【特集】中東料理を食べに行こう! 
伝統と現代の融合 
アル・ナフォーラ

 インテリアはレバノンの伝統的な家を模している。石の壁、テラコッタの床、色鮮やかなランプ……オープンキッチンの竈には赤々と火が燃え、ピタパンが焼かれている。扉をくぐると、ジャカルタにいることを忘れるだろう。
me_n_DSCF1276
 1994年創業のレバノン料理店。さすがフランス系の五つ星ホテル内のレストランだけある。料理の盛り付けの芸術的な美しさ、正統を守りつつ現代風にアレンジした、伝統と現代の融合具合が見事。

 シェフはヨルダン出身のアフマッド・ジャミル・アブカディジャさん。食材の一部はアラブ首長国連邦・ドバイなど、中東諸国から輸入している。

 メインのダイニングのほか、2階席、プールサイドのテラス席があり、ゆっくり食事を楽しむことができる。
 
 
me_n_01_DSCF1304Al Nafoura Cold Mezzeh Tasting Platter
ヒヨコ豆のペースト「フムス」、焼きナスのディップ、パセリのサラダ、ヨーグルトのマリネなど、冷たい前菜の盛り合わせ。12万ルピア。
 
 
me_n_02_DSCF1311Haruf Ouzi
「Ouzi」とは、羊肉のローストに香辛料で味付けしたライスを添えた物。下ゆでした羊肉を、サフラン、シナモン、ヨーグルト、クミンなどでマリネし、30分ほどかけて、じっくりローストする。ナッツ入りのバスマティ米が添えてある。24万ルピア。
 
 
me_n_03_DSCF1338Helwa Al Nafoura
一口サイズのデザート盛り合わせ。ハルヴァ、サフラン入りパンナコッタ、アラブ・コーヒーのティラミス、バクラヴァ。8万ルピア。
 
 
●Al Nafoura Lebanese Restaurant/Le Meridien Hotel Ground Floor, Jl. Jend. Sudirman Kav.18-20/Tel : +62(0)21-251-3131/月〜金11:30-14:30(ランチ)、18:30-22:30(ディナー)、土祝6:30-22:30(バーベキュー・ビュッフェのみ)、日休み/料金は税10%・サ11%別。

【特集】中東料理を食べに行こう! 
シーシャと夜のエンターテインメント 
シーシャ・カフェ

 ジャカルタにオープンして12年になるレバノン料理店「シーシャ・カフェ」は、店名の通り、シーシャのフレイバーが70種類余りと豊富。アップル、オレンジといった果物のほか、カフェラテやコーラ、ミックスフレイバーも。他店にはない炭火付きの、ぼーっと光る美しい容器で供される。炭火を替えながら3時間ほども楽しめる。
me_s_DSCF1928
 夜のエンターテインメント(21:00〜)も充実している。毎週金土はベリーダンスとアラブ音楽(ラマダン中は変更)、月はラテン音楽とサルサ・ダンス、水はジャズと、多彩。

 ベリーダンスの公演はラマダン中には行われないが、代わりに、エジプトから来た踊り子によるタンヌーラ(Tanoura)という踊りが行われる。瞑想しながらくるくる回るスーフィーの踊りに似ており、衣服にはLEDの電飾を付ける。
 
 
me_s_01_DSCF1749Mezzah Fiesta Mix Cold Appetizers
冷たい前菜の盛り合わせ。左から時計回りに、フムス(ヒヨコ豆のペースト)、レバノン風サラダ、ムタバル(焼きナスのディップ)、ババ・ガヌーシュ(焼きナスと焼き野菜のペースト)。中央は、ブドウの葉でご飯を包んだワラック・イナブ。8万9500ルピア。
 
 
me_s_02_DSCF1775Sambousick Beef
牛挽肉のサモサ。実はペルシャ起源。中東では「サンブセック」と言う。3万4500ルピア。
 
 
me_s_04_DSCF1800Farouj Meshwi
同店オリジナルのたれで焼いたチキンの、サフラン・ライスと焼き野菜添え。香辛料はそれほど強くないので、中東料理が苦手な人でも大丈夫だ。9万9500ルピア。
 
