1カ月余りにわたってインドネシア国民が釘付けになっている”ドラマ”がある。ドラマのタイトルは「Jの悲劇」「ヨシュア事件の真実」「警察の闇」とでも言おうか。毎日のニュースは約1カ月間、これで埋め尽くされている。過熱報道を支えるだけの国民の高い関心があり、事件の展開の一つひとつが注目されている。一体、どういう事件なのか?

主な登場人物
「J先任曹長」=ヨシュア・フタバラット(Brigadir J、Nofriansyah Yosua Hutabarat)
主人公、サンボの部下。YosuaとJosuaの表記が混在しており、イニシャルで報じられる時は「Brigadir J(J先任曹長)」とされることが多い。2022年7月8日にサンボ公邸で殺害された。27歳。
サムエル・フタバラット(Samuel Hutabarat)
ヨシュアの父。スマトラ島ジャンビ州在住。息子ヨシュアの死に疑念を持ち、真相解明を求める。
フェラ・シマンジュンタック(Vera Simanjuntak)
ヨシュアの恋人。ヨシュアと結婚の約束もしていたが、ヨシュアが死ぬ前に、ビデオコールで別れを告げられた。
フェルディ・サンボ(Irjen Ferdy Sambo、FS)
ヨシュアの上官で、事件の黒幕。警察内部で麻薬や賭博の利権を持つとされる。警察の職務治安局長という要職にあったが、事件後に職務停止、異動(その後、懲戒解雇)。南スラウェシ出身。49歳。
プトリ・チャンドラワティ(Putri Candrawathi)
サンボの妻。
「E二等巡査」=リチャード・エリエゼール(Bharada E、Richard Eliezer)
プトリの運転手を務め、警察の階級は関係者の中で最も低い。殺害実行犯の疑い。事件のカギを握る人物。「Bharada E(E二等巡査)」の名で報じられることが多い。
「RR」=リッキー・リザル(Ricky Rizal)
曹長。殺害幇助の疑い。
クアット・マルフ(Kuat Ma’ruf)
事件の容疑者となった唯一の民間人。サンボの運転手。殺害幇助の疑い。
リタ・ユリアナ(Rita Yuliana)
サンボの秘密の愛人との噂がある警察高官。
シギット・プラボウォ(Sigit Prabowo)
警察長官。「事件の隠蔽はしない」と宣言して捜査を推し進めると同時に、警察内部でのサンボ一派の一掃を図る。
第1話 警察高官宅での殺人! 警官同士の銃撃戦?!
2022年7月8日午後5時ごろ、南ジャカルタ・ドゥレンティガにあるサンボ警察職務治安局長の公邸で、サンボの部下であるヨシュアが殺害された。ヨシュアは、サンボの妻プトリらと共に中部ジャワ・マグランにあるサンボの別邸から帰って来たところだった。PCR検査を受けて公邸へ戻った後、事件は起きた。
ヨシュアは、サンボの妻プトリに銃を突き付けて乱暴しようとしたが、プトリの叫び声にパニックとなって部屋を出たところ、駆け付けたE二等巡査にとがめられて発砲、二人の間で銃撃戦となり、その結果、銃殺された、と説明された。サンボは公邸を車で出たばかりで不在だったが、プトリの電話を受けて公邸へ引き返した、という。
ヨシュアの遺体は警察病院での司法解剖後、翌9日に故郷のスマトラ島ジャンビに送られた。「棺は開けてはいけない」と言われていたが、父サムエルら遺族は納得せず、棺を開ける。遺体の状態を確認すると、銃創のほかに、顔に刃物での切り傷、足に刺し傷、手の小指と薬指が折れているなど、まるで拷問を受けたような跡があり、遺族は「ヨシュアは銃撃戦で亡くなったのではないのではないか」という疑いを強める。
また、ヨシュアが殺害される前に、恋人とのビデオコールで「自分の代わりに、別の人を探して。もう結婚できない。脅されている」と言って別れを告げたと言う。このビデオコールの時の、ヨシュアの泣いているように見える顔のスクリーンショットがSNS上で拡散された。さらに、「上へ行ったら始末する」と言う、殺害予告ともとれる脅迫を以前に受けていたことも明らかになり、騒ぎが大きくなった。
遺族は弁護人を立て、真相解明を求めて立ち上がった。「ヨシュアは計画的に殺害された疑いがある」として、7月12日、警察刑事犯罪局に殺人の疑いで告訴した。
第2話 墓を掘り返す! 大注目の再捜査
「警官同士の銃撃戦」として片付けられそうだったヨシュア事件は、にわかに世間の大きな注目を集め、国民の注視する中で再捜査が始まった。
国家人権委員会(Komnas HAM)は人権侵害の観点から、独自の捜査を開始した。公邸の監視カメラは壊れていたが、周辺のカメラ映像を集めたり、証人を呼んで聴取を始めた。その中で、ヨシュアとの銃撃戦の相手とされたE二等巡査も姿を現した。
一方、警察側も国家人権委とほぼ同じタイミングで再捜査を開始。シギット警察長官は7月12日に特別委員会を設立し、18日には、サンボをはじめとする3人の職務を停止した。
そして27日には、遺族の求めていた司法解剖のやり直しが行われた。墓を掘り返して棺を取り出すところ、司法解剖後の葬儀のやり直しの様子が、大々的に報じられた。最初の葬儀は「上官の妻を乱暴しようとして銃殺」という汚名を着せられていたために公的には行われなかったが、この2回目の葬儀では、棺はインドネシア国旗で包まれ、儀仗警官が付き、公的に行われた。
捜査も着々と進み、8月3日に警察特別委は、銃撃戦の相手とされたE二等巡査を「銃撃戦による正当防衛」ではなく「殺人」の容疑者に認定した。E二等巡査の尻尾切りで終わるのか、明らかに黒幕とみられるサンボの役割はどうなのか、さらなる注目を集める。
第3話 やったのはS?! 電撃拘束と新証言
警察が電撃的に動いた。8月6日、機動部隊がサンボの身柄を機動部隊本部に移し、隔離下に置いたのだ。理由は、「サンボがヨシュア殺害現場の証拠保全をせずに隠蔽工作を行い、倫理基準に違反したため」。こうして、サンボ包囲網が構築された。
一方、E二等巡査は司法協力を申し出て、重要な証言をし始める。その証言によると、主犯はサンボ。階下での騒ぎに気付いたEが降りて行くと、サンボが銃を構えており、ヨシュアは血の海の中に倒れていた。「上司に『撃て』と命じられて、撃った。もう一人、犯行に加わった者がいる」と述べたほか、「銃撃戦はなかった」との証言もした。
事件の全貌を知るとみられているE二等巡査だが、弁護士はこれまでに3回交代し、証言もよく変わっている。極度のストレス、身の安全への不安もあると考えられる。この後に、E二等巡査は正式に司法協力者として認められた。
E二等巡査のほかに、サンボの部下のRR、サンボの運転手で民間人のクアット・マルフ、そしてサンボ自身が、ついに容疑者に認定された。
第4話 闇ビジネスと愛人問題が殺しの動機?!
