文・横山裕一

 

 映画が始まる。スクリーンに冒頭からインパクトあるカットが続く。怪しげな男が口笛を吹く口元のアップ、ギラつきながらも澱んだ瞳のアップ。一方で猿ぐつわをされうめき声を上げる少女の口元、縛られた手、怯えた目のアップ。これらのカットがフラッシュバックで積み重ねられる。

 同時にプロデューサーの名前がクレジットされる。連名で4人だが、うち3人は国家警察高官の肩書きがついていた。監修にも警察高官の肩書きが………やがてスクリーン中央に「提供:インドネシア国家警察広報局」と大きくクレジット。そう、この作品は国家警察自らが製作した警察映画だ。

 まさに警察アピールの作品かと気がそがれるが、前述のように冒頭から迫力あるシーンで観る者を惹き付け、ストーリーも他の刑事ドラマ同様、最後まで気を抜かせない。

 物語は主人公の女性捜査官アニサがジャカルタ首都警察本部北ジャカルタ署に転属するところから始まる。同署管内ではまさに十代少女の連続誘拐事件が起きていた。背後には人身売買のシンジケートが絡んでいた。

 誘拐された少女らは売春を強要され、あげくは海外へ人身売買される。一方、職場では新参者として同僚に疎外されながらも捜査に打ち込むアニサ。シンジケートの核心を突こうとする中、逆にアニサの最愛の妹が誘拐されてしまう………。

 作品に関する記者会見で、警察広報官は「多発する人身売買事件に対して、市民に警鐘を鳴らすため」と映画製作の目的を明らかにしている。またタイトル「ただの人として(HANYA MANUSIA)」の意味については「警察官もプロフェッショナルであると同時に、一般市民と同じく心を持った人間であることを理解してもらいたい」とのことのようだ。

 物語で、妹を誘拐されたアニサは心を大きく揺さぶられる。警察官であると同時に被害者の家族にもなってしまう。休養を促す上司。心の葛藤を抱えながらも冷静に捜査に打ち込もうとするアニサ。こうしたシーンを通して警察官も心を持った人間であると表そうとしたのかもしれない。

 「警察提供映画か」という気持ちを忘れさせてしまうのは、当然ながら映画製作のプロスタッフ陣(トゥパン・コバイン/TEPAN KOBAIN監督)と、主役を演じた中堅実力派女優、プリシア・ナスティオンの魅力ある演技によるところが大きいだろう。彼女はリリ・リザ監督の「ジャングル学校(SEKOLA RIMBA)」でも主役で好演している。

 前述のように、プリシアは職場でも同僚に馴染めず疎まれる役柄だ。しかし、そんな環境にめげず、男の同僚相手に肩で風切るように、データを基に自らの勘も働かせながら捜査を進める。日本でテレビドラマにもなった「ストロベリーナイト」を代表作とした、作家・誉田哲也作品の「姫川玲子シリーズ」の主人公をも彷彿とさせる。

 今回の事件でとりあげられた人身売買は、インドネシアでは依然深刻な問題である。貧困が原因による幼児売買、違法の臓器摘出売買、誘拐による売春強要、海外への人身売買。

 社会省の統計によると、人身売買による被害者は2016年から2019年6月までのわずか3年半で、4906人にものぼっている。この数字は事件発覚によるものであるため、実際には相当数に膨れ上がる可能性もある。

 警察当局によると、海外への人身売買先の多くは、サウジアラビアやスーダンなどの中東で、無報酬の家政婦となる場合が多いという。映画の物語だけでなく、実際の捜査でも犯罪撲滅に向けて検挙率を高めてもらいたいと願わずにはいられない。

 警察広報官によると「引き続き映画を通して(事件防止の啓発や警察への理解向上を)プロモーションしていきたい」としており、「警察提供映画」第2弾の可能性を示唆しているとも受け取れる。次回作があるとしたら、一部で依然汚職もあるとされる警察内部の自浄をテーマにした作品にしたら、一般市民の信頼回復や組織内の引き締めに効果がより上がるような気もする。

 公権力主導による鑑賞作品の制作は、かつての第二次世界大戦中の日本などのように、住民の思想操作、言論統制にもつながりかねず危険を伴うものでもある。しかし今作品は単純に勧善懲悪のものであり、そこまで考える必要はなさそうである。純粋な刑事アクションドラマとしては面白い作品である。

 

予告編

https://www.youtube.com/watch?v=HoEwMw2IAYQ

 

インドネシア映画倶楽部 第1回 「マルリナ〜ある殺人者の四幕〜」(MARLINA SI PEMBUNUH DALAM EMPAT BABAK)

インドネシア映画倶楽部 第2回 「アホックと呼ばれる男」(A MAN CALLED AHOK)

インドネシア映画倶楽部 第3回「トゥンコラック(ドクロ)」(TENGKORAK)

インドネシア映画倶楽部 第4回「ディラン1991」 (DILAN 1991)

インドネシア映画倶楽部 第5回 「我が素晴らしき肉体の記憶 (KUCUMBU TUBUH INDAHKU)」

インドネシア映画倶楽部 第6回 「メイの27ステップ (27 STEPS OF MAY)」

インドネシア映画倶楽部 第7回 「アンブ〜母(Ambuh)」

インドネシア映画倶楽部 第8回 「人間の大地(Bumi Manusia)」

インドネシア映画倶楽部 第9回 「追跡(Perburuan)」 日イ歴史の再認識

インドネシア映画倶楽部 第10回 「バリ ビート・オブ・パラダイス(BALI BEATS OF PARADISE)」 バリガムランとアメリカファンクのコラボレーション 

インドネシア映画倶楽部 第11回 「6.9秒 (6,9 DETIK)」 母への想いと自己との闘い

インドネシア映画倶楽部 第12回「ベバス(自由/BEBAS)」 90年代のノスタルジーと変わらぬ友情

インドネシア映画倶楽部 第13回 「愛は盲目(CINTA ITU BUTA)」 アジア融合のラブコメ

インドネシア映画倶楽部 第14回 「僕にイスラムを教えて(AJARI AKU ISLAM)」 宗教を越えた愛と現実

インドネシア映画倶楽部 第15回 「スシ・スサンティ ラブ・オール(SUSI SUSANTI LOVE ALL)」 国民的英雄の栄光と苦悩