 
me_s_03_DSCF1783Kofta Labanieh
ニュージーランドから輸入したラム肉を使う。挽肉を四角く固めて焼き、上にたっぷり、ガーリック入りのヨーグルトをかける。さわやかな味。下にはピタパンを敷いてある。10万5000ルピア。
 
 
me_s_08_DSCF1882Om Ali
パイ生地とナッツをミルクで煮てから、オーブンで焼いたデザート。「アルジャジーラ」と同じ品。3万7500ルピア。
 
 
me_s_07_DSCF1872Bourek Helw
チーズとピスタチオを挟んだペイストリー。ハニー・ローズ・シロップをかけて食べる。2万9500ルピア。
 
 
me_s_05_DSCF1745Sahara Tea
カルダモンと砂糖入りのミルクティー。食後やシーシャのお供に。3万9500ルピア。
 
 
me_s_06_DSCF1725Snow on Sahara
ヨーグルトとはちみつ入りの飲み物。甘酸っぱい味。3万4500ルピア。
 
 
ラマダン中のプロモーションや特別メニュー/毎週金土21:00〜、エジプトの「タンヌーラ・ダンス」の公演。
 
 
●Shisha Cafe/Jl. Kemang Raya No.10/Tel : +62(0)21-719-3587/17:00-1:00(金〜日2:00)/料金は税10%・サ5%別。
支店/ジャカルタ2店(チランダック・タウン・スクエア、プラザ・メンテン)、バリ2店(クタ)。

【特集】中東料理を食べに行こう! 
サウジアラビア領事が開いた店 
ドゥ・コンシュレイト

 「ラウンジ」「領事館で」という名前からして、アメリカン・クラブのような社交クラブかと想像していたが、実は中東料理レストラン! 実際に、ジャカルタに駐在していたサウジアラビア領事が2010年に開いたのだという。その領事はもう帰国し、現在はサウジアラビア・メディナ出身のアリ・アルザイドさんがオーナーとなっている。

 仕切りもなく広々とした部屋にふかふかのソファが並ぶ空間は、レストランと言うより、アラブの富豪宅にお邪魔したかのよう。隅には大型テレビも据え付けられている。家のような雰囲気の中、中東諸国出身の人々が集い、夜がふけるまで、歓談しながらシーシャや中東料理を楽しんでいる。

 毎週火曜はベリーダンス(ラマダン中はアラブ音楽の生演奏に変更)がある。
 
 
me_c_02_DSCF2898Surba Harira
モロッコ料理。ラム挽肉、ヒヨコ豆、ニンジン、ジャガ芋、セロリなど、具だくさんのスープ。グーラッシュに似ているが、香辛料の香りは中東そのもの。ラム挽肉を載せた、ピザのようなピタパンと一緒に食べる。6万ルピア。
 
 
me_c_01_DSCF2850Surba Adas
中東一帯で非常にポピュラーな、レンズ豆のスープ。ジャガ芋、ニンジン、玉ネギ、セロリなどを加え、クリーミー。コレステロールや血糖値を下げる効果があるので、前菜に。レモンを搾って食べる。6万ルピア。
 
 
me_c_04_DSCF2941Surba Rubian
モロッコ料理。エビ、貝、イカなどの海鮮たっぷりの、トマトとパプリカのスープ。ボロネーズソースのように濃厚で、かなり酸っぱい。6万ルピア。
 
 
me_c_03_DSCF2854Kaware
パキスタンに多い、ヤギ足のスープ。中東諸国ではヤギ足を食べないので嫌がる人も多いが、インドネシアでは抵抗なし。フェンネル、シナモン、黒コショウ、丁子などで味付け。ヤギ臭が強いので、レモンを搾って。6万ルピア。
 
 
me_c_06_DSCF2996Mix Grilled
鶏、牛、ラム肉のグリルの盛り合わせ。鶏肉と牛肉の串焼き(Shish)、鶏肉とラム肉の肉団子(Kuftah)、ラムのハツに、ラム肉のソーセージ風(Tarb)。ピーナッツやヨーグルト、オリーブオイルで作った「タヒナソース」に付けて食べる。15万9000ルピア。
 
 
me_c_05_DSCF2923Shawarma
中東のサンドイッチ。道端で売られていることが多い。肉(同店ではラム肉)、レタス、パプリカ、玉ネギ、キュウリなどの野菜をピタパンで巻いた物。食べやすく、中東料理入門にお薦め。6万5000ルピア。
 
