「運命の交換」 生死の明暗を分けた人たちの心を深く描く 【インドネシア映画倶楽部】第97回

「運命の交換」 生死の明暗を分けた人たちの心を深く描く 【インドネシア映画倶楽部】第97回

Tukar Takdir

飛行機の墜落事故でただ一人生き残った乗客。実は、その席に座るべきだった人は別にいた……。座席の交換は「運命の交換」だったのか。生き残った乗客や遺族の心理を実力者俳優たちが深く描き、「運命とは何か」を問いかける。

Tukar Takdir

文と写真・横山裕一

 2025年4月公開「戦場の都市」(Perang Kota)に続き、鬼才の女流監督、モウリー・スルヤ監督が放つ今年2本目の衝撃的な作品。些細な出来事が明暗を分けたかのようにみえたものは本当に運命の交換だったのか? 航空機事故で唯一生き残った主人公と犠牲者たちの遺族の心理を描く。

 物語は中スラウェシ州パル発ジャカルタ行きの旅客機が南カリマンタン州の山中に墜落する悲劇から始まる。同機には乗客と乗組員132人が乗っていたが、生存者はラワ1人だけだった。瀕死の重傷を負ったラワは事故のトラウマにも苦しむ。そこに訪れたのが事故犠牲者の妻、ディタだった。実はラワが事故機に搭乗した際、間違えて自分の指定席の隣に座ってしまっていた。その後、搭乗してきたディタの夫の指摘でラワは本来の隣の席へ移動しようとしたが、ディタの夫が「どちらも同じだ」とそのままラワの席に座った経緯があった。

 「どうして夫の席に座ったあなたが助かり、夫は死んでしまったの」

 ディタのやるせ無い一言を受けて、運命の悪戯に苦しむラワ。さらに航空会社の賠償金が遺族よりも生き残ったラワに高額が支払われていたことが発覚する。一方、事故機のパイロットの一人娘、ザラも父親を亡くした悲しみとともに、パイロットに対する責任追及の声や誹謗のデマに苦しんでいた。生き残った者と遺された者の3人は交流を通して、運命、人の命の価値、責任とそれぞれ葛藤を抱えていく……。

 本作品では航空機事故を通して、生き残った者と身内を失った者の心理が克明に描かれていく。遺族には「何故この人だけが生き残ったのか」という怒りや悲しみが起き、生存者は「何故自分だけが」という思いに苛まれる。作品での救いはお互いが会って話し、気持ちを伝え合うことで、立場や感情を相互に理解していくことだ。しかし、その先でも遺族には悲しみが残り、生き残った主人公も遺族を思うたびに自問自答が持ち上がる。

 一般に交通手段で最も事故の確率が低いのが航空機だといわれるが、一度事故を起こすとこの上ない悲劇が起きることを再認識させるとともに、被害者の遺族ら多くの人々を精神的に追い込んでいくことを本作品では淡々とながら克明に、見事に描かれている。

 物語では事故後、派手な展開などはないが、話題作を次々と手がけるモウリー・スルヤ監督の鋭い視点や、主人公役を演じるニコラス・サプトラをはじめ、マルシャ・ティモシーら実力派俳優陣の熱演で観る者の感情を揺さぶる。他の作品ではあまりみられない、論理や感情では測れない運命とは何かを改めて考えさせられる見応えある作品だ。是非、この機会に劇場で鬼才監督の優れた新作を味わっていただきたい。

インドネシア映画倶楽部 バックナンバー
横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
plus62.co.id