イスラム教徒にとって、断食月(ラマダン)明けの大祭(イドゥル・フィトリ、インドネシア語で「レバラン」)に次いで大きな行事となるのが、犠牲祭(イドゥル・アドゥハ、インドネシア語で「レバラン・ハジ」とも呼ばれる)です。犠牲祭とは一体、何でしょうか?

敬虔心を表し、貧しい人に肉を分配する
インドネシアで暮らしていると、断食月明けのレバラン休みが終わって落ち着いてきたころに、「インドネシアから巡礼団が出発」といった、メッカ巡礼(ハジ)の話題がニュースに出始めます。カーバ神殿の周囲を人々が回っているライブ映像など、巡礼の話題で盛り上がる中、犠牲祭を迎えます。もちろん、巡礼も犠牲祭も、インドネシアだけでなく世界中のイスラム教徒によって行われるものです。
イスラム暦では、断食月(ラマダン)は第9月で、その1カ月間を断食します。断食明け(レバラン)は第10月の1日に当たります。そして、巡礼月は第12月です。決められたこの時にメッカへ行くのが、イスラム教徒の義務である「巡礼」で、「大巡礼」とも呼ばれます。それ以外の時期に行くのは「小巡礼」と呼ばれて区別されます。大巡礼の最終日となる第12月の10日に行われるのが犠牲祭です。
犠牲祭の始まりは、預言者イブラヒム(アブラハム)の逸話にさかのぼります。イブラヒムは、息子のイスマイルを「犠牲として捧げるように」という神のお告げがあったため、その言葉に従おうとしましたが、イブラヒムの信仰の深さを知った神はそれを止め、代わりに羊を犠牲にさせた、といいます。この故事にちなみ、羊、ヤギ、牛、中東ではラクダといった家畜を屠殺します。インドネシアではヤギと牛が多いです。
犠牲祭は神への服従、敬虔心を表し、「善行をなして功徳を積む」というほかに、貧しい人への福祉という意味合いもあります。経済的に余裕のある人は、家畜を購入して寄進しないといけません。大統領をはじめとする政治家や有名人は、各地の住民に家畜を寄進します。屠殺した家畜の肉は、貧しい人々に現物支給されます。特に昔は、貧しい人にとっては「年1回、肉を食べられる日」でした。
街中に出現する、ヤギ、牛売り場

犠牲祭が近付くと、ジャカルタの街中でも「ヤギ、牛売り場」が出現します。空き地にヤギや牛がつながれ、草を食べている姿が見られます。そうした売り場で品定めをして自分が犠牲にする家畜を選び、購入します。ヤギの値段は1頭200万ルピアぐらい〜、牛は1頭2000万ルピアぐらい〜。ヤギは1人で1頭を買いますが、牛は7人ほどで分担して1頭を買うこともあります。「7人で牛1頭」より「1人でヤギ1頭」の方が好まれるようです。
現在、オンラインショップを「kurban」「qurban」(犠牲)というキーワードで検索すると、ヤギ、羊、牛がたくさん売られています。しかし、「やはり自分の目で見て、健康状態などをチェックしないと」と考える人が多く、オンラインで買う人は少ないようです。

購入した家畜は、自分の所属するモスクへ運び込み、そこで番号札を付けられます。犠牲祭の日が来るまで、モスクで世話されます。
それぞれのモスクでは「犠牲祭実行委員会」が立ち上がり、経済的に困窮している人々の登録や、肉のクーポン券の配布といった準備が行われます。当日は、地域の男性たちが総出で、肉の切り分けや分配作業に当たります。

犠牲祭を見に行ってもいい?
犠牲祭の前夜には、モスクで「タクビラン」(takbiran)が行われます。タクビランとは「アッラーアクバル」(神は偉大なり)をひたすら唱和することを言います。子供も入って、交代で、徹夜でやります。犠牲祭当日の午前7時ごろから、犠牲祭の特別なお祈りが行われます。
家畜の屠殺が始まるのは、午前8〜9時ごろからです。今年(2025年)の犠牲祭は金曜日に当たり、昼間に金曜礼拝があるため、屠殺は翌日の土曜日から開始、というモスクもあります。
家畜の番号と寄進者の名前が読み上げられ、寄進者の立ち会いの下で業者が屠殺し、その後、地域の男性たちが肉を切り分けます。寄進者は「一番良い部位」を表す「右足」をもらうことが多いです。屠殺は1日がかりとなり、家畜の数が多い場合は翌日以降も続きます。
肉はクーポン券と引き換えに、経済的に困窮した人たちに優先的に配った後、残りを地域住民で分けます。1家族につき肉1キロ程度もらえることが多いようです。肉は、サテ(串焼き)、カレー、スープにして食べます。
屠殺は、外部者が見学することもできます。見てみたい場合は、屠殺の開始時間(午前8〜9時)ごろが最もにぎわうため、そのあたりにモスクへ行くと良いでしょう。逆に見たくない場合は、終日、外出は避けた方が無難です。犠牲祭はイスラム教徒の連帯感を高める重要な行事であり、モスクで行われるため、見に行く場合は短パンなどはやめて、服装に気を付けましょう。