 
ラマダン中のプロモーションや特別メニュー/中東料理にインドネシア料理(コラックなど)を加えたラマダン・ビュッフェ(21万5000ルピア)あり。毎週火曜にアラブ音楽の生演奏。
 
 
me_c_DSCF2902●D’Consulate/Jl. K.H. Wahid Hasyim No.45-51, Menteng/Tel : +62(0)21-3151-672/10:00-2:00/料金は税10%・サ7%別。
支店/Jl. Epicentrum Boulevard Barat, Karet Kuningan/Tel : +62(0)21-7591-3537/10:00-2:00。

【特集】中東料理を食べに行こう! 
ジャカルタ沙漠のオアシス 
アル・ジャジーラ・ポロニア

 苛烈な「ジャカルタ沙漠」の旅人が高級住宅街に入り、「アル・ジャジーラ・ポロニア」にたどり着いたら、隠れたオアシスを見つけたような気がするだろう。大統領宮殿のような豪華さで、由緒ありげな建物に見える。それもそのはず、ここは、1960年ごろにスカルノ初代大統領が使用していた邸宅だった(当時は「Rumah Polonia(ポロニアの家)」と呼ばれていた)。大きな改装の手は加えずに当時の面影を残している。
me_j_DSCF0537
 メインホールは、2階の吹き抜けで、巨大なシャンデリアが輝くダイニングルーム。さまざまなVIPルームがあるが、白眉は「Bunker Private Room」。絨毯が敷かれ、周りをクッションの置かれた座椅子が取り囲む。車座になって大人数で食事……。めったにできない「アラブの富豪の饗宴」気分を味わえる?
 
 
me_j_03_DSCF0636Biryani Dujaj
日本でもポピュラーな「ビリヤニ」。米は白、黄、赤の3色とカラフル。丁子、ショウガ、カルダモン、シナモン、サフランなどの香辛料とともに調理する。オーブンで焼いた鶏肉(dujaj)をトッピング。10万6560ルピア。
 
 
Al Jazeerah Salad
細かく切ったトマト、キュウリに、レタス、オリーブ、ヤギのチーズを合わせたサラダ。ビネガーとレモンたっぷりで、酸っぱい。特筆すべきは、ふんわり滑らかな、同店特製のチーズ。くさみはまったくない。5万600ルピア。
 
 
me_j_02_DSCF0655Mandi Laham
中東から輸入したバスマティ米を使い、丁子、カルダモン、コショウ、シナモンなどの香辛料を入れたラムのスープで、薪の火を使って炊いた味付けご飯。トッピングのラム肉(laham)は、タンドール窯で約1時間かけてじっくり焼いた物。ナイフも必要なく、手でちぎれる軟らかさ。13万5360ルピア。
 
 
me_j_04_DSCF0734Um Ali
パイ生地とナッツをミルクで煮てから、オーブンで焼いたデザート。同店ではクルミを使う。断食明けのメニューにぴったり。5万8200ルピア。
 
 
me_j_05_DSCF0593Al Jazeerah Cocktail(奥)
Kurma Juice(手前)
中東から輸入したクルマ(ナツメヤシの実)を使ったジュース。甘く、さわやか。4万1800ルピア。
 
 
ラマダン中のプロモーションや特別メニュー/ビュッフェ(29万5000ルピア)あり。
 
 
https://plus62.co.id/wp-content/uploads/2017/06/me_j_DSCF0741.jpg
 ●Al Jazeerah Polonia/Jl. Cipinang Cempedak I No.29, Kampung Melayu/Tel : +62(0)21-2188-9061/9:00-0:00(ラマダン中は17:00-0:00)/料金は税サ込み。
支店/Jl. Raden Saleh No.58, Cikini/Tel : +62(0)21-314-6108/9:00-2:00。

【特集】中東料理を食べに行こう! 
モール内、24時間営業 
アル・ゼイン

 ジャカルタでは珍しい、ショッピングモール内にある中東料理店。場所は「JKT48劇場」もあるfXの地下。随分とカジュアルな場所にあるのだが、中に入ると、ちょっとびっくりする。店は330平方メートル、175人収容可能という広さ。テーブル席のほかに、くつろげる座敷席もある。

