Bila Esok Ibu Tiada
今や「インドネシアを代表するお母さん」と言ってもいい、クリスティン・ハキムの名演をはじめ、安心してじっくり楽しめる作品だ。母親の愛情を描くと共に、インドネシアでも家族主義が崩れ始めていることに警鐘を鳴らす。
文と写真・横山裕一
伝統的な家族主義が強く残るインドネシアながら、首都ジャカルタなど都市部では核家族化により、家族の絆が薄らぎつつある現代を描いた作品。名女優、クリスティン・ハキムが大きな愛で子供たちを包む母親役を名演する。
3年前に老夫を亡くしたラフミには20代から40代の子供4人がいる。長女ラニカは広告代理店を経営する実業家で、次女ラニアはモデル、長男のランガはミュージシャンとそれぞれ仕事に忙殺される毎日。三女で大学生のフニンだけが母親ラフミと同居していたが、外出しがちだった。
ある日、4人の子供は母親の誕生日をうっかり忘れてしまう。叔母からの知らせで気付いた長女ラニカは慌てて3人を招集して母親の元へ。しかし、食事中お互いに口喧嘩をしてしまう始末。「きょうは私の誕生日なんだから」と穏やかになだめる母親の姿には子供たちを愛する想いが満ちている。母親としてラフミは子供たちにはお互いに仲良く、そして自分の思う道を進んで欲しいと願うが、夫を亡くして以降、一人で過ごす時が増えて寂しさが募る。さらに医者からは病状の悪化に伴い、子供らの介護を手厚く受けるよう助言される。しかしラフミは子供に心配させまいと病状を隠し、孤独感にも包まれ始める。
一方、子供たちも母親を一人にしておくことを気にはしていたが、日々の忙しさから他の兄妹たちに任せようとお互いを批判することが繰り返されていた。そんなある日、母親のある行動に子供たちは自らの姿勢を顧み始めるが……。
インドネシアでは休日に親子で共に過ごす時間を大切にするなど、伝統的に家族を重視する習慣が現在も根強く続けられている。しかし、都市部では経済発展の一方で核家族化が進むと同時に、時間に追われる生活習慣などにより、家族主義が崩れ始めている面も見受けられている。作品ではこうした現実への警鐘も訴えかけられていて、日本と同じ道を歩んでは欲しくないとつい考えてしまう。
今や名優であるとともに、インドネシアを代表するお母さんと言ってもいい、クリスティン・ハキムの演技とともに、ぜひ劇場で鑑賞していただきたい。子供役にもフェディ・ヌリル(「愛の章句」Ayat-Ayat Cinta/2008年作品)、アディニア・ウィラスティ(「危険な11分間」Critical Eleven/2017年作品)など主役級の俳優陣が固め、安心してじっくりと鑑賞できる作品だ(英語字幕あり)。
2024年インドネシア映画祭の最優秀賞は「映画のように恋に落ちて」
11月20日に、2024年インドネシア映画祭で各部門の最優秀賞が発表された。長編作品部門では本稿第63回でも紹介した、「映画のように恋に落ちて」(Jatuh Cinta Seperti di Film-Film)が最優秀作品賞を受賞した。さらに最優秀主演、助演の男優、女優合わせて7部門を同作品で席巻した。
この作品は公開当時、劇場サイトなどではコメディ作品とジャンル分けされていたが、大人のラブロマンス映画としても見応えがあり、単なるコメディ作品の枠にとどまらないドラマ作品だ。さらに作品の大部分を占めるモノクロ画像がとても効果的に演出されている。
一方で、冒頭から数分間にわたって続く主人公である脚本家と映画プロデューサーの会話が可笑しく、コメディ映画たる所以でもある。このプロデューサーを演じたのが最優秀助演男優賞にも選ばれたアレックス・アバッドで、脚本家のプレゼンに対し、真面目な表情で惚けた発言を連発するだけでなく、トレンドでもある英単語混じりの話し方が軽薄さを増長させて笑いを誘う。
また最優秀テーマ曲賞も同作品の「言葉を通じた愛」(Bercinta Lewat Kata)が受賞した。ドンネ・マウラがアコースティックギター片手に切々と歌う曲は作品にもマッチしていて心に残るメロディだ。
最優秀作品賞の「映画のように恋に落ちて」はネットフリックスのインドネシア版でも配信中(英語字幕あり)で、これを機に改めてご覧いただき、勢いあるインドネシア映画の良さを是非感じ取っていただきたい。