきり、スクリーンに迫力と緊張感を作り出しているのがみどころの一つだ。今回の再上映に際し、地元メディア、コンパスのインタビューに対して彼女は「当時、撮影後3年間チュッ・ニャ・ディンの性格が抜けなかった」と話している。いかに彼女が集中して役になりきっていたかがうかがえる逸話だ。撮影は8か月にわたってアチェの山奥で続けられていて、撮影後、性格が抜けないばかりか、ホテルでの宿泊やショッピングモールに行っても違和感を感じ続けたという。

 クリスティン・ハキムとともに、夫のトゥウク・ウマル役にはこれも大御所俳優、スラメット・ラハルジョ(Slamet Rahardjo)が演じている。いずれも近年の映画作品では脇役ながら重要な役として登場することが多いが、二人の若く溌剌とした姿が見られるのも興味深い。

 監督は後に政治家にもなった、作曲家であり作家でもあるエロス・ジャロット(Erros Djarot)。彼によると、当初映画の冒頭はチュッ・ニャ・ディンの夫で戦死したトゥウク・ウマルの埋葬シーンから始める予定だったが、撮影直前にアチェの伝統習俗団体から「(英雄である)トゥウク・ウマルが登場しないならば、撮影する必要はないから協力できない」と言われたため、急遽トゥウク・ウマルのシーンを作り、当時アメリカに滞在していたトゥウク・ウマル役のスラメット・ラハルジョを呼び寄せたという。スラメット・ラハルジョはエロス・ジャロットの実兄でもある。

 半ば脅しともとられかねない逸話だが、いかにアチェの人々にとって、トゥウク・ウマルがチュッ・ニャ・ディンとともに英雄として強く尊敬され、慕われているかが伺える。作品を観ると、追加となったトゥウク・ウマルの生前から死後までが描かれることによって、チュッ・ニャ・ディンの一貫した精神的強さがより印象付けられることになり、好結果を呼んだとも感じられる。

 また、エロス・ジャロット監督は「作品は伝記というよりは、逆境にも立ち向かい、努力する女性を描きたかった。そこで選んだのがアチェ戦争での女性指導者チュッ・ニャ・ディンだった」と話しており、公開当時スハルト政権下で問題となっていたアチェの独立運動とは関係はないとしている。

 しかし、当時の政権ではアチェ問題に関して敏感であり、約百年前の出来事とはいえアチェ戦争を描いた本作品の一般公開はかなり制限されたものだったという。その意味でも今回の公開は意義があるだけでなく、言論統制の厳しかったスハルト時代に、アチェ民族が強く抵抗し闘う姿を描いた作品が制作された快挙を鑑賞できる価値ある機会だともいえる。

 アチェ戦争は1904年にオランダによるアチェ併合で終結とされているが、その後もアチェ住民による抵抗は続いている。日本軍政後、一旦はインドネシア独立に参加したもののアチェは度々反乱を続けていて、1976年、アチェ王国の復興を目指した独立派組織・自由アチェ運動(GAM)を設立する。その後国軍との武力衝突が相次ぎ、住民を含めた多くの犠牲者を出している。まさにアチェ独立運動の原動力はアチェ戦争から脈々と受け継がれてきたものであり、ゲリラ兵士たちの精神的支柱には、トゥウク・ウマルやチュッ・ニャ・ディンの存在が大きかったのは事実である。こうした時期に同作品は制作されている。

 本作品のもう一つの見所はスケール感ある迫真の戦闘シーンだ。特に奥行きを感じさせる構図設定は圧巻で、黒澤明監督作品の合戦シーンを彷彿とさせる。芸術作品と比較するのは適当ではないかもしれないが、黒澤作品の「影武者」で鮮やかな4色に塗り分けられた武田軍の風林火山4軍と比べると、本作品の方がゲリラたちの長い山中行軍で薄汚れてしまった身なりなどリアル感もある。奥行きを意識しながらも、あえて一歩踏み込んで直近で激闘を捉えるカメラワークも迫力ある効果をあげている。

 アチェの独立運動は2004年のスマトラ島沖地震の津波による甚大な被害を契機に、翌年インドネシア政府と和解し、イスラム法による自治権を得て終了している。アチェ戦争から約130年続いた、アチェの人々の自らの王国を守ろう、再興しようとする強い想いの原点がチュッ・ニャ・ディンの時代であり、彼女の執念が現在のアチェを築く礎の一つになっているともいえる。

 2015年、インドネシア独立戦争で英雄となったスディルマン将軍を描いた映画「スディルマン将軍」(Jenderal Sudirman)が製作公開されているが、作品では圧倒的に強力なオランダ軍に捕縛されることは独立の夢を潰えさせることになるとの信念から、ゲリラとなってオランダ軍の追手からひたすら逃走する姿が描かれている。この作品も30年前の名作「チュッ・ニャ・ディン」の影響を大きく受けたものであることがうかがえる。

 最後になってしまったが、本作品は30年前の作品ではあるが、再生処理も施されていて、綺麗な画像で鑑賞できる。特に近年は明瞭なデジタル映像が多いだけに、久々にフィルム特有の深みのあるスクリーン画像を楽しめるのもいい。この機会に是非鑑賞していただきたい。

映画「チュッ・ニャ・ディン」

上映日程とトレイラー

https://21cineplex.com/tjoet-nja-dhien,92960,11TNDN.htm

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