 店内の窯ではふっくら膨らんだピタパンが焼き上がっている。喫煙席はピタパンを焼く場所の目の前にあり、次々に焼かれるパンを見るのは楽しい。
me_z_DSCF1074
 オーナーはリアウ出身のザイナル・ルスミさん。店名はオーナーの名前から。2016年4月1日にオープンした。休みなし、24時間営業。なかなか、穴場な場所だ。

me_z_03_DSCF1161Kebuli Lamb
中東の影響を受けたインドネシア料理。長粒種米ビスマティを使い、干しブドウ、ヨーグルト、スパイス各種とともにラムのスープで調理したご飯。サルマン・サウジアラビア国王がインドネシアを訪問した際、ジョコ・ウィドド大統領がボゴール宮殿でのレセプション用に注文した品という。トッピングの肉はラムか鶏かを選べる。9万4000ルピア。
 
 
me_z_DSCF1174Hummus Lamb
「冷たい+温かい」のコンビネーションの前菜。ゴマ、オリーブ油、塩、ニンニクを混ぜたヒヨコ豆のペースト「フムス」。この上に、ラム挽肉を盛り付けてある。ピタパンに付けて食べる。4万ルピア。
 
 
me_z_02_DSCF1271Daud Bashya
ラム挽肉の肉団子にトマトソースをかけた物。これもピタパンで食べる。5万ルピア。
 
 
me_z_04_DSCF1247Baklava
ピスタチオ、アーモンド、ピーナッツといったナッツを刻んでフィロ生地に挟んだペイストリー。ただし、同店ではピスタチオは入手困難なため、使っていない。激甘デザートとして知られるが、同店では甘さ控えめ。3万5500ルピア(3個)。
 
 
ラマダン中のプロモーションや特別メニュー/パケット・メニュー2種類あり。「Paket A」(ナシ・クブリなどご飯料理+ラムまたは鶏トッピング、サモサ、野菜炒め、チキン・ロースト、ご飯)、「Paket B」(ナシ・クブリなどご飯料理+ラムまたは鶏トッピング、春巻き、サラダ、ブロッコリーまたは青梗菜のガーリック炒め、チキンカレー、ご飯)。4人前30万ルピア、6人前45万ルピア、8人前60万ルピア。
 
 
me_z_DSCF1075●Al Zein Restaurant & Cafe/fX Sudirman FB Floor, Jl. Jend. Sudirman Pintu Satu, Senayan/Tel : +62(0)21-2911-0201/WA : 0811-9210103/24時間営業/料金は税10%・サ6%別。

【特集】中東料理を食べに行こう! 
イントロダクション

me_map_middleeastジャカルタにはトルコ、レバノン、モロッコなど、いろいろな中東料理レストランがあります。料理のみならず中東の文化も味わえ、理屈抜きで「中東の豊かさ」を体感できるかも! 料理は見慣れない名前なので、メニューを見てもさっぱりわからない、写真を見ても味の見当が付かない……ということもあります。図鑑的に活用できるよう、写真と説明を付けました。

アル・ゼイン
アル・ジャジーラ・ポロニア
ドゥ・コンシュレイト
シーシャ・カフェ
アル・ナフォーラ

編集長日記 
ジャカルタ、イースト菌日和

 突然、熱中し始めたのがパン作りだ。子供のころに母が時々、パンを作ってくれたが、冬はこたつの中にパン種を入れたり、発酵させるのが大変そうだった。イースト菌の発酵に最も適した温度は27〜36℃。ジャカルタの気温は大体これぐらいなので、室温で放り出しておけば良い。勝手に膨らみ、あとは焼くだけ。
hanako_hakkou_IMG_0484
 パン作りは「大変、面倒」というイメージがあるが、実際は、時間はかかるが、手間はそんなにかからない。「今日は一日、家にいる」と決まっている日は、朝、ささっとパン種を作ってしまう。特に、よく晴れた、暑くなりそうな日は、「今日はイースト菌日和ではないか!」と、作らないと、そわそわして落ち着かない。

