すし屋のカウンターに座る。その先においしい物が待っている、とわかっているのに、「人間力が試される」と思ってしまうぐらいに気後れしてしまうのはなぜなのか。しかし、現在、ジャカルタで大人気の板前、「鮨清」の神保朋彦さんは「お客様が食べたいように食べればいいんです。『刺身を切って』でも『今日はすしから』でも。親方には『柳のごとく動きなさい』と教わった。何でもかんでも許されるわけではないが、人には食べ物の好き嫌いもあるし、板前のごり押しは良くないと思う」と明快。「おいしい物を食べさせるのが僕らの仕事だから、食べ方を教えてあげることはあるけど……」。その関連で、「すしを置きっ放しにされるのが、板前は一番嫌いです。なるべく早く召し上がってください」。これも、できるだけおいしく食べるためだ。
「お好み」や「お任せ」は、脂の乗った物の次は淡泊な物、というように、ある程度のベースはあるものの、客の好みも、その日に食べたい物も違う。なので、客の表情や食いつきを見て、その時その時のインスピレーションを働かせながら、客によって品を変えて出している。客と板前の、言葉と言葉を使わないコミュニケーション、一対一の関係性こそが、すし屋ですしを食べる醍醐味なのだろう。
この日は、脂のうまみが凝縮したトロが最初に出され、インパクトのある幕開けだ。次はイワシ。「上からしょうゆをかけてあるから、そのまま食べてください」と手渡された物を一気に口に放り込む。う、うまい……。カンパチ、ヒラメ、タイの昆布締め、サバ……「次に何が来るかな? 何を出してくれるのかな?」というワクワク感がたまらない。道南のウニ、下関の関門ダコ、それぞれ絶品。もう何が来ても驚かないぞ、と思っていたのだが、富山の白エビにはびっくりした。富山でも希少な品。それがジャカルタにあるとは。
小ぶりのシャリはふわっと軽く、絶妙な握り具合。ネタにはそれぞれ丁寧な仕事が施され、一点の抜かりもない。合間に、「この穴子は九州の対馬海峡で捕れた黄金穴子。金色をしている。なかなか手に入らないんですよ。これを3時間かけてふわふわに炊いている」など、ちょっとした解説を挟んでくれるのが楽しい。
すし11貫に巻物と、量はそれほどでもなかったにもかかわらず、半端ない満腹感だ。すし1貫1貫に凝縮された本当に良い物を食べた満足感か。こんなすしカウンターが自分の人生にあったら、どんなに人生が豊かに、素晴らしくなることか、とまで思える。さぁ、思い切って鮨清へ行って、カウンターに座ろう。
インドネシア人記者の「鮨清」体験記
「鮨清」の取材。事前に「お好み」を予約てある。
鮨清に行くのは初めてだ。店の雰囲気には特に驚くようなことはなかったが、特別だったのは、カウンターのシェフの真ん前に、席がすでに用意してあったこと。「座るだけでいいのか? それとも、何かしないといけないのか?」と戸惑ったが、とりあえず座った。そうやって座ると、本当にここの店の客になったような「特別感」がある。
そこから、シェフの神保朋彦さんの握るすしが1貫ずつ、出された。早速、カメラを取り上げて写真を撮ろうとすると、「これ、写さなくていいです」と神保さん。えっ!! メモとペンを横に置いていた編集長も要所要所で「これは書かないでね」と言われている。「取材」のはずが、ただの「めちゃくちゃおいしいランチ」になってしまった。
しかし、すしはどれも絶品で、「これは写さないでね」といわれたすしが特においしかった。すしネタはほとんどが日本から。九州のタコ、北海道のウニ、富山の白エビ……ジャカルタのほかのすし屋では、恐らく、お目にかかれない物ばかり。想像以上に満腹になるので、是非、おなかを空かせて鮨清に行くべきです!
神保朋彦さん
鮨清 Sushi Sei
Plaza Senayan Parking Area 4th Floor, Jl. Asia Afrika No.8
Tel : +62(0)21-5725-510/520
11 : 30 – 14 : 00(土日祝17 : 00)、17 : 00 – 22 : 00