「すべて、うまくいくでしょう」 心温まる、ジャカルタ下町の人情劇 【インドネシア映画倶楽部】 第125回 その2(クロスレビュー)

「すべて、うまくいくでしょう」 心温まる、ジャカルタ下町の人情劇 【インドネシア映画倶楽部】 第125回 その2(クロスレビュー)

Semua Akan Baik-Baik Saja

大都市ジャカルタのもう一つの姿である下町の情景を丁寧に、そして、そこで暮らす人々の人情をいきいきと描く。

文と写真・横山裕一

 首都ジャカルタは華やかな高層ビル街や高級ショッピングモール、高級住宅街やアパート群が立ち並ぶ一方で、それらを取り囲むように低所得者の住宅街が広がり、これがジャカルタの大部分を占めているのも事実だ。そこには日本の都市部ではすでに無くしてしまった、隣近所助け合いながら生活する姿が今でも存在している。本作品はこうした低所得者地域で暮らし、様々な困難を乗り越えようとするある家族を人情深く描く、ハートウォーミングな映画である。

 物語の主人公はルスン(Rumah Susun)と呼ばれる、低所得者用の団地で一人暮らしの男性、ラギット。定職に就かず、実家にも関心を寄せない若者だ。ある日、姉のムンタリがラギットの自宅を訪れて、洗濯や食事の世話をしてくれた。ムンタリは夫との問題で子供3人を連れて実家に戻り、母親や弟と暮らしていた。家族想いのムンタリはラギットに「たまには家にも顔を出しなよ」と優しい言葉を残して帰っていった。

 ある日、ラギットが久々に実家に立ち寄ると、驚くことに姉のムンタリが急死していた。心臓発作だったという。ラギットの妹で一人暮らしのビンタンを含め、皆涙しながらムンタリの身を清めていた。言葉を失うラギット。

 ムンタリが突然いなくなったことで、遺された3人の子供を誰が世話するかという問題がわきあがる。兄弟らが逡巡する中、ラギットらの母親ウィダが引き受けることに。亡き姉への想いもあり、せめてもの手伝いとラギットは子供たちの学校への送迎を引き受けた。しかし子供たちの年長である少女マリカは、母親がいつもラギットを心配していたことが急死の一因であると考え、ラギットを憎んでもいた……。

 物語では様々な問題が起きる。マリカの進学や学費をはじめ、ラギットの妹ビンタンの生業、ムンタリの子供でダウン症の末っ子が近所の子供から受けるイジメなど。さらにはムンタリが実家に戻った後も、夫はムンタリの母親名義の家に別の女と住み続けていた。

 こうした貧困ゆえの問題をはじめ、家族間のわだかまりやそれぞれが抱える悩みに直面し、どう立ち向かい解決していくかが本作品の見どころの一つでもある。その大きな要素が母親の大きな愛情であり、家族メンバーそれぞれの根底に流れる信頼感と思いやりで、見る者を温かい気持ちにさせてくれる。インドネシアの都市部では近年、核家族化が進み、親子兄弟や親類との関係も希薄になりがちだが、本作品ではかつて家族を顧みなかったラギットを通して、崩壊しそうな家族の再生への願いが描かれている。

 本作品のもう一つの見どころが、舞台でもあるジャカルタの低所得者層が生活する空間の描写だ。日本の中古車両導入で日本でも有名になった通勤電車、首都圏鉄道(コミューターライン)の線路脇に主人公家族の実家がある。ジャカルタでは高層ビル群の周辺にオレンジ色の屋根の平屋住宅が立ち並び、低所得者層の生活圏が形成されているが、特に河川沿いや海岸沿い、そして線路脇に貧しい人々が集まって生活している。かつて地方からの移住者が生活場所を求めて、行政や国鉄の所有地などに住み始めた場合が多いといわれている。

 家の脇を数分ごとに通り過ぎる通勤電車による騒音と揺れ、生活の利便性のため踏切でない場所で線路を横切ることの常用化、低所得者地域だけに集まる安価なカキリマ屋台など、作品内では非常にリアルに描かれている。現在、ジャカルタ州政府も一部で線路周辺の住民を立ち退かせて団地への移住を進めるなど、決して平穏で安全な環境とはいえないが、そこでは似たような境遇で線路脇に集まった住民たちがお互いに助け合って暮らしていて、その様子は実際に頻繁に垣間見ることができる。本作品ではまさに首都ジャカルタのもう一つの顔である、等身大の情景描写が再現されているようでもあり、印象深い。

 住民間の助け合いとしては、主人公ラギットが住む低所得者用の団地のシーンでもコメディ調に演出されてはいるが、ラギットを襲う男性から近所の住民らが次々と手助けしようと試みる姿からも見受けられる。貧しい環境の中、様々な問題が噴出するが、人々の人情や思いやり、助け合いがあればこそ、作品タイトル通り「すべて、うまくいくでしょう」ということなのだろう。筆者は線路脇にある映画館で鑑賞したが、作品終了後、30人ほどの観客から拍手が沸き起こった。同じ線路周辺に住む者としての共感からだとも思われる。

 監督は俳優のバイム・ウォン。同じく俳優でありながら2026年初監督作品「膝の上」(Pangku)で高評価を受けたレザ・ラハディアンを主人公に配役し、同作品で好演した大女優クリスティン・ハキムも出演させているところも興味深い。バイム・ウォンは映画「モアンマル・エムカのジャカルタ・アンダーカバー」(Moammar Emka’s Jakarta Undercover/2017年作品)では野心を剥き出しにしたギャング役を、映画「べバス/自由」(Bebas/2019年作品)ではコミカルなオカマ役を好演するなど、名バイプレーヤーだが、今回の初監督作品では彼の繊細で人間味ある視点が上手く映像化されているといえそうだ。

 心温まる、ジャカルタ下町の人情劇を是非劇場で味わっていただきたい。外国人にとっては、住んでいてもなかなか見る機会のないジャカルタの素敵な世界が広がっている。

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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