タイ北部チェンマイのセラドン焼きは、翡翠色の薄いグリーンと繊細なひび割れ模様が特徴です。チェンマイ旧市街や郊外に窯元があり、気軽に訪れて、作っているところを見たり、気に入った物を買うことができます。ジャカルタから行った、チェンマイの窯元案内です。
ジャカルタからバンコクは約3時間半、あっという間だ。雨季の7月、細長い碁盤目状に区切られたタイの大地には分厚い雲が低く垂れ込め、ぽっかり雲がない一部だけに、雨のような光が降り注いでいた。
入管の窓口に「仏像を冒涜するのは法律に反します(仏頭などの購入も不可)」と英語で書いた注意書きがあったり、ルピアから両替したバーツ札がすべてタイ国王の肖像だったり(インドネシアだと、いろんな人の肖像だ)、読んでも聞いてもわからないタイ語、同じ東南アジアだが、すべてが新鮮だ。

バンコク空港で国内線のバンコク・エアウエイズに乗り換えた。機内食で出された、香辛料を効かせたチキンともち米のおいしさに感涙。チェンマイは想像以上に大きな街で、機内の窓からは光の海がどこまでも広がって見えた。城壁に囲まれた旧市街の中にあるゲストハウスに宿泊した。
ゲストハウスから歩いて行ける所に「メンラーイ・キルン」というセラドン焼きの窯元がある。翌日の朝食の後、早速、行ってみることにした。

どこが入口かわからずに、とりあえず敷地内に入ると、どうも裏口から入ってしまったようで、ショールームと広々とした倉庫がある。置く場所もない様子で、皿、コップなど、あらゆる焼き物がぎっしり積み上げられていた。敷地内に作られた小道の脇にも、雨よけのビニールカバーをかけただけの野ざらし状態で、焼き物がテーブルの上に並んでいた。小道の先の突き当たりに店があって、店の中では商品がきちんと陳列されていた。
店内の品はA級品、野ざらしになっている物は赤札のB級品だが、B級品の中にはどこが悪いのかわからない品もある。一方、A級品の中にも、内側に余計な土塊が付いていたり黒点があったりして、指摘すると値段を引いてくれた。A級品とB級品の線引きはよくわからなかった。メンラーイ・キルンのB級品の質はそれほど低くないように思う。ただ、買う前によく確認した方が良い。

ショールームに並んだ器は、「和食器」と言ってしまっても違和感がない。どこかで見たことがあるような……沖縄の焼き物にも似ているようだ。美しく、やさしい色合いだ。
黒土にラピスラズリのような青色をした釉薬を薄くかけ、金粉を散らした器は、宇宙の中をのぞき込んでいるようで、見とれた。
倉庫を見て回っていると、なんと、インドネシアでよく見かける模様の皿があった。プルメリアの花を凸凹模様で一面に散らした四角い皿、バナナの葉などの木の葉の形をした皿。有名なバリのメーカーの品にそっくりだ。しかし、どちらがオリジナルかと言ったら、700年もの歴史のあるセラドン焼きの方ではないか。バリ食器メーカーは「グリーン」をシンボルカラーとしているのだが、これも「翡翠色」を特徴とするセラドン焼きの模倣なのかもしれない。
セラドン焼きの特徴である緑は、バリのメーカーの「グリーン」とは違う。タイの黒土に木灰の上薬をかけて出来た天然の色だ。中国人は、幸運をもたらすとして翡翠を好み、陶磁器も翡翠色にこだわった。セラドンの伝統的な緑は淡いエメラルドグリーンで、まるで宝石のようだ。色合いは窯によって、また、物によって、緑がかっていたり青が強かったり、微妙に異なる。
メンラーイ・キルンは、セラドン焼きの中では現代的な作風といえるかもしれない。伝統的な物からモダンな物まで種類豊富。数が多すぎるので、どれを買うか決めるのが難しい。最後は衝動買いに近く、安売りをしていたマグカップ(220バーツ)と木の葉の形の小皿(110バーツ)を買った。マグカップは象の行進がぐるっと取り巻き、中に子象も混じっているのが、何とも言えずかわいい。象型のポットは持って帰るのが大変そうで、あきらめた。

タイ人の作る象のかわいさにはやられてしまった。象に対する強い愛情を感じる造形だ。セラドン焼きを買うなら、やはり、象柄は外せない。
続いて、ソンテウ(乗り合いタクシー)に乗り、旧市街内にあるラミン・ティーハウスへ行った。ジャカルタのカフェ・バタヴィアのような、古い建物を使った店とレストランだ。ここではサイアム・セラドンという別の窯元の品物を販売しており、レストランでは、サイアム・セラドンの食器で食事やお茶が出される。

