「ムハンマド」の名前を使った酒のプロモーションで炎上した「ホーリーウイングス」。なぜここまで騒ぎが大きくなったのだろうか?(文・知る花)
「ホーリーウイングス(Holywings)騒動」が続いている。ホーリーウイングスとは、ジャカルタをはじめ、全国主要都市に計36店を展開する「カフェ&バー&レストラン」だが、カフェやレストランというより、バー、ナイトクラブ、というイメージが強い。
事の発端は2022年6月23日、インスタグラムでのプロモーションだ。「こちらのお名前の方は、毎週木曜、ボトル無料!」として、ジンのボトルの写真の前に「ムハンマド」と「マリア」の名札を掲げた投稿をアップした。

「ムハンマド」とは言うまでもなくイスラムの預言者の名前、そして「マリア」とは、特にカトリックで重要なシンボルとなる聖母マリアの名前だ。どちらもインドネシアでは「よくある名前」ではあるのだが、「ムハンマド」と「マリア」の並びは必然的に「預言者」と「聖母」を想起させ、かつ、イスラムで禁じられている酒を出す店での酒のプロモーションに名前を使われた、ということが、多くの人の感情を刺激した。
投稿直後から炎上を始め、約1時間後に店側は投稿を削除し、翌24日にはマネジメントによる公式な謝罪文を発表した。しかし騒動はそれでは収まらず、宗教を冒涜したとして告訴され、ジャカルタ警察は、プロモーションに関与したクリエイティブ・ディレクター(27)ら6人を逮捕した。さらに、ジャカルタ州政府は、州内にあるホーリーウイングス全12店の営業許可を剥奪し、店を封鎖した。マネジメント側は、逮捕された6人を解雇処分としたり、インドネシア全店の一時休業を決めるなど、火消しに追われている。
店側によると、この「ボトル無料」キャンペーンは3カ月ほど前から行っており、名前は「来店者に多い、インドネシアによくある名前」を選んできたという。これまでは「トニーとティナ」「フィルマンとフェニー」「ウィリアムとウィディヤ」などの名前を使い、問題が起きたことはなかったという。
配慮に欠けていたことは事実だが、現場レベルでのケアレスミスと見える。それが、どうしてここまで騒ぎが大きくなったのか、考えてみたい。
炎上商法スタイル
ホーリーウイングスの前身は、実業家のイファン・タンジャヤ氏が2014年、「クダイ・オパ」という名前でクラパガディンにオープンしたナシゴレン店。しかし、すぐに行き詰まり、業態をレストラン&バーに変更した。ホーリーウイングスという名前は、人気ステーキ店「ホーリーカウ」の繁盛ぶりにあやかりたいとして付けたという。そこから順調に発展を始め、店を次々にオープンした。2021年、やり手弁護士として知られるホットマン・パリスや女優のニキータ・ミルザニを投資家に迎え、注目を集める。現在、バリ・チャングーに一大エンターテインメントスポットとなる予定のビーチクラブを建設中で、今年7月末にオープンする計画だった。
店側の問題点を挙げると、まず、著名な芸能人がバックに付いているという安心感にあぐらをかいていたように見えること。これまでにも、コロナ禍中に感染防止対策に違反したとして罰金処分を受けるなど、やりたい放題のイケイケ感が醸し出されていた。やり手弁護士やカネの力で「なんとかなる」と考えていたのではないか。
さらに、ホーリーウイングスはこれまでにも、「炎上商法」まがいの営業スタイルを常道としてきた。例えば、2022年3月に、有名シェフのユナ氏がホーリーウイングスの食事に「がっかりだ。やはり、本物のレストランではない」とインスタグラムに投稿した。これに対してホーリーウイングスのシェフが激怒してシェフ対決を申し込む騒ぎとなったが、その後、ホーリーウイングスは一転して、ユナ氏とのコラボによる新メニューを発表した。出来レースだったのではないか、という話だ。
ほかにも、一椀10万ルピアのバッソ(肉団子)を出して注目されたり、「友達とダベるのにホーリーウイングスに行ったら、飲み物と軽食代で1100万ルピアもかかった」とTikTokにレシートが投稿されるなど、SNS上で話題を振りまいてきた。物議を醸すのを「話題になって良い」ととらえていた節があり、今回の酒プロモーションも、これまでのような「尖ったプロモーション」の「ギリギリ路線」を狙ったものと考えられる。しかしそれが、今回ばかりは「ギリギリ」を踏み越えてしまった。
「コロナ結束」の終わり
事件が起きたタイミングとしては、長かったコロナ禍がようやく収束してインドネシアが通常運転に戻り始めた時だ。全ては感染対策を中心とする「コロナ結束」の中で押し込められていた、「誰かを攻めたい」「つつきたい」「騒ぎたい」という気持ちが解き放たれた、とも考えられる。そうした騒ぎの中では「宗教の冒涜」は、非常に正当性を主張しやすいトピックだ。通常よりも宗教心が高まる犠牲祭近く、という時期も重なった。
また、2024年大統領選を見据えた政治もにわかに活発となってきている。ジャカルタでのホーリーウイングス営業許可剥奪により、大統領候補の一人として取り沙汰されているアニス・バスウェダン同州知事の選出可能性は上がるだろう、との分析もある。この騒動が、コロナ禍の中でかき消されていた、様々な人や団体のアピールの舞台とされる可能性がある。アホック元ジャカルタ州知事へのデモで悪名高い「212同窓会」も「ホーリーウイングスの恒久的な閉鎖を求める」デモに動き始めた。
アルコール飲料の販売や店での提供に関する許可取得は非常に煩雑なため、グレーゾーンで営業している店も多い。ジャカルタで営業していたホーリーウイングスも適切な許可を取っていなかったとして、営業許可剥奪の処分を受けたのだが、「長期間、ホーリーウイングスに許可外の活動を許してきたのは、ジャカルタ州政府の怠慢だ」という声も上がっている。国民・市民へのアピール対策として、これからアルコール規制を強めるとしたら、日系レストランに影響が波及することもあり得る。騒動のとばっちり的な、地味なアルコール狩りが始まるのかどうか。
ちなみに、「ムハンマドとマリアという名前の人はバッソ無料!」「飲み物無料!」といった便乗商法がちゃっかり始まっているのもインドネシアらしい。
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