Perang Kota
「マルリナ ある殺人者の四幕」のモウリー・スルヤ監督による待望の最新作。インドネシア独立戦争中の緊迫したジャカルタ、一般市民の独立運動家たちの人間群像を描き、見応え十分だ。
文と写真・横山裕一
1945年8月、東インドを軍政統治していた日本が第二次世界大戦に敗戦したのに伴いインドネシアが独立宣言したが、インドネシアの地は戦勝国であるイギリスやオランダといった連合国の管理下におかれる。この機に乗じてオランダが再び植民地化を進めようと、ジャカルタを武力統治していた1946年が映画の舞台。当時、スカルノ初代大統領以下の独立政府はジャカルタを追われて、ジョグジャカルタに臨時首都を移していた時期でもある。インドネシア国家黎明期の歴史スペクタクルとともに、動乱機に生きた独立運動家3人を中心とした人間群像も描かれた意欲作である。
物語は冒頭から緊迫したシーンで始まる。オランダ軍やイギリス軍がインドネシア独立派を一掃するため、ジャカルタの街中で独立派の市民を容赦なく射殺していく。こうした中、独立運動家の主人公・イサと盟友のハジルは拳銃で対抗し、別の場所にいたイサの妻・ファティマは兵士との格闘の末、何とか危機から逃れる。
独立運動の同志でもあるイサとファティマは愛し合っていたが、イサは過去のトラウマによるインポテンツに苦しんでもいた。一方、オランダが再び植民地化を進めるのを食い止めようと、イサとハジルはバイオリン奏者であることを活かして、オランダの要人が集まるレストランで演奏し、そこで要人を暗殺しようと企てる。しかし、イサが計画を着々と進めるうちに、妻のファティマと盟友のハジルが実は不倫の仲にあることを知ってしまう……。
妻への愛情の一方での劣等感、盟友との友情と思わぬ裏切りなど、主人公・イサの心理は揺れ動くが、風雲急を告げるなか彼が執る意思ある行動も見所の一つだ。さらに、冒頭や終盤の銃撃シーンは真に迫った演出で、迫力あるアクションが展開する。また、暗殺計画が行われるレストランとして、オランダ植民地時代の元官庁街、コタトゥア地区にあり、現在も営業しているバタヴィアカフェが登場する。2階へ上がる階段の踊り場などは行ったことがある人であれば見覚えあると感じるかもしれない。
本作品のモウリー・スルヤ監督は2017年の監督作品「マルリナ ある殺人者の4幕」(Marlina Si Pembunuh dalam Empat Babak)で、インドネシア映画祭の最優秀作品賞を受賞している、実力派監督である。同作品は邦題「マルリナの明日」で日本でも劇場公開されている。その後、短編やネットフリックス配信用のアメリカ映画を監督してきたが、劇場用の長編インドネシア映画作品は今回が「マルリナ」以来で、注目の監督の待望の最新作でもある。
作品では、主人公の妻・ファティマは作品冒頭の大立ち回り以外でも、心理的な動揺を受けるにもかかわらず動乱期を生き抜く、強い女性として描かれている。これは前作「マルリナ」の主人公の女性像と共通していて、女性監督ならではのモウリー監督の視点が踏襲されているようだ。
インドネシア映画ではこれまでに独立宣言へ至るまでの物語や、独立戦争そのものが題材にされた作品は多いが、今回のようにオランダによる再統治下での緊迫したジャカルタの様子や、歴史に名を残す英雄以外の市民独立活動家の目線で描かれた作品は稀であり、一見の価値は大いにある。主演のチッコ・ジェリコはじめ出演者の巧みな心理描写や物語の展開も見応え十分だ。
前回紹介した「トゲある丘で囲まれて」とともに、近年のインドネシア映画の充実ぶりを実感できる作品で、是非とも劇場で鑑賞していただきたい。
