【インドネシア映画倶楽部】第39回「マーリー」 犬を交えた定番ファミリードラマ

【インドネシア映画倶楽部】第39回「マーリー」 犬を交えた定番ファミリードラマ

2022-03-22

「マーリー」(Marley)

文と写真・横山裕一

 近年、ジャカルタでは主に中間層以上でペットブームが起きているようだ。以前はジャワ文化の影響で美しい鳴き声の小鳥くらいだったが、最近は日本と同じく犬や猫を室内で飼う人が増えている。西ジャカルタのショッピングモール、セントラルパークの中庭ではペット持ち込み可能となり、大勢の人がペットを連れて憩う姿が見られた。イスラム教徒にとっては犬は穢らわしい動物と見做されることが多いが、ブームの中、犬を飼うムスリムも増えている。地元報道によると、コロナ禍に入って人々の気持ちを癒すためにペットブームは拍車がかかっているという。本作品はこうしたペットブームを背景にしたかのような、定番といってもいいファミリードラマだ。

 物語は危うく精肉にされそうになった犬が業者から逃げ出すシーンから始まる。主人公は小学校教師のドニ。学校帰りにこの犬に餌を与えたのをきっかけにドニは犬と暮らし始め、自分が好きなミュージシャン、ボブ・マーレーから、マーレーと名付けた。ある日、校長との教育方針の違いから学校を辞め、ドニは算数塾を開く。当初生徒が集まらないもののマーレーの姿に励まされるドニ。元同僚教師の助けもあって塾は軌道に乗り始め、生徒の一人を算数コンテストに出場させることになる。会場で応援するドニ。しかし、会場入り口でマーレーを見つけた精肉業者が再びマーレーを奪い去ろうとする……。

 いわゆる「犬映画」他作品と比較すると、犬が大活躍することはない。しかし、あくまでも主人公に寄り添う存在であるところに、心の支えとなるペットの存在感を際立たせている。マーレーを介して、ドニと友人、生徒との交流も深まっていく。好感持てる努力家の青年ドニ、雑種だが愛嬌のあるマーレー、それに算数コンテストでのライバルや悪役として登場する精肉業者と、登場人物を含めてわかりやすく安心して楽しく観ることのできるドラマ展開だ。それだけに、終盤主人公に降りかかる災難は必要だったのかと思えてしまうが。

 本作品の悪役として登場する犬の精肉業者は日本では見られないインドネシア特有のものだ。キリスト教徒の多く住む地域、特に北スマトラ州を中心としたバタック民族などが犬肉を食用とする。しかし、全人口の約9割をイスラム教徒が占めるインドネシアでは圧倒的少数派でもあり、本作品内でもペットブームの中、精肉業者は気の毒にも悪役にまわっている。

 首都ジャカルタでもバタック民族が多く居住する地域に近い伝統市場などでは犬肉を扱う精肉業者やレストランがある。犬や豚肉を禁じられたイスラム教徒への配慮か、肉屋やレストランでは隠語であるかのように、犬肉を「B-1」、豚肉を「B-2」と呼ぶ。犬肉料理はくさみを取るためか多種類の香辛料で味付けされている。バタック民族の犬を食べる習慣は文化として各地のバタック民族コミュニティに息づいている。

バタックレストランでの犬肉料理
バタックレストランでの犬肉料理

 話は大きくそれるが、バタック民族のインディーズバンドが犬を食べる文化をユニークに歌う曲を紹介したい。近年大きな話題となったもので、パングラン(Panxgoaran)の「キャベツ」(Sayur Kol)という曲だ。

 歌詞の内容は「シボロンボロン地方へ行った時、大雨にあった。初めて来た地で途方に暮れていると、運良く同じ血筋を持つおばさんに出会って、家に来るよう誘われ、キャベツと犬肉を食べさせてくれた」というもの。シボロンボロンとは北スマトラ州の一大観光地で世界最大のカルデラ湖であるトバ湖の南側の地域である。単純な内容だが、ここにバタック族の大きな特徴、文化が表されている。

 バタック民族はインドネシアでは珍しく苗字(マルガ/ Marga)を持つ。マルガは約500種類あるといわれているが、それぞれ元を辿ると同じ血筋であることから、同じマルガを持っていたもの同士は初対面でも親戚同様の親しみを表すのがバタック民族の特徴だ。この曲でもおばさんは初めて会ったものの同じマルガだった事から雨宿りするよう自宅へ招いた。そして歓待した客に対して習慣的にもてなされるのが犬料理である。インドネシアではイスラム教徒が多数を占める事から一部批判もあったというが、同曲を歌うパングランは「バタック民族の文化・風習を歌ったものだ」と説明し、大きな論争には至っていない。

 2017年に発表された同曲は軽快なリズムとユニークな内容から、SNSを通じて大ヒットした。これに拍車をかけたのが幼い子供が同曲を歌った動画で、その可愛らしさから大きな話題ともなった。

 さらに面白いことに、さまざまなミュージシャンによって多様なバージョンが作られることになる。ジャワのダンドゥッ歌手によるバージョンはイスラム教徒の多い一般向けのためか、歌詞内の「犬肉を食べた」を「山羊肉を食べた」と変えて歌っている。同様に子供向けの歌バージョンでは子供の歌手が「鶏肉を食べた」に変えている。インドネシア人の何でも自分たちなりに楽しもうとするユニークさが伺える。


ダンドゥッバージョン

子供向けバージョン

 極め付けはアラブバージョンで、ついには「ラクダ肉」になっている。曲調もアラブ色満点で見物である。

アラブバージョン

 このほか、スカミュージックバージョンや本家バタック語バージョンなどもあり、同曲の人気ぶりとともに、インドネシアの人々の洒落気が感じとれる。今回は本題から大きく外れてしまったが、映画をきっかけにインドネシアの様々な文化と出会うことも映画の魅力の一つで、是非とも楽しんでいただきたい。

インドネシア映画倶楽部 バックナンバー
第1回 「マルリナ〜ある殺人者の四幕〜」(Marlina Si Pembunuh Dalam Empat Babak) 第2回  「アホックと呼ばれる男」(A …
plus62.co.id