文・写真 横山裕一

 新型コロナウイルスによるパンデミックの影響でインドネシアの映画館も3月下旬から閉鎖となり、映画館での鑑賞ができなくなったが、ようやく10月中旬にCGVが再開、11月中旬には最大手のシネマ21が再開となった。再開当初はインドネシアの新作が上映されなかったものの、今月に入ってようやく新作映画が登場した。

 約9カ月ぶりの映画館は感染防止のため、チケットは現金では購入できずカードか電子マネーを使用。上映館内に入る際も自分でチケットをちぎって半券を係員の持つ箱に入れる。座席も50%の入場制限のため一座席ごとにバツ印の表示が掲げられていた。もちろん、終始マスクは着用。さらには上記内容を含めた詳細な映画館内での感染防止対策のお知らせが新作の予告編とともにスクリーンに映される徹底ぶり。近年右肩上がりの興行成績を上げてきた映画業界だけに、これ以上の閉館は避けたいとの意向が伝わってくる。

定員の50%に制限された映画館の座席
定員の50%に制限された映画館の座席

 さて今回の作品は、今からほぼ2年前の2018年12月、ジャワ島とスマトラ島間のスンダ海峡で発生した津波によってメンバー4人中3人が命を失った、人気バンド「セブンティーン」(Seventeen)の結成から被災、現在までを描いた物語で、一部再現映像もあることから、ドキュメンタリードラマ映画とジャンル分けされている。

 「セブンティーン」は1999年ジョグジャカルタで結成。メンバーが高校生だったことから、当時の年齢からバンド名が付けられた。若者を中心に支持を集めた人気バンドで、映画タイトルの「昨日」も彼らの事実上最後となったアルバムに収録された曲名である。どこかで聞いたことがあると感じる方も多いであろう代表曲のひとつだ。

Kemarin

 2018年12月22日に発生したこの災害は、スンダ海峡にあるアナッククラカタウ山の大噴火に伴う火山の崩壊、崩落が原因とされる津波で、ジャワ島のバンテン州、スマトラ島のランプン州の海岸沿いの住民らが被害を受けたもの。死者は437人、行方不明10人、けが人約3万2000人と多数の避難民を出した。発生当時、津波が地震を伴うものでなかった上、夜の9時半前だったこともあり、津波が海岸に到達するまで誰も気づけなかったことが被害を大きくした。

 同作品のバンド「セブンティーン」も津波当時、バンテン州タンジュンルスンの海岸沿いで、海を背にした形に組まれたステージでライブコンサート中だった。筆者も津波発生の二日後に被災現場を取材したが、海岸沿いとはいっても、海面から約3メートルの高さの石垣の上が地上レベルで、そこに1メートル弱の高さのステージが組まれていた。当時ニュースで同バンドの被災シーンの映像を見た方もいるだろうが、演奏中、突然バンドメンバーの腰の高さほどの津波が背後から襲った。単純計算でも同バンドを襲った津波は通常の海面から5メートル近い高さに及んでいたことがうかがえる。

 映画ではセブンティーンメンバーとしては唯一生還したリードボーカルの「イファン」(Ifan)ことリフィアン・ファジャルシャ(Riefian Fajarsyah)さんをはじめ、スタッフや被害メンバーの遺族、元メンバーらのインタビューを中心に、被災当時の様子や被災後の状況、心情などが克明に語られる。

 イファンが数時間にわたって真っ暗な海で漂流を余儀なくされる迫真の証言も津波の怖さを実感するが、被災後の彼の心情の吐露からはセブンティーンのファンでなくとも涙を禁じえないほど、改めて災害が奪ったものの大きさを痛感させられる。

 バンドの全メンバー4人中3人が犠牲となり、さらには2年前に結婚した夫人も犠牲になったイファン。被災4時間前にホテルのプールで家族同士遊ぶバンドメンバーのビデオ映像を見ると、人の運命というものを感じないではいられない。イファンは悲しみとショックで心的外傷後ストレス障害(PTSD)のような状態となり、セブンティーンでただ一人残されたボーカルの彼は歌うことができなくなってしまう。

 イファンの気持ちを察して、静かに見守る同じ被災者でもあるスタッフら仲間たち。一方、イファンはどのように心の整理を、区切りをつけるべきか思い悩みながらも解決策を模索する……。

 最も精神的に参っているだろうにも関わらず、敢えてカメラの前で自分のありのままの苦しんでいる姿を隠そうともしない彼の姿に、心の中では辛くとも哀しみに打ち克とうと前向きな意志が確かに潜んでいるようにも思われ、観る者が逆に勇気づけられる。真実を映し出すドキュメンタリーならではの映像の強さである。まさに映画「昨日」(KEMARIN)は被災の悲しみに向き合う生の心象が克明に記録された稀有な作品だともいえそうだ。

 多くの命を奪い、被害を残したスンダ海峡津波の災害から約2年。追悼の意味も含めて、是非とも鑑賞していただきたい一本である。

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