タイに旅行する前に見て引き付けられた写真が、サイアム・セラドンのマンゴー形の小皿だった。勾玉のような特徴的なマンゴーの形をしており、色はセラドン・グリーン。素焼きの茶色を縁に残しているのがアクセントになっていた。店で現物を見ると、やはりかわいい。
先に訪れたメンラーイ・キルンは日常使いに良さそうな器が多かったが、サイアム・セラドンは、もっと繊細で垢抜けた印象だ。翌日、窯元へ行くことにして、この日はサイアム・セラドンの器でグリーンカレーを食べ、下見にとどめた。
翌日、チェンマイ郊外のサンカンペーンにあるサイアム・セラドンとバーン・セラドンの窯元2カ所を回った。タクシーのレンタルは半日で1000バーツと高いので、道でソンテウを拾って交渉した。ソンテウは乗り合いタクシーなのだが、貸し切りにもできる。タイ語の書かれた地図を見せて指差し、地名を何度も発音し、1人200バーツでなんとか交渉がまとまった。乗り合いのソンテウでも行けるのだが、サイアム・セラドンとバーン・セラドンの2カ所は場所が離れている上、帰りのソンテウをつかまえるのは大変なので、貸し切りで交渉した方がいいだろう。

ハイウェイで郊外へ出ると「歴史のある観光地、チェンマイ」といった雰囲気はなくなる。ハイウェイは渋滞しており、サイアム・セラドンまで30分ぐらいかかった。
広々としたショールームに品物が並び、ラミン・ティーハウスに比べてもちろん種類豊富なので、時間があれば、ここまで来て買った方がいいだろう。昨日の「下見」で、買う物はほぼ決まっている。
まずはマンゴー形の皿。小、中、大があり、最も使いやすそうな「中」を買うつもりだったが、大きいとあまりかわいくない……。でも、マンゴー形の皿はどうしても欲しかったので、内側がブルーの「小」の皿を1枚、用途がよくわからないままに買った。それから、「象の行進」柄が縁をぐるっと一周しているどんぶりを2個。マンゴー皿は100バーツ、どんぶりは1個250バーツ。

家の食器はほぼ、フィンランドのイッタラで揃えてある。ワンプレートで使えるイッタラの大皿と中皿があれば、ほとんどの用は足りる。シンプルで機能的で素晴らしいのだが、そればかりを使っていると飽きてきて、ポルトガルの手描きの焼き物などを1つ2つ、中に混ぜたくなってくるのだ。そして、マンゴー形の皿なども混ぜたくなってくる。どんぶりはイッタラにはないので、最初から「買おう」と決めていた。
サイアム・セラドンは比較的、値段が安い。全工程を手作りするのではなく、機械でする工程も混ぜているようだ。手で彫ると、もっとくっきりした模様になるだろう。
次に行ったバーン・セラドンは最も高級で、値段はサイアム・セラドンの倍ぐらいする。しかし、すべて手作りで、質の高さは際立っている。私はサイアム・セラドンの、やや緩い感じが好きなので、バーン・セラドンはきっちりし過ぎているように思ったが、人それぞれ、好き好きだろう。一緒に行った母は、バーン・セラドンが気に入っていた。
作っているところも見せてくれた。男性がろくろを回して土を削る。続いて、女性が、模様の部分を浮き出すようにして土を削っていく。その上に、極細の筆を使って細かい模様を描く。こうした何工程もの手作業を分業で行う。

母はカップ&ソーサー、ボウル、皿を買った。カップ&ソーサーは現代的な青とグリーンの2色使い、それ以外は伝統的なグリーン一色だ。パン皿、ヨーグルトのボウル、紅茶のカップという、母の「朝食用セット」になる。「これで朝が楽しくなる」と喜んでいた。
レジには、山のように皿を積み上げて会計をしている西洋人の男性がいて、「ビューティフル。この皿は家族に分けてあげるんだ」と満足そうだった。

バーン・セラドンもB級品を売っているが、「廃棄処分にした方がいいのではないか」と思うほど質が悪いので、B級品を買うのはお薦めしない。
セラドン焼きの唯一の欠点は、分厚くて重いことだ。ジャカルタへ持って帰る手荷物のリュックがずっしりと重くなった。しかし、こうして持ち帰り、使ってみると、この上なくやさしい口当たりなのにはびっくりした。つるっと滑らかでやさしく、硬質な物体感がない。口の当たり具合を十分に計算して手作業で作っているからだろうか。工業製品のイッタラや、ややいい加減さのあるポルトガルの食器は、口当たりではセラドン焼きに負ける。
衝動買いしてしまったマンゴー形の小皿や木の葉形の小皿が意外に何にでも使えて、大活躍している。マンゴー形の小皿は深さがあるので、ナッツ、麺のつけ汁、ケーキ、何でも入れられる。木の葉形の小皿にはパンやおやつをちょこっと載せると、気分は森の中!

かわいかった象形のポットをなぜ買わなかったのか、普段使い用に大皿も買えばよかった……と、後悔している。(値段は参考、2015年7月当時)

Mengrai Kilns(メンラーイ・キルン)
79/2 Arak Rd., T. Phrasingh A. Muang, Chiangmai
Tel : 66 (53) 272063, 814080
Raming Tea House(ラミン・ティーハウス)
158 Thapae Rd., T.Changmoi, Muang, Chiangmai
Tel : 66 (81) 020-1688
Siam Celadon(サイアム・セラドン)
Chiangmai Sankampaeng Road, Tonpao Sankampaeng, Chiangmai
Tel : 66 (53) 344526, 332437
Baan Celadon(バーン・セラドン)
7 Moo 3 Chiangmai – Sankamphaeng Rd., Sanklang, Sankamphaeng, Chiangmai
Tel : 66 (53) 338288, 384889-90