ジャカルタのビル群の下、車道に引かれた一本の横断歩道。ここが最近、話題の場所となっている。その名は「チタヤム・ファッション・ウイーク」。チタヤムとは何か、なぜそのように呼ばれるようになったのか。社会現象となった「チタヤム・ファッション・ウイーク」を観察してみよう。(文と写真・知る花)
田舎者ファッションへの揶揄
中央ジャカルタ・スディルマン通りのMRT「ドゥク・アタス」(Dukuh Atas)駅。この辺りは、ジャカルタ首都圏鉄道「スディルマン」駅、空港鉄道「BNIシティー」駅が近接し、乗り換えハブ地点(トランジット・エリア)になっている。ボゴールやデポックなど首都圏近郊の人が電車に乗ってジャカルタ中心部に流入する場所でもある。ここが「チタヤム・ファッション・ウイーク」(Citayam Fashion Week)の開催場所だ。
「チタヤム」(Citayam)とは、ジャカルタ首都圏鉄道ボゴール線にある駅の名前だ。ボゴール線はボゴール駅が始発で、その後、ボジョングデ(Bojonggede)、チタヤム、デポック(Depok)などを通過し、ジャカルタへと入る。マンガライ駅でタナアバン方面に乗り換えて1駅目がスディルマン駅。
「ジャカルタ時刻表」著者でジャカルタの電車に詳しいJIMA2さんによると、このボゴール線を日本の中央線に例えると、ボゴールが「八王子、高尾」で、チタヤムは「昭和の宅地化が進んだころの立川周辺、または武蔵小金井か豊田辺りのポジション。郊外の中都市で、その先は住宅地になる」といった地理感覚だと言う。(JIMA2さんの撮影したチタヤム駅の動画)
そうなると、チタヤム・ファッション・ウイークとは「立川ファッション・ウイーク」か「武蔵小金井ファッション・ウイーク」といったところか。こう言うと郊外のおしゃれ感が出てしまうのだが、「チタヤム」の方は、ジャカルタという都会から見て、ボゴールくんだりの「田舎者」という含みがあり、「チタヤム・ファッション・ウイーク」は、元々は田舎者ファッションを揶揄した言葉だった。
この言葉が使われ始めたのは、2022年6月ごろのこと。ドゥク・アタス駅近辺で、中高生ら若者がたむろしているのがSNSで取り上げられて、話題となり始める。ここは元から人の往来の激しい場所だったが、特にMRT開設後には駅周辺の歩道が整備されて、より快適な場となった。最近ではコロナ規制の緩和も、若者が集まるようになった理由に挙げられるだろう。
SNSで紹介された若者たちの学歴はあまり高くなく、所得は中間層以下とみられる。常識問題にトンデモ回答を連発し、ファッションは「自分なりにキメている」感は出しているものの、お金をかけたファッションではない。彼らを面白がった、SNS上での「いじり」として、「チタヤム(という田舎)の子」、パリ・ファッション・ウイークでもジャカルタ・ファッション・ウイークでもない「チタヤム・ファッション・ウイーク」だ、と呼ばれるようになったのだ。
最初は、「ゴミのポイ捨て」「道を塞いで通行の妨げになったり、渋滞を起こす」といったマナーの悪さが問題視されていたぐらいだったが、ジャカルタ郊外の若者の集う「チタヤム・ファッション・ウイーク」という現象がどんどん注目を集め、一気に過熱したブームとなっていく。
横断歩道がキャットウォーク
ドゥク・アタス駅の近くには片側一車線ほどの車道があり、そこを渡る横断歩道がある。何の変哲もない車道と横断歩道なのだが、ここが「チタヤム・ファッション・ウイーク」の舞台だ。
まるでモデルがキャットウォークを歩くように、自分なりのファッションをキメた若者らがこの横断歩道を渡り、途中で立ち止まってポーズを決める。周りには本物のファッションショーの観客さながら、スマホを構えた見物客や報道陣のカメラマンらが群がる。
目を引く奇抜な服装や華やかな民族衣装の人もいれば、宇宙飛行士のコスプレーヤーも現れるなど、さながら仮装大会のようにもなってきている。また、歌を歌ったり、環境保護を呼びかけたり、飲み物売りがお盆に載せたドリンクを持って歩き回ったり、何でもありのカオスの場に。
「SCBD(エス・チェー・ベー・デー)」という言葉も生まれた。これまでの「SCBD」とは「スディルマン・セントラル・ビジネス・ディストリクト」(高級ショッピングモール「パシフィック・プレイス」周辺のビジネスエリアを指す)。新しく生まれた「SCBD」は、「スディルマン・チタヤム・ボジョングデ・デポック」と、ボゴールとデポックの駅名をスディルマンにつなげ、チタヤム・ファッション・ウイークの担い手たちを表したものだ。
