鯨と生きる 映画「くじらびと」評

鯨と生きる 映画「くじらびと」評

2021-10-04

9月に日本で公開され、特にインドネシア関係者の間で注目を集めている映画「くじらびと」。ルンバタ島ラマレラ村で行われている伝統捕鯨を迫力ある映像で描きます。ラマレラ村へ行ったことがあり、映画を計5回見たという鍋山俊雄さんの映画評です。

映画「くじらびと」ポスター

文と写真・鍋山俊雄

 伝統の鯨漁を続けるラマレラの人々、人と鯨との命をかけた戦いを描いた映画「くじらびと」(石川梵監督)が9月3日に公開された。私は2017年6月、この映画の撮影地であるラマレラを訪れた。ラマレラの人々からは何度も「Mr. Bonを知っているか?」と聞かれた。旅行後に旅友から「鯨人」(石川梵著)という本を教えられ、それを読んでみて初めて、石川梵さんが長年ラマレラに通っていることを知った。その後、このラマレラの伝統捕鯨を映画化しようとしていることを知り、そのためのクラウド・ファンディングに参加した。そういった経緯で、映画は計5回、見た。

 この映画で描かれているラマレラ村は東ヌサトゥンガラ州のルンバタ島(「レンバタ島」との記述がされているが、インドネシア語の発音では「ルンバタ」が近い)の南側にあり、今でも銛一本を使っての伝統捕鯨が行われている。今でこそ出漁から鯨の見える所へ行くまでは船外機を使うが、元々は手漕ぎで鯨を追いかけていた。

 舟の大きさの倍以上はある鯨に近付き、舳先から銛打ち(ラマファ)が銛を打ち込む。ただ銛を投げるだけでは鯨の分厚い皮を破ってダメージを与えられないので、ラマファは高く跳躍して、全体重をかけて鯨に銛を打ち込む。相当、鯨に近付かないと打ち込めない。鯨の尾の反撃を受けて舟が壊されたり、尾の直撃を受けた漁師が即死することもある。とても危険な漁である。

 このラマレラ村周辺は、農作物が育つ環境ではない。年間10頭の鯨が穫れれば、山岳地にある村と農作物を物々交換して、住人1500人ほどのこの村が生きていけるとのことだ。ラマファは命の危険と同時に、村人の生活が双肩にかかる、とても重い責任を負っている。

ノーナレーションのドキュメンタリー

 この映画はドキュメンタリーだ。従って、台本があるわけではなく、ラマレラの人々の日常生活を積み重ねた映像によって作られている。ドキュメンタリーと言えば「NHKスペシャル」のように、事実を積み重ねた映像と、それを巧みに説明するナレーションがセットになっているものだと思っていた。しかし、この映画にはナレーションがまったくない。ナレーションなしで、ラマレラ語で語る彼らの言葉のみで紡ぐ物語と映像で、ストーリーを伝えようとしているようだ。

 それは、生きていれば起きる喜びと悲しみ、伝統を次の世代に受け継ごうとするベテランと「ラマファになりたい」と眼を輝かせる子供たち、この村で古くから伝わる捕鯨の伝承、インフラが最小限だったこの村でもスマホを使う人が増えて村を出て働く人もいるという現実。こうしたさまざまな事柄を、複数の家族や登場人物が遭遇する出来事を通じて浮き彫りにしている。

プレダン

 アイコンとなる男の子はエーメン、その妹はイナ。その家族を中心に物語が進むのかと思ったら、そうでもない。ベテランのラマファであり、舟作りの名人イグナシウス。彼のラマファの子供たち2人(デモ、ベンジャミン)のうち、ベンジャミンがマンタ漁中に事故に遭い、亡くなってしまう。悲しみに暮れる父イグナシウスと兄デモは、やがて、新しい舟を建造する過程を通じて、ベンジャミンの死を乗り越えて行く。そして、捕鯨のシーンでは、現役のラマファで「名人」とされるフレドスを中心に据えて、鯨との死闘のシーンが繰り広げられる。

 石川監督は公開後のインタビューで「『劇映画』を撮りたかった」と語っている。この「劇映画」感が、ドキュメンタリーなのに物語になっているように感じる、不思議な感覚の理由なのだろうか。

 この映画には最初から最後までナレーションがないが、映像に被せられたさまざまなインタビューがナレーション的な役割を果たしている。とりわけ、舟作り名人のイグナシウスの言葉は含蓄が深い。400年続いてきたといわれる捕鯨を通じたラマレラの人々と鯨との関係、鯨への感謝が語られている。

 ナレーション以外に音楽もほとんどない。生活音と子供たちの声が中心だ。捕鯨シーンでは鯨が潮を吹き上げる音、舟に体当たりする音、ラマファたちの掛け声や怒声で臨場感にあふれる。