 最初に作ったパンは失敗だった。日本の雑誌を見て、レシピの分量通りの水を一気に入れたら、生地がベチャベチャになり、「最初はベタベタして手にくっつきますが、こねているうちに、だんだん手につかなくなります」と書いてあるのに、いくらこねてもベタベタのまま。「あー失敗だ……」と思ったが、そのまま放っておいたら膨らんだので、ベタベタのままで焼いた。火が強すぎて、焦げてしまった。発酵時間も足りなかったようで、あまり膨らまず、「ぎゅっ」「もちっ」と詰まったパンになった。
hanako_01_IMG_0170
 この失敗パンを食べたところ、あまりのおいしさに驚愕した。小麦粉はインドネシアではほぼ一択となる「Cakra Kembar」と「Kunci Biru」という、普通の物。なのに、かみしめるほどに粉の味がして、うまい。添加物が入っていないから? 手作りだから? ちなみに、塩はバリ塩、バターはぜいたくをしてフランスのElle & Vireを使う。私はパンにはこだわりがあって、ほぼ、フランス系の決まった3店でしか買わないのだが、「これなら買わなくてもいいのでは?!」と思った(プロのパンと自分の失敗パンを比べるのはあまりにもおこがましいのだが)。

 2回目の時は、水の量に注意した。ジャカルタは湿度が高いから粉が湿気ているのか、日本のレシピより水を控えめにした方が良いようだ。発酵時間はレシピでは2時間だが、日によって違うので、膨らみが悪かったら思い切って長時間、放置しておく。焼く時は、鉄板を火から最も遠ざけて弱火で約30分、というオーブンの加減も、何度も焼くうちにわかってきた。
hanako_baizou_IMG_0858
 イースト菌のにおいが好きだ。ぷーっと膨らむのが楽しい。料理が苦手な人でも、誰でも作れると思う。

 以前は、小さな丸パンが1個1万ルピア以上する物も買っていた。小麦粉は1袋1万5000ルピア程度なので、節約にもなる。しかし、節約という以上に、「生活必需品」を自分でまかなえる満足感と言うか、安心感と言おうか。「パン自給率」はほぼ100%を達成した。次は、漬け物に行こうか、小麦粉続きで、うどんを打ってみようか、干物も作ってみたいな、と楽しみになっている。
hanako_anpan_IMG_0521
 下記、「誰でも作れる」、私のめちゃくちゃパン・レシピです。

材料
強力粉(Cakra Kembar) 180グラム
薄力粉(Kunci Biru) 20グラム
ドライ・イースト(「Fermipan」など) 小さじ1/2
塩 小さじ2/3
砂糖 小さじ2
水 250cc(入れながら調整する)
バター 大さじ1

作り方
1 強力粉、薄力粉、ドライ・イースト、塩、砂糖を計り、ボウルに入れる。

2 水を少しずつ入れる。混ぜながら、粉全体に水を含ませるようにし、ポロポロした生地がまとまってきたら、こねる。水は入れすぎるとベタつくので、最後の方は慎重に。水は全部使わなくても良い。

3 生地にバターを練り込む。生地の中にバターを入れて包み、何度も折りたたむようにしてこねると、自然に、全体に練り込まれる。

4 生地を15回ぐらい、上からたたきつけるようにして落とす(騒音注意)。

5 生地を丸くまとめ、ボウルの上に濡れ布巾を掛ける。

6 2〜3時間ほど、発酵させる。日によって発酵の状態は違うので、様子を見て、適当に。2〜3倍ぐらいに膨らめば良い。

7 ガスを抜いて、もう一度丸くまとめ、ボウルの上に濡れ布巾をかけて、二次発酵させる。これも様子を見て、適当に。2〜3倍ぐらいに膨らめば良い。一次発酵より発酵速度は早い。発酵させすぎると生地がだれるが、焼くと特に問題はないので、それほど気にしなくて良い。

8 鉄板を入れたオーブンを点火してから、生地のガスを抜き、包丁で4つに切り分ける。

9 切り口を中に折り込むようにして丸め、上を押さえて平らにする。オーブンペーパーの上に並べる。

10 熱したオーブンの中に入れ、弱火で30分ほど焼く。焼き色がついたら出来上がり。すぐにオーブンから取り出して、あら熱を取る。

 
編集長日記バックナンバー
グデ山へ
マニラ新聞
ジャカルタで、バベットの晩餐会
窪田君「ス・ゴ・イ」
続・窪田君「ス・ゴ・イ」
アオフウチョウという鳥
写真と言葉
初めてのジャカルタ
風景としての「カルティニ」

