Believe Takdir・Mimpi・Keberanian
東ティモール問題をインドネシア国軍の目線で描いた、恐らく初めての作品。当時、陸軍特殊部隊司令官だったプラボウォ現大統領とみられる人物も若き日の姿で登場する。今、この作品が制作された背景は何なのか? インドネシアの歴史と現在、今後について考えさせられる。
文と写真・横山裕一
国軍兵士の親子2代にわたる東ティモールでの戦闘を通して、自らに厳しく、責任ある生き方を描く人間ドラマでありナショナリズムを高めるアクションムービー。撮影にはインドネシア国軍が全面協力し、スポンサーも武器メーカーが名を連ねるなど国軍色が強い作品。
物語は1975年、インドネシアが当時ポルトガル領だった東ティモールを武力併合したシーンから始まる。インドネシア国軍の軍事作戦コードネームはスロジャ(蓮)作戦。この作戦で片足を負傷した軍曹デディは退役後、息子アグスを育てる。デディは軍人らしく厳しい性格だったため妻は家を出ていき、息子のアグスに対しても厳しい教育を続けた。アグスは反発しながらも父親の交通事故死後、国軍に入隊する。そして1990年代、陸軍特殊部隊員となったアグスはインドネシア政府に抵抗する東ティモールの独立派ゲリラ掃討の任務を受ける。新婚のアグスは身重の愛妻を後に、かつての父親同様東ティモールへと向かう……。
本作品の人間ドラマの面では、主人公のアグスが年少時代は父親に反発しながらも、大人になった後、戦地での経験を重ねることで自らに課す厳しさ、責任感の大切さを感じることで父親の生き方を理解する、成長の物語である。
一方で、東ティモールの独立派ゲリラが地域住民を巻き込んだ武装活動をしているため、避難民救助を大義名分にゲリラの掃討作戦を展開することで、作品では愛国心、ナショナリズムが強調されてもいる。
東ティモール問題は、1975年のインドネシア国軍による武力併合以来、国際的には批判を集めてきた問題で、インドネシア、国軍目線で描かれた作品は珍しい。武力併合以降、インドネシア国軍は独立派の武装ゲリラの掃討だけでなく、独立派住民の虐殺も行った報道などもあり、国軍が正義だと強調された本作品を観ると素直な気持ちでは受け止められ得ず、かつての東ティモールに対するインドネシア政府、国軍を正当化する意図がちらついてしまう。
作品内ではかつて陸軍特殊部隊の部隊長だったプラボウォ現大統領とみられる人物も若き姿で登場する。国軍当時のプラボウォ現大統領は1998年、戦略予備軍司令官に就任したが、5月のジャカルタ大暴動などで人権問題を起こしたとして軍籍を剥奪処分されている。その後政治家に転身したプラボウォ氏は2024年、大統領選に当選し、名誉国軍大将(4つ星)の称号を受けて異例の名誉回復をさせている。作品内ではプラボウォ部隊長を肩車して兵士たちが片手を上げて気勢を揚げるシーンも象徴的に描かれる。成り立ちが国軍色の強い作品であるため別の意図があるようにも見受けられてしまう。東ティモール問題を含め、過去の経緯を知らないインドネシアの若い世代がどのように本作品を受け止めるのか興味深いところだ。スクリーンの表面上の展開だけでなく、その裏をも読み取り、正しい歴史認識を深める題材となればありがたい。
この時代に本作品が制作された背景を考えると、現在の政権や社会体制のあり方、さらにはインドネシアがどの方向へ向かう可能性があるのかまで思いを馳せられる。その意味で是非この機会に鑑賞して、インドネシアの歴史と現在、今後について考えてもらいたい。

