「ゴウォック〜ジャワのカーマストラ」 ジャワの伝統文化に生きる女性の数奇な運命 【インドネシア映画倶楽部】第90回

「ゴウォック〜ジャワのカーマストラ」 ジャワの伝統文化に生きる女性の数奇な運命 【インドネシア映画倶楽部】第90回

Gowok Kamasutra Jawa

タイトルからして興味をそそられる。「ゴウォック」とは一体何か? 普段知ることのできないジャワ文化の一面を認識できる良作品。インドネシアでも話題になり、映画館でロングラン中だ。

文と写真・横山裕一

 芸能や儀式とは異なるジャワの特殊な伝統文化、慣習を舞台に、そこに生きる女性の数奇な運命を描いた一代記。実話を元にした作品でもある。2025年ロッテルダム国際映画祭でも上映され、劇場でも長期上映が続く話題作だ。

 ゴウォック(Gowok)とは、主に中ジャワ州で続く伝統的な慣習名であり、その慣習を行う人を指す言葉でもある。結婚を控えた息子の両親が結婚準備の一環として息子をゴウォックに預ける。ここで男性は数日間滞在し、新妻をいかに満足させられるか夜の営みの指導を受けたり、いかに妻を大切に扱うか作法を伝授されるという。この伝統慣習は現在も一部地域で残っているといわれている。

 物語の主人公は生後間もなく、ある事件で両親を失った女性、ラトゥリ。事件後、ゴウォックでもあるサンティに引き取られて育ち、館の手伝いをしながら将来はサンティの継承者とみなされていた。

 時は1950年、サンティの館に地元名士の息子カマンジャヤ(ジャヤ)が預けられる。ジャヤはサンティに指導を受ける一方で、食事の世話や洗濯をする若いラトゥリに恋をする。やがてラトゥリもこれを受け入れ、ジャヤは結婚を前提にいずれ迎えに来ると約束して館を去って行く。しかしその後、ジャヤが貴族の娘と結婚したことを知り、嘆き悲しむラトゥリ。当時彼女はゴウォックの継承者候補ではありながら、その仕組みや詳細はまだ理解していなかったためだ。

 時はすぎて1965年、ラトゥリはサンティからゴウォックを受け継いでいた。ある日、館に新たな依頼者として貴族の親子が訪れる。しかし、息子を連れた父親はなんとあのジャヤだった……。

 ゴウォックという伝統慣習は15世紀初頭、大航海の途中ジャワを訪れた中国の鄭和(インドネシアではチェンホー)の船に同乗していた中国人女性、ゴー・ウォック・ニアンが伝えたとされている。作品内では教書として、ワヤン(ジャワ伝統の影絵芝居)に登場するようなキャラクターによる挿絵が紹介されていて、専門的には不明だが、ジャワヒンドゥー教の影響を受けた文化的下地が折り重なっているようにも受け取れる。サブタイトルにジャワのカーマストラと銘打たれている所以でもあるようだ。全体的に静寂感を帯びた映像作りもジャワの伝統的な雰囲気を醸し出している。

 作品は興味本位に走るものではなく、主人公である女性の一途な生き方が描かれる。暗い過去を持ち、特殊な環境で育ちながらも、一人の女性、人間として真っ直ぐに生きようとする姿には共感を受ける。恋に敗れ失意の時に知った、女性の自立のため教育を進める女性団体に関心を示し参画していく姿も興味深い。さらに時代背景として、1965年に起きた9・30事件(共産党系将校によるクーデター未遂といわれる事件)に伴う赤狩りも関連して、物語に時代的な厚みを持たせている。

 本作品で筆者もゴウォックというジャワ伝統文化を初めて知ったが、観光関連などの書物では知り得づらいジャワ文化を学べるのも映画の魅力の一つだ。筆者が鑑賞した時はすでに公開後1カ月だったが、劇場の半分以上が埋まるほど多くの人が観に来ていた。公開は残りわずかかもしれないが、是非鑑賞していただきたい。

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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