水中の死にゆく鯨

 捕鯨シーンは圧巻で、観客に強い印象を残す。捕鯨船に同乗しての撮影、ドローンを使った上空からの撮影、そして水中撮影。どれも妥協のない映像で、数多あるラマレラの捕鯨映像の中でも最高だと思う。見る者も、実際に捕鯨の舟に乗り合わせているかのような錯覚を起こす臨場感が衝撃的だ。これを石川監督は「体感するドキュメンタリー」と言っている。映画館の大画面で、特に前列に座って見ると、その迫力を楽しめる。

 あの小ささであれだけ揺れる舟で、しかも鯨に体当たりされたりする中での撮影。水しぶきも相当かかるはずだが、どうやってカメラを守って撮影しているのか。また、常夏のインドネシアの海上は相当暑くなるはずで、屋根のない舟で毎日、数時間も、鯨を追って海上をさまよい続けるのは相当の難行だ。これらの映像は石川監督の執念により、長い年月をかけてようやく完成したものだ。

 特に、ドローンによる映像は秀逸だ。現在のバッテリー性能ではそれほど長くは飛ばせないはずのドローンを、揺れる舟上からどうやって操作して撮影したのだろうか。

 このドローン映像の中で特に印象的だったのが、攻撃されて死にゆく鯨を助けに仲間が寄り添うように泳ぐシーン(ラマファたちはこれを「ケア」と呼ぶ)だ。血を流しながら泳ぐ鯨に一頭の鯨が近付き、しばらく並走して泳ぐのだが、「互いに別れを告げた」後、その仲間の鯨がゆっくりと潜行して行くシーンがドローン映像にしっかりと収められている。

 この作品は、人間の立場からの捕鯨シーンだけではなく、鯨の立場からのシーンの撮影にもこだわりが見られる。この映画は、捕獲されて浜辺に打ち上げられて解体を待つ、鯨の目のアップから始まり、終わりのシーンも同様だ。鯨の目の状態は最初と最後で違うのだが、鯨で始まって鯨で終わる映画なのだ。

ラマレラ村
ラマレラ村の海岸

 石川監督は4年通ってラマファと鯨の海上での死闘を映像に収めた後、死にゆく鯨の気持ちがまだ撮影できていない、そのために鯨の目を撮影したい、と再びラマレラに向かっている。

 死にゆく鯨を追った水中映像も衝撃的だ。「おいおい、潜って水中撮影? 最後の力を振り絞って鯨が襲ってきたらどうするのか? こんな血まみれの海に潜って鮫が来ないか?」と、ダイバーの端くれである自分も思わずツッコミを入れたくなる。

 この辺は著書「鯨人」にも、苦労話が記されている。深さ1000メートルはあるとされる外洋の血の海にダイブして、マスクの中に入る赤い水をクリアーしながら潜行していく。ようやく視界が晴れてきたところで下を見ると、海底は見えずに闇の世界。鯨がいる上方に鮫がいないか気を付けながら浮上し、鯨を撮影したと言う。まさにこだわりと執念の撮影だ。

 死にゆく鯨の水中撮影のシーンでは不思議な金属音のような連続音が響き渡る。この音は何か? 「鯨人」に答えが出ていた。それは傷付いた鯨が仲間を呼ぶ「SOS」なんだそうだ。水中で死にゆく鯨が仲間を呼ぶ声が、静まりかえった水中で響き渡るシーンは印象的だ。村人たちの言葉だけでなく、鯨も彼らの「言葉」で観衆に語りかけている。

 この映画は、人々の祈りのシーンが多い。漁師たちが船上で漁の成功と安全を祈るシーン、日曜のミサで祈るシーン、そして名人ラマファのフレドスがミサの最中に涙を流すシーンなど、いくつも挙げられる。命をかけて捕鯨と向き合わなければ生きていけない宿命を背負う彼らが、神と、そして鯨との対話を通じた信仰心を描くのも映画の狙いではないかと思われる。

 ラマレラの伝統捕鯨は、BBCなどの海外メディアやフリーランスの写真家も多く取り上げ、この「コンテンツ」を追う人はたくさんいるらしい。石川監督は1991年に最初に訪れて以来、何度もラマレラを訪れている。ある時は反捕鯨団体が村に来て「捕鯨をやめて鯨観光の事業をしよう」「漁網を提供する。網漁なら、より多くの漁獲が見込めて収入が安定する」と勧め、村で意見が割れている時期だったそうだ。その時、村の長老たちから「昔撮った捕鯨の写真や映像を若い人に見せてやってくれ」と頼まれたと言う。結局、村では伝統捕鯨を続けることになったが、この伝統もいつ途絶えるかわからない。こうした中で、後世に映像を残すために映画を撮ることにしたと言う。