そして、この場が注目を集めると、有名人の「便乗」、はては「乗っ取り」も目立つようになる。
プロのモデルや政治家、インフルエンサーも、話題作りやコンテンツ作りのために「キャットウォーク」への登場を始めた。リドワン・カミル西ジャワ州知事はベージュの背広に白いハット姿、アニス・バスウェダン・ジャカルタ特別州知事は欧州からの訪問客を引き連れて横断歩道を渡った。
非難を浴びたのは、俳優でユーチューバーのバイム・ウォン。自らの会社で「チタヤム・ファッション・ウイーク」の知的財産権を法務人権省に登録したのだ。しかし、各方面から大きな批判を受けたことから、登録を取り下げて謝罪した。
社会学者のハリ・ヌグロホ氏は「より大きな力と資金を持つ中間層以上の層によってチタヤム・ファッション・ウイークが牛耳られ、最初にこれを始めた若者たちは周辺へと追いやられてしまっている」とみる。
会場周辺の混雑が一層激しくなったため、今では行政警察隊が出動して警備に当たっている。こうした、場へのアクセスの問題や、これまでとは違う層の流入などから、熱は下火になりつつある。もっとスペースに余裕のある、新装開店したサリナ・デパートや日曜朝の「カーフリーデー」に場所を移そう、という案も出されている。南ジャカルタの「クニンガン・シティー」前の歩道で「チタヤム・ファッション・ウイーク」を模した路上ファッションショーが開かれたり、西ジャワ州知事がデポックへ「誘致」しようとする動きもある。
移転の是非のほかにも、終電を逃して路上でごろ寝する若者たちの姿が話題を呼んだり、ゲイのキャットウォーク登場で「チタヤム・ファッション・ウイークは風紀を乱す」、「いや、そんな発言はLGBTの権利侵害だ」と論争が起きたりと、話題には事欠かない。
「誰でもない」若者のエネルギー
このチタヤム・ファッション・ウイークの素晴らしいのは、一体誰が始めたのか、横断歩道をキャットウォークにみたてた、というアイデア。
横断歩道を歩くのは着飾った「ファッション・ウイーク参加者」だけではない。ただ道を渡りたいだけの人も横断歩道を歩く。そこはまったく特別な場所ではない。何の境界もなく、誰でも参加できる場所。
これまで、「ファッション」とは、お金のある中間層以上のものであり、そうした人たちがお金をかけたファッションを披露するのは、プラザ・インドネシアやプラザ・スナヤンといった高級ショッピングモール内や、限られた人たちの集まるパーティーなどだった。
チタヤム・ファッション・ウイークは、ただの横断歩道を舞台とし、気合いを入れたファッションであってもそうでなくても、誰もが舞台に上ることができる。ファッションが一気に身近なものとなったという感がある。
2022年8月2日夕には、赤ちゃんを抱いた父親が赤ちゃんの手を振りながら横断歩道を渡ったり、女性が一人で横断歩道を渡って男性に撮影してもらったり。派手な衣装で、手と手を合わせてハートのポーズを作って、TikTok用らしい撮影をするグループの姿もあった。
踊りの仲間と来たと言う大学生レギナさん(20)はパプアの民族衣装姿。「踊りの先生が『チタヤムへ行ってグループの宣伝をするよ!』と言うので、仲間6人で来ました。最初は恥ずかしかったけど、楽しいです。普段の舞台だと観客は黙って見ているだけですが、ここでは声をかけられるし、一緒に写真を撮ろう、と誘われるので。ワクワクします」。
このブームが急速に拡散して行っているのも面白い。ジャカルタ外のあちこちで「ファッション・ウイーク」が開催されている。スラバヤのトゥンジュンガン通りでは似たような横断歩道で「トゥンジュンガン・ファッション・ウイーク」が開催され、バンドン、ジョグジャカルタ、スマラン、パダン、マカッサルなどでも同様の動きが起きている。
特にTikTokを中心としたデジタル時代ならではのブーム。「ダサくて、教養もモラルもない田舎者」とされた「誰でもない」若者たちが、この現象をSNSの力で作り出した。そこに数多のインフルエンサーも参入するほどのブームを、だ。若者、特にジャカルタ近郊の若者パワーを見せつける出来事であり、今後のインドネシアでのビジネス市場を見る上でも大変興味深いシーンだといえよう。
若者のエネルギーと話題のるつぼの「ファッション・ウイーク」から、今後、何が生まれるのか、注目したい。
参照