インドネシア全34州の旅 #17 
リアウ州 
仏教遺跡と王宮

文・写真…鍋山俊雄 

 スマトラ島の北側の、マレーシアに挟まれた海域は、マラッカ海峡という海上交通の要所であり、昔から交易が栄えていた。古くは7世紀ごろから、同海峡の交易ルートを広く支配したスリウィジャヤ王国、そして15世紀にはマラッカ王国が繁栄している。スリウィジャヤ王国の支配地域でもあったスマトラ中南部の3州(リアウ州、ジャンビ州、南スマトラ州)の旅を、今回から3回に分けて書いていく。

 最初は、リアウ州の旅。リアウ州は、当初はバタム島やビンタン島などシンガポール周辺海域の島々も含んでいたが、これらはリアウ諸島州として2004年に分離した。北海道以上の広さを持ち、石炭、パームヤシなど天然資源にも恵まれており、州都はプカンバル (Pekanbaru)。ちなみに、現在のインドネシアの統一言語として独立時に制定されたインドネシア語は、このリアウ州地域で話されていたマレー語のリアウ州の方言を元にしているそうだ。

 リアウ州の観光ポイントは、プカンバルの街中には目ぼしいものはなく、車で郊外にまで足を伸ばさなければならない。

 一つは、スリウィジャヤ王国時代の建造と考えられているムアロ・タクス(Muaro Takus)という仏教寺院遺跡。プカンバルから車で西スマトラ州方面に向かい、約2時間。往復4時間余りの行程なので、早朝にジャカルタを発てば、日帰りも可能である。

 仏教遺跡としては、世界遺産であるジョグジャカルタのボロブドゥール(Candi Borobudur)が有名だが、スマトラにも仏教遺跡がいくつかあり、このムアロ・タクスと、(次回の)ジャンビ州にあるムアロ・ジャンビ(Candi Muaro Jambi)が有名だ。

 リアウの州都プカンバルへは、ジャカルタから飛行機で約1時間45分。プカンバルはスマトラ中部の中心都市だ。
 バタムやシンガポールへの便もあるプカンバルの真新しい空港に降り立つと、あらかじめネットで予約していたレンタカーに乗り、一路、ムアロ・タクスへ出発した。ところどころ舗装の荒れた場所があり、かなりスピードを落とす所もある。片道約130キロなので、2時間半もかからずに到着すれば、まずまずだろう。

ムアロ・タクスの全景

 ようやく到着したムアロ・タクス。観光スポットとしての整備具合は、ジョグジャカルタのボロブドゥール遺跡と比べたら、かなり落ちる。一応、売店らしきものや公衆トイレなどはあるが、「田舎の公園」といった風情で、のんびりしている。

 ムアロ・タクスの建造時期は、研究者の間でもはっきりしていない。しかし、この遺跡は、スマトラ島でも仏教が栄えた時期があり、スリウィジャヤ王国の中心地がここにあったとの説の根拠にもなっているようだ。インドネシア国内にある、ほかの仏教遺跡とは形が異なり、ストゥーパ(仏塔)などは周辺のミャンマー、スリランカ、インドなどの影響を受けている、との見方もある。

 この遺跡は1860年、オランダ人の考古学者によって、森の中で発見された。修復が施された所もあり、保存状態は良い。特に遺跡の管理人がいるわけではなく、一応、立ち入り禁止の部分もあるようだが、観光客がお構いなしに遺跡の上に登ったりしていて、かなり管理が緩く、保存面でこれで良いのか、余計なおせっかいながら、少々、心配になる。

Candi Bungsuの修復場所

 ムアロ・タクス周辺には目ぼしい物はなく、1時間少々、のんびりした後、また元来た道を引き返し、プカンバルの街に戻った。プカンバルの街は、立派なモスクとモダンな造りの図書館が印象的なほか、あまり見るべき所がない。

 もう1カ所の見所は、シアク・スリ・インドラプラ(Siak Sri Inderapura)王国の王宮が残る、コタ・シアク(Kota Siak)。こちらもプカンバルからはおよそ100キロ、延々とパームヤシ畑を眺めながら、空港から東方に向けて車を走らせ、片道2時間だ。


