「かつら工場のモンスター」 鬼才エドウィン監督の初ホラーは現代社会へのアンチテーゼ 【インドネシア映画倶楽部】第128回

「かつら工場のモンスター」 鬼才エドウィン監督の初ホラーは現代社会へのアンチテーゼ 【インドネシア映画倶楽部】第128回

Monster Pabrik Rambut

日本など5カ国の共同制作で、「美は傷」の作者として知られるエカ・クルニアワンが脚本にコラボ参加という、話題豊富な作品だ。不気味な映像により、現代社会の「ホラー」を浮き彫りにする。

文と写真・横山裕一

 鬼才エドウィン監督の最新作は、同監督初のファンタジーホラー作品。日本をはじめシンガポール、フランス、ドイツのスタッフを結集した5カ国共同制作で、脚本には同監督作品「怨嗟のごとく、恋慕は完済されるべし」(Seperti Dendam, Rindu Harus Dibayar Tuntas/2021年作品)の原作者でもある人気作家、エカ・クルニアワンもコラボ参加と話題豊富だ。不気味な映像からは人間社会の示唆に富んだ恐怖が様々な感情や問題を問いかけてくる。

 物語の主人公は大学を卒業したばかりの女性プトゥリ。彼女の学費を稼ぐため母親はかつら工場に勤務していたが、残業中に自殺してしまう。プトゥリが工場を訪れると工場主のマルヤティが、母親は多額の借金を工場にしていたことを明らかにする。借金返済のため工場で働き始めるプトゥリ。また妹のイダは母親の自殺に疑問を抱き、工場に秘密が隠されていると考え、謎を暴くためにプトゥリに続いて工場で働き始める。

 かつら工場でプトゥリとイダは、何日も不眠で残業を続けると悪霊に憑依されるという噂を聞く。過去に何人もが極度な残業による不慮の事故で死んでいた。彼女らの母親もその一人だった。しかし、借金返済や生活のため、多くの従業員は何日も不眠で残業を重ねていた。ついにはプトゥリとイダの前で、従業員らが一人、二人と霊に取り憑かれたように奇怪で残虐な自傷行為を始める……。

 作品内では工場主のマルヤティが工場や労働者のミニチュアを作って、光景を楽しむシーンがある。経営者が労働者に重労働を課して搾取し、悦に入る姿は、「国民は思いのままに支配できる人形」だとみなす権力者の姿を映し出しているかのようでもある。

 また工場内では常に「安全と健康のため、十分な休憩を」とのアナウンスが流される。建前と実態の乖離。これも現実社会で頻繁に見受けられる光景だ。

 さらに、悪霊に憑依された労働者らが自らを傷つける様子は、生きるために過重労働を強いられる労働者が人間性を失い、精神崩壊していく現代の姿を比喩しているようにも見えてくる。作品内ではプトゥリとイダの弟で特異体質のボナが、不条理に対して敏感に体が反応したり、悪霊に取り込まれそうになるが、これも強権や人間の自己喪失に対する警告、アンチテーゼが示されているようだ。

 以上のように、本作品では全体的に様々な現代社会の示唆が込められていて、タイトルにある「モンスター」は作品内では不気味な悪霊として登場するが、現実社会で実際に起きている「ホラー」を浮き彫りにしているようでもあり興味深い。

 工場主マルヤティ役には、国際的に活動する女形の伝統舞踊家の巨匠、ディディッ・ニニ・トウォックが起用されている。劇中でも、一見女性のようでそうでもない不思議な存在感を示していて、作品全体の不気味な雰囲気に貢献している。また「ディラン」(DILAN 1990、DILAN 1991)や「人間の大地」(BUMI MANUSIA)などで主演した人気若手俳優、イクバル・ラマダンは主人公の弟ボネ役を演じ、特異体質という、これまでにない役に挑戦している。とんでもない姿になるシーンはファンにとってはショックかもしれないが、見どころのひとつでもある。

 インドネシア映画では度々、大物監督がホラー作品を手がける場合がある。いずれも、過去から現代に至る様々な恐怖を、非現実的なホラー世界の中で強調して描く傾向がみられるようだ。鬼才とも称されるエドウィン監督のホラー世界を是非、劇場で味わっていただきたい。

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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