容疑者となったサンボは、警察の調べに対し、事件の主犯であることを認めた。焦点は殺害の動機へと移ったが、サンボは「『中部ジャワ・マグラン滞在中に、ヨシュアが妻の品位を汚す行いをした』との報告を聞いてかっとなり、殺害を命じた」と述べた。しかし、警察は「性的暴行の線は非常に薄い」として、ヨシュアによる乱暴説はほぼ全否定している。
ヨシュアの遺族の弁護人は、「ヨシュアは、サンボの愛人や闇ビジネスに関する秘密を知っていた。その秘密をサンボの妻のプトリに話したことがサンボの怒りを買った」とし、これが殺害につながったとの見方を示している。
最新の調べでは、事件はこうだ。
サンボは事件の前日に、ヨシュア殺害を計画した。そして、ヨシュアらがジャカルタへ戻って来る前に、具体的な手はずを決める。まずはRRを呼んで殺害を命じたが、RRは拒絶した。このためRRにE二等巡査を呼んで来させ、「ヨシュアを殺せ」と命じた。また、RRには、ヨシュアが普段使っているピストルを車まで取りに行かせ、ピストルはサンボが受け取った。こうして、ヨシュアら一行が公邸に到着した後に、準備を整えたサンボらも公邸へ向かった。公邸に入る前に、サンボはあらかじめ用意していた手袋を着用した。
サンボは公邸の外にいたヨシュアを呼んで中に入らせ、また、上階にいたE二等巡査を呼んだ。そして、ヨシュアに銃を突き付けてひざまずかせ、E二等巡査にヨシュアを撃つよう命じた。E二等巡査は躊躇したものの、「撃て、撃て、撃て」とサンボが叫び、撃たなければ自分がサンボに殺されると思ったE二等巡査は、ついに引き金を引いた。サンボ自身も、ヨシュアの後頭部を2発、撃った。犯行の後で、サンボはヨシュアの手にピストルを握らせ、壁に向かって引き金を引き、銃撃戦があったかのような工作をした。
事件にはまだナゾが残っており、細部はこれからも変転しそうだが、大筋は「サンボが殺害を計画し、サンボが命じたE二等巡査とサンボ自身が実行犯。彼らのほかに現場にいたのはRRとクアットの2人」で、固まりつつある。動機の方は、サンボ側が「ヨシュアによる妻へのけしからぬ振る舞いが原因」という主張を崩しておらず、本命とみられる闇ビジネスや愛人問題などの真相に届くのは難しそうだ。事件に関わったサンボらへの起訴と判決、という辺りで幕引き、となるのかもしれない。
権力とカネを過信? 失敗した脚本
警察内部で大きな権力を握っていたとみられるサンボだが、部下のヨシュア殺害を闇に葬ることはできなかった。自身の権力とカネの力を過信したためか、警察に日ごろから怒りと不信感を抱く「ネット市民」、世論の力を見誤ったためか。
それにしても、「妻に乱暴しようとして、公邸で銃撃戦」というのは、あまりにも無理筋に思える。インドネシア国民の間でも「脚本の失敗だ」と取り沙汰されている。「(ホラー映画の名手)ジョコ・アンワルを呼んで監督してもらえばよかったのでは?」という冗談も聞かれた。
事件がまるで映画のようで、ストーリーの展開がドラマティックなため、実際に映画化できるのでは、という声もある。配役として、主役のヨシュアには「ハビビ」で主演したレザ・ラハディアン、そしてサンボ役には名優ルクマン・サルディの名などが挙がっているという。
警察に対する日ごろの不信が爆発した形で、警察への憤懣と被害者への同情をもって大勢の観客が見守る中、ドラマは続く。
参照
https://en.wikipedia.org/wiki/Indonesian_National_Police#Rank_structure
https://kumparan.com/kumparannews/yosua-langsung-ditembak-mati-tanpa-disiksa-3-1ydiqf2nBgr
https://kumparan.com/kumparannews/teror-dan-tawa-jelang-ajal-yosua-1-1yZl6kMydfH