 パームヤシ畑が終わると、整備された、こぢんまりとした街が見えてくる。シアク川にかかる立派な吊り橋を渡ると、王宮のある街が広がる。


 シアク王国は1723年から1945年まで、200年以上続いており、12代目の王が1945年のインドネシア独立宣言後、インドネシアへの合流を宣言して、王国は消滅した。

 王宮はシャリフハシム王の時代に、ドイツ人の建築家が1889年から4年をかけて建造した物だ。王国消滅から70年以上も経過しているのに、調度品や部屋の装飾が、まだきれいに保存されており、見応えがある。

王宮の内部

王宮の豪華な階段

最後のシアク国王


 中でも目を引くのが、巨大なグラモフォン(Gramophon)。世界に2つしかない(もう1つはドイツ)という円盤式蓄音機で、1896年に、当時の王が欧州旅行から持ち帰ったそうである。直径50センチはあろうかという円盤を縦にはめて作動させると、クラシック音楽を聞くことができる。たまたまグラモフォンが作動され、大型オルゴールのような音色を聞くことができた。
 この王宮から少し歩いた所、シアク川を臨む岸沿いに、小さいながら装飾がきれいな中国寺院がある。珍しいのは、その中国寺院の周辺の商店街が、同様に、赤を基調としたデザインで統一されていること。写真映えしそうだ。


 街中はきれいに清掃されて、シアク川沿いには公園があり、伐採した木材を積んだ艀がゆっくりと牽引されていた。

 リアウ州の見所はプカンバルからはちょっと遠いが、頑張れば日帰りでも行ける。満潮時に海につながる河口から、海水が数十キロ規模で川を逆流し、サーフィンができることで有名な、カンパル(Kampar)川もある。ここはプカンバルから車で5時間かかるとのことで、まだ行けていない。  北海道を超える広さを持つリアウ州だけに、調べれば、まだいろいろあるかもしれない。

 

 

鍋山俊雄(なべやま・としお)
インドネシア在住期間は計12年になる。仕事でジャワ、カリマンタン、スマトラへの出張が多いことに加えて、「週末弾丸トラベラー」としてインドネシア各地を放浪し、全34州を訪問した。

 

インドネシア全34州の旅
#0 空港
#1 北スラウェシ州 インドネシアの最北端?
#2 アチェ州 インドネシア0キロ地点と津波の跡
#3 ブンクル州 英国の砦、スカルノの足跡
#4 南カリマンタン州 川の街の水上マーケット
#5 バンテン州 バンテン王国跡へ、列車の旅
#6 西カリマンタン州 春分の日に赤道へ 影がなくなった!
#7 南東スラウェシ州(上) 波の音しか聞こえない、ぜいたくな空間
#8 南東スラウェシ州(下) インドネシア最大級、ブトン王国の城壁都市
#9 バンカ・ブリトゥン州 アホック前知事の故郷、「ラスカル・プランギ」の島
#10 リアウ諸島州 最北端の島の1つ。石群が織りなす造形

#11 西スラウェシ州 トラベラーの中でも「まだ行ってない」率が高い

#12 パプア州 ①国境編(ジャヤプラ、メラウケ) 国境の看板の向こうは熱帯雨林

#13 パプア州 ②山編(ワメナ) 伝統の残り香のあるうちに

#14 パプア州 ③海編(ティミカ・パンタイ) 船で新しい土地へ

#15 パプア州 ④戦争編(ビアク) 息をのむ美しさの海、戦争の名残り

#16 西パプア州 ラジャアンパットを一人で弾丸旅行する方法

【インドネシア丸かじり】トウガラシのジャムを作ってみた

 「トウガラシのジャム」を作ってみた。レシピは、『+62』で連載中の「西宮奈央さんのMasak Kira-Kira」から。

 チレボンでバティック工房を主宰している賀集由美子さんが「気に入って何回も作った」と言う。パンに塗って職人さんのおやつにしたら好評で、「これは何? チェリー?」と聞かれたと言う。「食感がチェリーに似てるみたい。チェリーなんて高い物、買うわけないのに〜」。

