天皇皇后両陛下との「ご接見」ルポ

天皇皇后両陛下との「ご接見」ルポ

2023年6月17〜23日、国賓としてインドネシアを公式訪問された天皇皇后両陛下。6月20日に行われた「在留邦人代表との接見」に、文化交流分野の一人として呼ばれました。両陛下と対面して言葉を交わす「接見」では、ニュース等でお二人を拝見するのとはまったく違った印象を受けました。中にいた一人として書いてみます。(文・池田華子)

こんなに広いの? こんなに人数、少ないの?

 5月末、日本大使館から「6月19日、ジャカルタにおられますか?」と電話があった。「天皇陛下とのご接見、大丈夫でしょうか?」「えええええええ! 私なんかで大丈夫でしょうか?!」「大丈夫です」。すごい話が来た。なぜか「在留邦人代表」の一人になってしまった(集まった人を見ると、大使表彰、外務大臣表彰、叙勲などを受けた人を選定しているよう)。その後、日にちは20日に変更された。

 説明によると、接見は全部で50〜60人。私は「文化交流」グループに属し、グループの代表はジャカルタ・コミュニケーション・クラブ(JCC)の甲斐切清子さん。天皇陛下はまず、代表である甲斐切さんにお声をかけられる。他の人にお声がかかるかどうかは陛下次第、とのこと。

 自分の人生の中で天皇陛下との「接点」が生じるかもしれない、とは、これまで思ってもいなかった。お声がかかる場合は、自分から自己紹介をするのか、話しかけられるのを待つのか、やり方や作法がさっぱりわからない。

 大使館からは立派な招待状が届き、「招待状と身分証明書を持参の上、20日午後6時半にホテル・ケンピンスキーのバリルームに集合」という案内が来た。大きいバッグは持ち込み禁止、接見中の写真撮影は「厳にお断り」とある。いよいよだ、と緊張する。しかし、「身だしなみを整えてその場へ行く」以外にやることも準備することもないのは、ある意味、楽だ。

 20日午後6時15分ごろ、バリルーム前にある受付デスクに到着すると、意外に閑散としていた。天皇陛下の前の予定が押しているとのことで、「午後7時半に、もう一度ここへ来てください」と案内された。受付で、名前と簡単な経歴を書いた大きな名札を渡され、「なるほど、これを頼りにお声をかけるのか」と納得した。

 会場のバリルームは、大きなシャンデリアの輝く、だだっ広い部屋。白い布を被せた椅子が壁近くに並べられている。その部屋の広さと椅子の少なさに、「こんなに広いの? こんなに人数、少ないの?」と、ちょっと気圧される思いがした。

 午後7時半ごろに、奥の丸テーブルで始まったブリーフィングでは、①グループごとの立ち位置の説明②報道陣のカメラが写すのは「グループ3」まで③両陛下の来場・退場の際には、拍手を④コロナ対策のため、両陛下とは2メートルの距離を取る⑤写真撮影は禁止⑥恐らく一人ずつにお声がかかると思われるので、なるべく手短かにーーといった説明を受けた。

 入口から向かって右手の、入口に一番近いグループがグループ1、一番遠いのがグループ5。私はグループ4だった。向かい側にも、4〜5グループが並んでいる。「だだっ広い」と思った会場だったが、1〜2列で並ぶと、人で埋まってしまう。コの字型の右の部分(下写真の突き当たり)がカメラ席になる。

「接見」会場のホテル・ケンピンスキー内バリルーム
接見会場のホテル・ケンピンスキー内バリルーム。入口から見たところ。両側に人が並ぶ。奥が報道陣のカメラ席。並べてある椅子は「カメラが出た後はご遠慮なくお座りください」と言われたが、使っている人はほとんどいなかった

雅子さまの「どうぞ」

 「間もなく、いらっしゃいます!」との案内があり、しばらくしてから、黒服のSPが数人、続いて、天皇皇后両陛下が人に囲まれて姿を現した。拍手。お二人が部屋に入られた後、扉は閉ざされた。「テレビなどで見るのと同じお姿だ」というのが、最初の印象だった。

