こまつか苗
文机の引き出しから突然あらわれた「大きな鳥の化け物のようなもの」にしがみつき、不思議な空間を飛んだ小太郎。
「うわあっ!」
突然ぽっかりとあいた穴から、見知らぬ部屋の中に投げ出された。
「いててっ、ここはどこだ?」
「ここは、君が行きたいと望んでいた時代だよ」
「鳥のようなもの」は、初めて口をひらいた。
「ぼくの名前は『オカメもん』。未来の世界の鳥型ロボットだ……と言ってもわからないね。君の生きている時代の400年あとの時代からやって来たんだ。君がぼくの背に乗って、頭の出発レバーを押したから、お望み通り、君の時代の150年前、『戦国時代』にさかのぼってきたわけさ」
「はあ……何を言っているのかよくわからないのだが……」
しかし小太郎は、オカメもんの背中に乗って、自分がとんでもないところに来た、ということは実感できた。
「ともかく、われらは戦国時代に来たのだな……」
たどりついた部屋をあらためて見まわすと、どうやら、自分とオカメもんは、この部屋の文机の中から出て来たらしい。部屋の中には甲冑が置いてあり、武家の屋敷のようだ。
「ぼくの仕事はタイムトラベラー。ツーリストを乗せて時空を超え、旅をさせるのが仕事なんだ。まだ免許取りたての見習いなんで、あまり自信がないんだ。君に出会った時も、実は練習中だったのさ」
「はあ……」
「いきなりかみつかれてパニックになり、余計なことを考えずに済んだせいか、君が心の中で行きたいと願っていた時代に着くことができた。ちょっと自信がついたよ」
「へえ……」
オカメもんの言うことは突飛すぎてよくわからないので、なま返事をしていた小太郎。ふと、かすかにただよう、うまそうなものの香りに気付いた。
「これは……だんごではないか?」
香りのする方、隣の部屋との境の木戸を開けると、祭壇の上に、なんともおいしそうな月見団子が供えてあるではないか。
「戦乱の時代にあっても、この季節には月を愛でることを忘れない。ここの屋敷の当主は風流だな」。オカメもんは感心している。
おいしそうなだんごに、つい小太郎が手をのばすと……。
「くせものめ!」
小太郎はしたたかに錫杖で手羽を打たれた(また……)。
「おまえは何者じゃ。なぜこの部屋にいる」
見ると、修験者の装束に身を包み、足毛も凛々しいライチョウが静かに立っていた。
「わ、わたしは小桜小太郎と申します。すみません。つい出来心で、だんごに手が伸びました」
「だんごはいいが、なぜここに来た。わしを立山風雷坊と知ってのことか」
「たてやま……ふうらいぼう?」
小太郎はびっくりして目を丸くした。
立山風雷坊といえば、「コザクラ無茶苦茶流」の基となった古式剣術の開祖であり、伝説の剣豪ではないか。
(うっわぁ……サイン欲しい!!!!)
立山風雷坊は、剣術の古文書にも修験者の姿で登場している。腰に差した羽扇で相手の鼻先をコチョコチョして油断させた隙に、もう片方の手で持った刀で打ち込むという有名な必殺技「古式二刀流」の使い手として知られている。
「おお、風雷坊様。富山で奥義をきわめたのちに鳥江戸に来られ、わが流派『コザクラ無茶苦茶流』の基となる教えをコザクラ無茶苦茶流開祖に賜ったと父から聞いておりまする。私は御流派のながれをくむ者。無礼の段、お許しくださいませ」
「おぬし、わしにゆかりの武芸者とはどういうことだ。なぜ未来を見てきたようなことを言うのか」
風雷坊は赤い眉をひそめてあやしんだ。
「いえ、われらはその未来から、不思議な力で、この時代のこの屋敷にやって来たのです」
「はて面妖な。言っていることの意味がわからぬ」
「風雷坊様、お会いできて光栄です。差支えなければ、ぜひ一本、お手合わせ願いたいのですが」
「いや、それには及びませぬ、風雷坊様」
板戸の向こうから声がした。
「おう、カピ蔵か」
「このようなわけのわからない者に、風雷坊様がお手ずから稽古をつけるなど、もってのほか。私がお相手つかまつろう」
そう言うと、板戸がいきなり回り、巨体のカピバラがあらわれた。
「おおっ、まるで忍者屋敷! さすが戦国時代だな!!」
小太郎はワクワクした。
ところがカピバラは勢いをつけすぎたのか、高速で回る回転扉から出られない。
「うおおおおおおおおおおお!」
「カピ蔵、しっかりせんかっ!」
風雷坊がサッと錫杖を差し込むと、カピバラはこちら側にどうっと転がり出た。
腰をさすりながら起き上がったカピバラは言った。
「わたしはごらんの通り鳥ではないが、風雷坊様の剣にほれこみ、一番弟子となった、忍者カピ蔵」
「忍者?!」
突然あらわれた、(自称)忍者。小太郎との勝負はいかに。(つづく)
インコ侍 0 時間旅行へ出発!
インコ侍 2 忍者と勝負
インコ侍 3 秘密作戦
インコ侍 4 出城に潜入
インコ侍 5 寺の井戸
インコ侍 6 必殺技
インコ侍 7 捕らわれの姫
インコ侍 8 インコネシア
こまつか苗(こまつか・なえ)
ペンギン・インコ陶作家。京都の清水焼の工房で陶絵付け職人として10年働いた後、大阪の自宅に開窯し、ペンギンとインコをモチーフにした陶作品(時々、カピバラ)を制作している。本職とは違うものの、イラストと文章による「らくがきドラマ」、「ラグビーポジション・インコ解説」などを発表し、好評を博す。