インコ侍 7 捕らわれの姫

inko_07_01 
 小太郎の鳴き声に応じて、

 「ピキョキョキョキョキョキョ……」

 確かに、近くで噛虎(かみとら)の呼び鳴きの声がする。

 声が最も大きく聞こえた部屋に入ったが、姿は見当たらなかった。

 「確かに、この辺りで聞こえたはず……」

 「あっ、これは?!」

 小太郎が叫んだ。

 床の間の掛け軸の縁が噛み切られている。

 「これはまさしく、コザクラインコがここにいた証!」

 「この床の間に何かからくりが?」

 一同が床の間を探り始めたその時、また音もなく、フクロウの荒法師たちが周りを取り囲んでいた。

 「うわっ!」

 「もう逃がさぬぞ。神妙にせよ」

 槍を突き出され、思わずのけぞった、その時。
inko_07_02
 床の間の壁の上部がどんでん返しのように後ろに倒れ、一同は壁の中に吸い込まれていった。

 「うわあああああああ」

 薄暗く、狭い空間。目が慣れるにつれ、文机の前に座り、こちらを見つめる美しいコザクラインコの姿が見えてきた。
inko_07_03
 「風雷坊、カピ蔵、助けに来てくれたのか」

 「噛虎様には、ご無事で……」

 「余は大丈夫じゃ。その者たちは?」

 「私は小太郎。この者はオカメもんと申します。風雷坊様の食客にて、噛虎様をお助けに上がりました」

 「それは危険なつとめを、礼を言うぞ」

 噛虎は言った。

 「この部屋は切腹の間と言い、切腹を言い渡された罪人の部屋だそうだ。罪人が逃げられぬよう、窓が一切なく、出入口も一方向のどんでん返しになっていて、中からは開けることができない仕組みになっている」

 噛虎はまばゆいほどの美しさだったが、表情は硬く、暗かった。

 「このように捕えられてしまい、そちたちにも迷惑をかけて、すまない。父や兄弟の亡き後、どうにか国を守ろうとつとめてまいったが、余はもう、この乱世に疲れてしもうた。いっそ、もう出家しようと思うのだ」

 「噛虎様……」
inko_07_04
 「お気を落とされるのは仕方のないことではありまするが、あきらめてはなりませぬ」

 風雷坊は言った。

 「あなた様を慕う人々の気持ち、守り続けてきた土地を、簡単に敵に渡してはなりません。逃げましょう!」

 「しかし、どうやって……」

 突然、扉が開き、フクロウ荒武者たちが顔を出した。

 「ふふ、ひとまとめになってくれたわ。ちょうど鳥家(とりいえ)様がお城に到着された模様。早速、お連れしよう」

 最早これまでか。

 一同が覚悟を決めた、その時。

 「私の翼の上に乗るのです! 時空の引き出しがここに開いています。さあ!」

 オカメもんが叫んだ。
inko_07_05
 「そうか。ここには引き出しがある! さあ、皆さん、早くオカメもんの上に乗るのです」

 小太郎は全員を乗せ、オカメもんの頭のレバーを握った。

 「どういうことだ?!」

 噛虎は目を丸くした。

 「説明は後で! さあ、つかまってください」

 小太郎はオカメもんに声をかけた。

 「オカメもん、連れて行ってくれ。ここではない、どこかに!」

 「時間旅行に、出発します……」

 彼らの姿は、文机の引き出しの中に吸い込まれて行った。(つづく)
inko_07_06       

 
インコ侍 0 時間旅行へ出発!
インコ侍 1 戦国時代
インコ侍 2 忍者と勝負
インコ侍 3 秘密作戦
インコ侍 4 出城に潜入
インコ侍 5 寺の井戸
インコ侍 6 必殺技

こまつか苗(こまつか・なえ)
ペンギン・インコ陶作家。京都の清水焼の工房で陶絵付け職人として10年働いた後、大阪の自宅に開窯し、ペンギンとインコをモチーフにした陶作品(時々、カピバラ)を制作している。本職とは違うものの、イラストと文章による「らくがきドラマ」、「ラグビーポジション・インコ解説」などを発表し、好評を博す。

