Orpa
パプア州ビアク島出身のテオ・ルマンサラ監督の初監督作品。パプアの抱える問題や現状、また人々の生きる強さを描く。
文・横山裕一
パプアの山岳部に住む貧しい家庭で親に反発して自らの夢を求めて行動に出る少女の物語。本作品はインドネシアをはじめオランダやロシア、アメリカなど5カ国・7つの国際映画祭で上映されていて、今回の一般公開に至る。
舞台は山岳パプア州のジャングルに囲まれた村で、小学校卒業間近の少女オルパは父親からジャヤプラに住む金持ちの男性と縁談が決まったことを突然告げられる。勉強熱心なオルパは身の回りにある植物の薬用効果に興味を持っていて、進学して植物医学の道を希望していた。しかし、父親はオルパの将来への夢どころか、現在の学校も卒業する必要はなく即刻主婦業に専念するよう言い放つ。意を決したオルパはある夜、家出しジャングルに一人分け入る。山岳部の都市ワメナに行き、夢を貫いて専門の学校に通うためだった。
山中でオルパはジャカルタから来た男性リアンと偶然出会い、ジャングル行を共にする。彼はミュージシャンで山中の動物の鳴き声など自然音源を録音するためにパプアの山中まで来ていたが、現地の案内人がクマに襲われて死亡したため怖くなって逃げていた途中だった。一方、娘の家出に怒る父親と案内人の遺体を見つけ殺人と考えた村人らがオルパとリアンの行方を追い始める……。
作品では主人公の少女が向学心や将来の夢を求める強い意志を持つ姿を通して、貧困という現実の前に教育をはじめ子供たちの自由な自立さえ満足に立ち行かないパプアの現状を明らかにしている。金のために娘の縁談を勝手に決める父親が象徴的だ。母親もオルパの家出に気づき食べ物を持たせるなど理解を示したものの、はじめはオルパに「祖父も父親も常に貧困で苦労してきた」と縁談の説得をしている。パプアでは実際に貧困に伴い、結納金を得るために親が低年齢の子供を結婚させる事が度々あり、子供に対する深刻な人権問題として指摘されている。しかも、正妻でない場合が多いという。作品内のオルパの縁談も第二夫人としての設定である。
パプアはインドネシアでも最も貧困率の高い地域で、2023年3月時点での旧パプア州(現在のパプア州、山岳パプア州、中パプア州、南パプア州)の貧困率は26.03%にのぼる。2番目は旧西パプア州(現在の西パプア州、南西パプア州)で20.49%。最も貧困率が低い州は首都ジャカルタの4.44%と、地域的な経済格差は大きくかけ離れていて、これがパプアでの独立運動が続く要因の一つともなっている。(データはいずれも中央統計庁=BPS)
また山岳部という辺境地でもあるため、子供たちのための教育環境が満足でない現状も作品では描かれている。様々な図書類も支援団体による寄贈に頼らざるを得ない状況で、植物の薬用効果に関する本を大事にするオルパが話す、「この続き(続巻)をいつ読めるか分からない。だからこの本を何度も繰り返し読んでいる」とのセリフが印象深い。
作品内ドラマの中心であるオルパとリアンのジャングル行では、オルパの頼もしさが際立つ。オルパが地元でジャングルに慣れている面もあるが、野宿のための薪を手早く集めて点火する一方で、同行するリアンが10歳以上年上にも関わらず山の中では何もできない上、携帯電話のGPSを頼りにして道を間違えるなど、都会育ちと自然育ちの対照的な姿も描かれている。
道中、薬用効果のある樹木の葉を集めるオルパに対してリアンは「(既製)薬を使えばいいじゃないか」と笑うが、追っ手に見つかり逃げる途中にオルパが怪我をした際、近くにあった消毒効果のある葉を咀嚼して傷口に当てる姿にリアンも感心する。オルパのしっかりとした大人びた態度、的確な行動からも、親に反発してでも自らの夢を追い求めようとする意志の強さが窺える。
監督は脚本も手がけたテオ・ルマンサラ監督で第二次大戦時、日本軍が玉砕したことでも知られるパプア州ビアク島の出身。本作品はジャカルタの映画制作会社のコンテストで選ばれて制作が実現したもので、同監督の初作品である。スタッフや出演者もほとんどがパプア民族で、出演者はほとんどが素人から選ばれている。主役オルパ役のオルシラ・ムリブは小学生とは思えないほど背が高い女性だが、朴訥とした演技が役にはまっている。パプア民族によるパプアを描いたこの作品はパプアの抱える問題や現状、また人々の生きる強さが的確に描かれている。同監督によるパプアを描いた次回作も期待したい。
夢を追い求める少女の行方がどうなるか。物語は終盤大きな変化もあり、是非劇場で鑑賞していただきたい。(英語字幕あり)