 天皇陛下が向かって左、皇后陛下がその右に並び、一番入口に近いグループから、会話を始められた。「時間も押して始まったことだし、代表一人へのお声がけがあり、後はグループ全体にまとめて『頑張ってください』などと言われるぐらいの、形式的な接見ではないか」という私の予想は外れた。なんと、順番に一人ずつと話をされている。接見される人がまずは自己紹介をし、それに対して、コメントや質問がある。

 マイクも使わない肉声で、遠く離れているので、何を話しているのかはよく聞き取れない。しかし、時には笑い声が起きたり、盛り上がっているグループもある。雅子さまも積極的に会話をされているご様子だ。

 グループ1、2、3が終わり、先に言われていた通り、カメラがさっと撤収した。そして、私のいるグループ4に、二人で歩いて来られた。グループ4は、全部で4人。一歩前に出た甲斐切さんから順に、一人ずつ、会話が始まった。一人当たりの時間は、意外に長い。「一言だけで終わり」ということはなく、1〜2分はあるだろうか。

 最後に、私の番が来た。天皇陛下と皇后陛下が揃って私の前に立ち、まっすぐ私の顔だけを見て、私の言うことだけに耳を傾けられる。これは、ニュースで両陛下の動画を見たりするのとは、まったく違った感覚だった。一対一(二)となるのが「接見」のすごさだと感じた。

 一礼してから名前を言い、自己紹介をした。何を言ったか、なるべく思い出してみると、「在留邦人向けに、インドネシアの生活文化情報を発信する、雑誌の編集長をしています。私がインドネシアに来た1999年のころは、日本のインドネシアに対するイメージが非常に悪かったので、そのネガティブなイメージを変えたいと思って、雑誌を始めました」。話している間、天皇陛下は真剣な表情で聞いておられ、雅子さまは笑みを絶やさない。

 自己紹介の後、ちょっと間が空き、私が雅子さまに向かって話し始めたのと、雅子さまがご質問を始めたのとが重なってしまった。当然、私の方が言いかけたことをやめるが、驚いたのは、雅子さまが、優しく、「どうぞ」と言われたことだ。

 これには心底驚きながら、「昨日、皇后陛下が(大統領宮殿で)バティックを体験されましたが、これ(腰に巻いている布を指す)もバティックです」と述べた。すると、「(バティックは)細かいですよね」と雅子さま。その言い方が、「バティックの細かさに、本当に驚いた」という情がこもっており、とってつけた感はまったくなく、心からの感想だと感じられた。

 続けて雅子さまから、「どうしてインドネシアに来られたのですか?」というご質問があった。このご質問は、多くの人にされていたので、「(この人たちは)なぜインドネシアにいるのか?」というのが、本当に不思議に思われているのではないかと思う。しかし、これは、なかなか答えるのが難しい質問だ。うまく答えられず、「フィリピンで働いていたんですが、縁があって」と簡単にまとめてしまったのが悔やまれる。雅子さまの真摯な問いに、真摯に答えるべきだったと思う。

 それからインドネシアの魅力を語り、最後に、「バティックもそうですが、インドネシアの伝統工芸は素晴らしいです。是非、インドネシアでのご滞在を楽しまれてください」とお伝えした。

 どれだけ緊張するかと思ったのだが、意外にあまり緊張せずに普通に話せたのは、お二人のお人柄だと思う。


 両陛下と言葉を交わして感じたのは、当たり前なことではあるが、お二人は、公務として与えられたシナリオをこなしているだけではなくて、とても温かい、生身の人(それも、非常に聡明で、人格の優れた)である、ということだ。

 天皇陛下は、「聞こう」とする姿勢が強く、真剣な表情で耳を傾けてくださり、お人柄の良さを感じさせる。そして、横に立つ雅子さまが、素晴らしい。笑みを絶やさず、さすが、かつて外交の第一線で活躍されていた方だ。雅子さまを選ばれた天皇陛下は人を見る目があると思わされるし、雅子さまが輝いて見えると、天皇陛下もまた輝いて見えるのだ。雅子さまが横に立っている安心感は、天皇陛下にとって非常に大きいのではないか。雅子さまの本領が発揮できる「皇室外交」が、これからどんどんできるようになればいいと願う。

 天皇皇后両陛下の「親善目的での初めての外国訪問」がインドネシアだったのは、実は良かったのではないだろうか。インドネシア人の温かさ、多様な文化や価値観、適度な緩さで、お二人の心がほぐれていったのだとしたら、とてもうれしい。