「膝の上」 コーヒー店で働くシングルマザー ジャワの雰囲気あふれる傑作 【インドネシア映画倶楽部】第101回

「膝の上」 コーヒー店で働くシングルマザー ジャワの雰囲気あふれる傑作 【インドネシア映画倶楽部】第101回

2025-11-07

ジャワ島北海岸の漁村を舞台にした見応えのある作品。インドネシアの人気俳優レザ・ラハディアンが監督を務める。初監督作品とは思えないほど、ジャワの雰囲気あふれる映画らしい映画であり、国内外での評価も高い。

Pangku

文と写真・横山裕一

 ジャワ島北海岸の漁村を舞台にある女性の生き様を描いた、情感あふれる作品。インドネシアを代表する俳優、レザ・ラハディアンの初監督作品だが、登場人物の感情とジャワの漁村の雰囲気が噛み合って、見応えある作品に仕上げられている。

 物語は身籠ったシングルマザー、サルティカが仕事を求めて、ある漁村に辿り着くところから始まる。街道沿いにある遊興街の並びのコーヒー屋台まで来て疲れ果てたサルティカは、老いた女性店主マヤの計らいで屋台で働き始める。漁港に面した店主の自宅での、店主の夫とサルティカの三人暮らしが始まり、やがてサルティカは無事出産する。しかし出産後、女性店主マヤはサルティカに対し、コーヒー屋台で常連客の脇に座って接待することを要求する。マヤに恩義のあるサルティカは他に行くあてもないため泣く泣く了承する。

 一方、サルティカの子供バユは順調に育つが、小学校入学の登録をしに行くと、父親がいないと入学できないと断られてしまう。我が子のために思い悩むサルティカ。そんな折、サルティカはコーヒー屋台の常連客の一人でトラック運転手のハディと出会い、お互いに惹かれあっていく……。

 作品内で登場する、コーヒー屋台でのサービス形態、コピ・パンク(Kopi Pangku)とは、文字通り、店の女性が客の膝に座るような接待を行い、コーヒー代とは別にサービス料を求めるもので、ジャワ島各地に実在するという。本作品タイトルは「膝の上」だが、これだけでなく、主人公サルティカが子供を膝に抱き抱えたり、サルティカが悲しみに耽る時、母親代わりのような女性店主マヤが同様に慰めることから、「膝の上」は母親の優しさを象徴したものだといえそうだ。また、さまざまな困難を乗り越えて母親として生き抜く主人公の姿から、「膝の上」からは母親の優しさだけでなく、強さも伝わってくる。

 前述のようにこの作品は数多の作品に出演する人気俳優、レザ・ラハディアンの初監督作品で、物語も自らの発案で脚本も共同参加している。また自らは端役でも一切出演していないところに同監督の作品にかける意気込みが感じられる。そのためか、寂れた街道沿いの夜の遊興街やコーヒー屋台、漁港の様子や漁村での人々の生活など、的確なカットの積み重ねで雰囲気たっぷりな情景を味わうことができる。また2000年前後の貧しい漁村という設定から、携帯電話なども一切登場せず、近年の作品ではかえって新鮮な印象も受ける。一方で出演する、主人公役のクラレスト・タウファンはじめ、大御所のクリスティン・ハキムやフェディ・ヌリルら豪華俳優陣の感情の機微を見事に表現する演技も見どころの一つだ。

 初監督作品とは思えないほど、ジャワの雰囲気あふれる映画らしい映画でもあり、すでに海外の国際映画祭でも複数受賞したほか、2025年のインドネシア映画祭でも作品賞など7部門にノミネートされるなど評価も高い作品だ。是非この機会に、映画を知り抜いた「新監督」の傑作を劇場でご覧いただきたい。(英語字幕なし)

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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