ミレニアルの肖像
Puradhi Mahatva Yusanto Putra (23)
学生、ジャワ舞踊家

yusan_DSCF0063 音楽が聴こえてきた時、自然に体が動きました。何をやっているのか、自分ではよくわかっていなかったのですが、うれしくて幸せな気持ちでいっぱいでした。父もジャワ舞踊家だったのですが、私を見て、「この子は踊りが上手だ!」と言いました。私がまだ5歳だった時のことです。

 音楽を聴いたらじっとしていられない私を見て、父もまた、じっとしていられませんでした。すぐに私を伝統舞踊の会に入れたのです。こうして、私の踊り手としての道が始まりました。始めてすぐに、踊りは私にとって、ただの趣味ではなく、もっと真剣なもの、天職であることはすぐにわかりました。父にとっても、踊りは天職であり喜びでありました。

 踊りとは長い練習で疲れるものであり、間違えると恥ずかしいものでもあります。別の一面では、インドネシアの名前を高め、ワヤン・オランの文化に命を吹き込むための戦いでもあります。しかし、舞台の上に一人で立つ時は、踊りとは絶対的な喜び、それだけでしかありません。

 今も、これから年を取った先にも、踊り以外にやりたいことはありません。年を取る前に、絶対にガトットカチャは演じないとね! ガトットカチャは飛べるんですよ! 最高でしょ。

プラディ・マハトヴァ・ユサント・プトラ
1993年、中部ジャワ・スラカルタ生まれ。通称ユサン。5歳の時からジャワ伝統舞踊を始める。現在、インドネシア芸術学校(ISI)スラカルタ校の学生。ジャカルタやスラカルタで「ワヤン・オラン」の舞台に立つほか、マレーシアやシンガポールなどの海外公演にも参加している。

yusan_DSCF9563ワヤン・オラン
ワヤンの物語を題材に、劇、舞踊、音楽で演じる、中部ジャワの演劇。ジャカルタで見たい場合、下記の場所で土日に公演をしている。Gedung Pertunjukan Wayang Orang Bharata。Jl. Kalilio 15, Senin。Tel : +62(0)21-421-2298。
 
 
ジャカルタ芸術劇場
ここでもワヤン・オランが上演されることがある。Gudung Kesenian Jakarta (GKJ),
Jl. Gedung Kesinian No.1, Pasar Baru。Tel : +62(0)21-344-1892。www.gedungkesenianjakarta.co.id。

 
<特集>ミレニアルの肖像 イントロダクション
Yohana Irawan (29)実業家
Kiki Febriyanti (30)ドキュメンタリー映画監督
Fransiska Dimitri (23)大学生、登山家

インドネシア全34州の旅 #8 
南東スラウェシ州(下) 
インドネシア最大級、ブトン王国の城壁都市。

08_nabeyama_map文・写真…鍋山俊雄

 前回は南東スラウェシ州ワカトビ諸島の1つ、「芳しい(?)」ワンギワンギ島(Pulau Wangi-Wangi)をご紹介したが、今回はブトン島(Pulau Buton)の「臭う(?)」街、バウバウ(Bau-Bau)をご紹介する。

 なぜバウバウに興味を持ったのか? それは、ここにはインドネシア最大級の砦(benteng)が保存されているからである。約300年間、オランダに占領されたインドネシアには、オランダのみならず、ポルトガル、英国なども、香料貿易のために駐留しており、あちこちに「ベンテン(benteng)」と呼ばれる砦が残っている。

 ジャワ島だけでなく、スマトラ、スラウェシ、マルク、パプアなどの各地にあり、私もこれまで、かれこれ10カ所ほどの砦を見ている。見に行った所は、いずれもオランダやポルトガルによる建造の砦が多いが、このブトン島の高台にある砦は、同地の土着の王国が建造した城壁都市なのである。インドネシア人の旅仲間にも「砦を見るのが好きだ」と話したところ、バウバウを勧められたことがある。
08_nabe_wall01
 バウバウへ行くには、ジャカルタからマカッサル経由になる。マカッサルからプロペラ機で約1時間だ。金曜深夜発のマカッサル行きの便に乗り、早朝、マカッサルで乗り換え、土曜朝にはバウバウに到着した。