ラマレラ村

字幕の問題

 映像、ストーリー、音響ともに素晴らしいのだが、それらに比べて、個人的にやや物足りなく感じる点がある。字幕だ。

 映画全体の9割ぐらいがラマレラ語だ。インタビューにインドネシア語で答えている村人もいるが、インドネシア語の部分は1割ぐらいしかなかった。

 ラマレラ語での村人の会話で、捕鯨に関わる重要な部分には字幕が付いているが、「映画の構成上、必要ない」と判断された字幕はカットされているようだ。個人的には彼らの日常の会話に興味があり、ラマレラ語のわからない私には、字幕のない部分が多いのがやや物足りなかった。

 また、インドネシア語の字幕についても疑問に思う箇所が何カ所かあった。

 ①捕鯨舟(プレダン)は昔は手漕ぎと帆走だったが、今では船外機を使う。ただし、燃料代もかさむことから、海岸に座ってじっと海を眺め、鯨の潮吹きが見えると一斉に舟を出す。この時に「バレオー(Baleo)」という掛け声で鯨の出現を村中に伝える。「鯨人」にはそのシーンの描写もあるのだが、この映画には出て来ない。唯一、建造した新しいプレダンを海岸で最終チェックしているシーンで、漁師の1人が海を見ながら、「バレオー、バレオー」と言っているシーンがある。恐らく「鯨が見えるぞー」と冗談を言っているのではないかと思うのだが、この部分はラマレラ語で話していて、まったく字幕が付いていないため、この推測が正しいかどうかわからない。

 ②新しいプレダンを建造したお祝いに、海岸で、村の子供たちに祝い飯をふるまうシーンがある。そこで白米とともに肉も振舞われ、皿いっぱいの肉がアップになる。映画の中では子供が豚にえさをやるシーンがあり、庭先には鶏が映っている。この村では肉は貴重なご馳走のはずだ。舟の作り手のイグナシウスが子供たちにインドネシア語で「masih ada dagingnya」、「まだ肉もあるぞ」すなわち「いっぱい食べなさい」と言っているのだが、字幕は「いっぱい食べろよ」だけになっている。肉をアップで写し、子供たちにとってもご馳走なんだというメッセージが伝えられている中で、字幕がそれを表現していないように思う。

 ③マンタ漁で亡くなったベンジャミンの葬儀の説明の際に、捕鯨に関わる者の掟(タブー)として、親、家族との諍いがあってはならない、と村人が話すシーンがある。ここの字幕で「その掟は『ムランガルパンタガン』と呼ばれ、破ると罰を受ける」となっていた。ここはインドネシア語のシーンだったので、注意深く聞きながら字幕を読んでいたのだが、この字幕には「??」となった。音声は「namanya adat melanggar pantangan」と聞こえた。「Melanggar pantangan」は「タブー(掟)を破る」という意味だから、「『ムランガルパンタガン』という掟だ」という字幕は間違っているだろう。

プレダン
鯨を追う舟、プレダン

 こうした難はあっても、「くじらびと」が作品として完結し、こうして映画館の大画面で見られる意義は大きい。

 映画の予告編の最後に「くじらと生きるーSDGsの原点がここにある。」との言葉が出て来て、「はぁ? SDGs? いくらなんでも、取ってつけたようなフレーズだ」と思った。どうも宣伝会社が勝手に後付けしたらしい。この映画は、そんな流行りの言葉で語られるものではない。

 さまざまな技術が発達し、映画の世界でもSFXだの特殊撮影だのを駆使して撮った大仰なスペクタクル映画は数多ある。こうした時代に撮られた、この広い世界の中で、まだこのような古くからの伝統を維持し、生きていくために命をかけて捕鯨を行う人々がいるという事実。それを維持していく彼らの葛藤、そして、命あるものを食べていかないと生きていけない人間の業を描き、それを見る人々に、捕鯨を通じて生きることを考えさせる作品なのだと思う。

 直近では去年だったか、BSで、元ボクサーがラマレラで「伝統漁に挑む」との番組が放映されたことがある。内容的にはまったく大したことはなく、秘境ラマレラの映像は玉石混交の様相を呈しつつある。今回のこの「くじらびと」が成し遂げた金字塔は、ラマレラでの撮影競争の歴史に終止符を打つことになるのではないかと思う。この二番煎じを撮ることすらも容易ではないからだ。

 映画は「Lamafa」との表題で英語字幕のトレーラーも流れ始めているから、海外でも上映されるのだろうか。いつかインドネシアでも上映してほしいと思う。ラマレラに映画館はないが、ラマレラの人たちも、この作品の出来上がりは楽しみにしているのではないか。

 インドネシアで上映されることになっても、ラマレラ語が大半なので、大方のインドネシア人にはこのままではわからない。是非インドネシア語で、より詳しい字幕が付いたものを見てみたい。