対策本部

【Apa itu?】 
癒やしのユリちゃんタイム


文:知る花

 

 毎日午後3時半。「あ、ユリちゃんタイムだ!」と、いそいそとテレビをつける。在宅ワーク中にも仕事の手を止めて、テレビに向かうのが日課になっている。

 「ユリちゃん」とは、東京都の小池百合子知事ではない。インドネシア政府Covid-19対策本部の広報官を務める、アフマッド・ユリアント(Achmad Yurianto)氏のことだ。

 このインドネシアのユリちゃんがすごい。毎日、インドネシアの感染者数を発表している。前日の正午からその日の正午までの24時間の新規感染者数、累計感染者数、回復者数、死者数などを発表するのだ。この定例発表がいつから始まったか記憶にないが、「インドネシアで初めてCovid-19感染者が確認された」とジョコ・ウィドド大統領自らが発表した3月2日以降となるだろう。

 雨の日も晴れの日も風の日も、土曜だろうが日曜だろうが祝日だろうが、ユリちゃんは壇上に立ち続ける。一体、勤務体系はどうなっているのか。休みなしで何カ月も働いて体は大丈夫なのか、この会見はいつまで続く予定なのか、もしかして1年以上も休みなしに?!などと、心配になってしまう。

 記者の姿はなく、テレビカメラに向かって数字を発表する。各テレビ局やツイッターで生中継されるので、テレビをつけていれば自動的にユリちゃんタイムに切り替わる。

 ユリちゃんは白髪交じりの髪に眼鏡、あまり高そうでないバティック。発表の時にはマスクを外し、発表が終わると几帳面にマスクをかけ直す。低い、落ち着いた声で話す。

発表するユリアント氏(メトロテレビより)

発表後にマスクを着けるユリアント氏。左がレイサ医師(メトロテレビより)

 ユリアント氏は東ジャワ・マラン生まれの58歳。アイルランガ大学医学部を卒業後、長く軍医として働いてきた。2019年から保健省疾病予防局長を務め、Covid-19対策本部が設立されてからは広報官に任命された。

 いきなり数字の発表はしない。まずは、マスクをしましょう、手を洗いましょう、といったことを諄々(じゅんじゅん)と説いて聞かせる「お説教タイム」から。「そんなのわかっているわ」というような基本的なことでも、改めて耳を傾けていると「なるほど、なるほど」と思うし、心が落ち着いてくる。そこからするっと数字の発表。いきなり発表されるとショックを受けそうな数字であっても、パニックにならずに冷静に受け止めることができる。最後にもう一度、「お説教タイム」。感染拡大防止に一人ひとりが気を付けるべきことなどを述べ、希望をもって終わる。

感染者数の発表(メトロテレビより)

 これが毎日15分ほどの「ユリちゃんタイム」だ。しかし、「さあ、ユリちゃんのお話を聞きましょう」といそいそとテレビをつける私のようなのは少数派だったようで、さらに視聴者の注意を引き付けるためか、今ではミス・インドネシア大会に出場経験のあるレイサ医師が投入された。今は、最初のお説教部分を担当する「女医タイム」、それからようやく、数字を発表して締めくくりの言葉を述べる「ユリちゃんタイム」という構成になっている。

 しかし、はっきり言ってしまって悪いが、「女医タイム」はつまらない。ただ原稿を読み上げているだけで、プレゼンもそんなにうまい方ではなく、棒読み調だ。言っていることがまったく頭に残らない。拳を握って「インドネシア、pasti bisa(絶対できる)」と明るい声で言われても、しらけるばかりだ。

 ユリちゃんがすごいのは、自分の言葉として語っていることだ。言うことに重みがある。データや状況の全てを把握して現場のただ中にいる人の言葉、と感じさせられる。そうした人が毎日毎日、登壇し、数字を発表し続けている意味は大きい。大きな安心感となっているように思う。

 最近では最早、毎日変わり映えのしない数字を追うというより、ユリちゃんを見て、ユリちゃんの声を聞いて、安心感と癒やしを得るために、テレビを見ている。

 ユリちゃんは「謹厳実直」といった表情で、にこりともせずに数字を発表する。しかし、ある日、ふと見たアンタラ写真のインスタグラムに、笑顔でマスクを掲げてポーズを取るユリちゃんの写真が掲載されていた。それを見た時、「こんな風に笑うんだ!」と驚いた。定例発表の場で、ユリちゃんのこんな笑顔が見られるのはいつになるだろうか。ユリちゃんの満面の笑顔とともに発表がなされる日を心待ちにしている。