 ホテルに到着後、砦まで歩いて行こうと思って従業員に道を聞いたら、「近いが、結構、登りになる」と言う。そこで、オジェックで送ってもらうことにした。バイクで約15分余り。高台にある砦「Benteng Wolio Buton」の入口に着いた。観光案内所らしい所があったので、中に入って砦の概要を教えてもらい、1冊5万ルピアと多少ふっかけられたが、砦のガイドブックを購入した。
08_nabe_wallmap
 この砦は16世紀後半、ブトン王国第3代のラサンガジ王(1591~1597)の時代に建設が始まり、第6代のラブケガフルル王(1632~1645)の代で完成した。城壁は低い所で1メートル、高い所では8メートルもあり、厚さも50センチから2メートル。岩を、砂と石灰を使って結着させて、建造している。外周は2740メートル、面積は22.8ヘクタールと広く、「世界で最も広い城壁都市」と当地の説明看板には書いてある。ブトン王国の中心地であり、12の門と16の砲台を持つ。
08_nabe_biggun
 まずはゆっくりと城壁都市内を歩いてみる。まず目につくのはブトン王国の大モスク(Mesjid Agung Keraton Buton)。1542年に木造モスクが建てられ、改築を経て現在に至る、470年近い歴史を持つモスクである。モスクの前には、17世紀に建てられた、ブトン王国旗が掲揚されていた柱が現存している。きちんと解説表示がされており、わかりやすい。その近くには王家の墓もあり、催事場跡のような建物も見られる。
08_nabe_masjid
 城壁内には現在も一般住宅があり、人々が居住している。王家の家(旧宅)もまだあり、大きな多層建築の家が残っている。イスラム教徒の家屋ながら、インドネシア東部地域でよく見かけた黄色や緑中心の色使いとは異なっているのが印象に残った。
08_nabe_sultan
 街の中心から中を横切る形で城壁まで出た後、城壁に沿って半周ほど歩いてみた。年月は感じられるものの、比較的、保存状態も良く、砲台跡には砲筒が残っている所もあった。高台であるため、海側の面では、バウバウの街と海がよく見える。
08_nabe_view
 城壁や砲台から見える風景を楽しみながらのんびりと散策した後で、また案内所まで戻って来ると、インドネシア人の旅行者グループが案内所に集まっていた。やはり、国内観光地として有名なのであろう。
08_nabe_wall02
 行きはオジェックで来たが、帰りは下りだし、あまり距離はないことがわかったので、歩いて下りることにした。先ほど、上から風景を眺めていたバウバウの街中へ、街の雰囲気を見ながら、港方面に向かって歩いて行く。バウバウの大モスクを目指して、およそ1時間弱、歩いた。モスク周辺の賑わいは、インドネシアのどこへ行っても変わらない。海まで行くと、海浜公園になっている。市民の憩いの場である。バウバウ埠頭の船の行き来をしばらく眺めた後、この街の唯一の大きなショッピングモール「Lippoモール」があると聞いたので、ベントール(ベチャのオートバイ版)で寄り道してモールを見てから、ホテルに帰った。日曜昼前の飛行機でバウバウを後にした。
08_nabe_seapark
 週末(金曜夜)からの弾丸旅行になるが、2泊(うち、機中1泊)3日での、お手軽週末トリップが可能だ。砦フリークの方にはオススメである。
08_nabe_kotabaubau
 
 
インドネシア全34州の旅バックナンバー
#0 空港
#1 北スラウェシ州 インドネシアの最北端?
#2 アチェ州 インドネシア0キロ地点と津波の跡
#3 ブンクル州 英国の砦、スカルノの足跡
#4 南カリマンタン州 川の街の水上マーケット
#5 バンテン州 バンテン王国跡へ、列車の旅
#6 西カリマンタン州 春分の日に赤道へ 影がなくなった!
#7 南東スラウェシ州(上) 波の音しか聞こえない、ぜいたくな空間

鍋山俊雄(なべやま・としお)
インドネシアに在住期間は計10年になる。仕事でジャワ、カリマンタン、スマトラへの出張が多いことに加えて、「週末弾丸トラベラー」としてインドネシア各地を放浪し、全34州を訪問した。