 チェリーに似たジャムが作れるのか、と、俄然、やる気になり、「うまく出来たら瓶詰めして、日本へのお土産にできるかも……?」と野望を膨らませ、家の近くのパサールでトウガラシを買って来た。

 使うのは、「チャベ・メラ」「チャベ・ブサール」と呼ばれる、大きくて真っ赤なトウガラシ。いかにも「トウガラシです」という見かけに反して、オレンジ色や黄色、濃い緑色の小さいトウガラシ(チャベ・ラウィット)よりも辛くない種類だ。

 小さくて白い種と、種が付いている白いワタの部分を取り除く。辛さ成分はこれで大体、取り除いたつもり。これを端から千切りにする。レシピでは、ざくざく大きめに切っておいて、後からブレンダーにかけるのだが、ブレンダーがないので、この時点で、できるだけ細かく切っておく。

 切っているうちに、手がじんじん痛くなり、熱くほてってきた。両手の甲全体が、トウガラシ成分の攻撃を受けている感じ。作っている時点から、すでに、ただならない状況となってきた(手の痛みは丁寧に水洗いしても消えず、数時間続いた)。

 刻んだトウガラシの半量の砂糖を投入し、そのまま置くと、砂糖が自然に溶けて、とろっとしたシロップにトウガラシが浸かっているような状態となる。ジュルック・ニピスの搾り汁を種ごと投入し、火にかける。あっという間にグツグツ煮立ってきた。レシピには「アクは、こまめにすくう」とあるが、鍋全体があくの沸き立ったような状態なので、そのまま放置する。

 煮詰まってきたところでトウガラシを1片つまんで味見したところ、不意打ちをくらって、しゃっくりが出そうになった。食べ物とは思えない激辛具合なのだ。

 「辛いの苦手」な賀集さんによると、「白いワタはガシガシこすり取って、その上で、水に漬けてしばらく置いておく」と言う。ワタの取り具合が不十分だったのかもしれない。あまり辛くない種類だと思って、高をくくっていたのが甘かった。

 西宮さんが「砂糖をもっと足せ。チョコレートでもいい」とアドバイスをくれた。「甘さと辛さのバランスが取れたとこが正解ポイントなので、砂糖を足しちゃってOKです。普通のジャムの感覚のはるか上を行く量を使っちゃって大丈夫です」とのこと。

 しかし、砂糖をいくら足したところで、辛さ自体は変わらないだろう……と半信半疑ながら、最初の時と同じぐらいの砂糖をどばっと投入してみた。そして味見をしてみたら、あら不思議、あまり辛くない。強い甘みが来て、その後、ピリピリと辛みが広がる。これは、砂糖でトウガラシをねじ伏せた、ということか。

 ところが、砂糖を入れすぎたのか、全体が水飴のようになって、ぐちゃっと固まってしまった。レシピにはないのだが、水を入れて、ゆるめる。ゆるんだところでジュルック・ニピスの種をすくい取る。またまた賀集さんによると、イチゴジャムなど出来合いのジャムを何でもいいので、混ぜてしまってもいいそうだ。ジャムっぽくならなかった場合は、これからは、ちょっとズルをすることにする。

 こうして、レシピとは大分外れた感じで、トウガラシのジャムが出来上がった。瓶詰めしたジャムは、赤というより黒。アメリカンチェリーのような、ダークな色合い。上の方のトウガラシ片は光に透けて、はっとするほどの赤さだ。何に似ているのかなーと思ったら、暑い1日を終えた、ジャカルタの夕日の色に似ているのだった。

 パンにつけて食べると、甘さと辛さがぶつかり合う。砂糖コーティングしたような甘みが強いが、奥の方からピリピリピリピリ、辛さが襲撃してくる。食べていると、口の中が辛さでいっぱいになる。甘さと辛さ、これがインドネシアなんだな。

トウガラシのジャムの(正しい)作り方
https://plus62.co.id/archives/14395