びーと(名取敬)さんの「今月の一杯」は、日本のラーメン道場での修行の様子をお届けします。2週間泊まり込みで、毎日10杯近く作っては試食する日々。スープから麺まですべて自分の手で作ったラーメンを食べるのは至福だったとのこと。ジャカルタの店「むかん」に修行の成果が活かされるのが楽しみです。

文と写真・びーと(名取敬)
2026年6月、日本でラーメン道場に通って、ラーメンの作り方を一から勉強してきました。道場は千葉県八千代市。実家から電車とバスで片道1時間半くらいなので、通えない距離ではありません。ただ、毎日それを往復するのはさすがにきつい。ということで、今回は道場に2週間泊まり込むことにしました。
費用は60万円以上。なかなかの金額です。今まで数千杯のラーメンを食べてきて、「食べる側」としてはそれなりに自信がありました。でも、作る側としてもちゃんと自信を持ちたい。そう思って、一から勉強し直すつもりで申し込みました。コースは15日間。多くの人は7日間コースを選ぶようですが、どうせやるならとことん勉強してやろうと。夜中に酔って帰宅しそのまま申し込んだので、だいぶ勢いのせいもあったんでしょうね。シラフじゃ無理だったかも(笑)。

初日は座学から始まりました。ラーメンの基本構成や、経営についての勉強です。ラーメンは感覚だけで作るものではなく、かなり科学の部分があります。たとえば昆布に多いグルタミン酸と、肉や魚に多いイノシン酸。これらを組み合わせることで、うま味がぐっと強くなります。ただ「おいしいものを足せばいい」という話ではなく、どう組み合わせると効果的なのか、その割合も含めて学びます。
塩分濃度の計算もありました。小学校の時にやった「食塩水の濃度の計算」を思い出しました。まさか大人になって、ラーメン作りで再会するとは。経営の話では、開店直後の「オープン景気」が終わったあと、売上が落ちた時にどうするか、という話がかなり役に立ちそうでした。お店は開けた瞬間だけ盛り上がっても仕方ありません。むしろ、そのあとが本番です。これは自分にとってもかなり現実的な話でした。
2日目から5日目までは、毎日違うスープを炊く実習です。鶏と豚、澄んだあっさりスープ、白く濁ったこってりスープ。それぞれの作り方を学びました。毎朝、骨の下処理から始まります。鶏なら3〜4時間、豚骨は6時間以上。鍋の前で、ひたすらスープと向き合います。



白く濁った豚骨や鶏白湯は、強火でガンガン炊いていくイメージです。一方で、澄んだスープはかなり繊細です。温度を見たり、アクを取ったり、途中で油を分けて保管したり、思った以上に作業が多い。インドネシアで白湯系のラーメンはよく見かけるのに、おいしい清湯に出会うのが難しい理由が、少しわかった気がしました。
スープが出来るまでの時間も無駄にはできません。まずは製麺です。毎日2〜3種類の麺を打ちました。細い麺、太い麺、水を多く含んだもちっとした麺、逆に水分が少なめでポキッと歯切れの良い麺。切り方が独特な、家系や二郎系のような麺も作りました。この家系と二郎系の麺は、インドネシアでしっかり再現できている店には、まだ出会ったことがありません。麺作りは本当に奥が深いです。ハマってしまう人がいるのも、よくわかりました。僕らも将来的には、自家製麺ができたらいいなあと強く感じました。



もうひとつ大事なのが香味油です。ラードや植物油に食材を入れて、低温でじっくり香りを移します。ラーメンを食べる時、この香味油が印象を大きく左右することは、食べる側としてもよくわかっていました。そして、ジャカルタのラーメンで弱いのも、この油だと思っています。今回は海老、貝、煮干し、鰹の厚削り、ネギ、ニンニク、大葉、みょうがなど、いろいろな油を作りました。


こうして出来た麺と油を組み合わせて、そこにタレを足せば、汁なしの油そばが簡単にできます。道場にはタレが何種類も用意されているので、組み合わせは無数です。これが、びっくりするほどおいしい。研修中は毎日10杯近く試食します。もちろん全部を完食するわけではありません。でも、好きなタイプの味だと、ついつい食べすぎてしまいます。これは危険です。


チャーシューも学びました。低温調理、煮豚、吊るし焼き。特に、自分の大好きな吊るし焼きは、ぜひ僕らの店でも取り入れてみたいと強く感じました。スープができると、いよいよ汁ありのラーメンも食べられます。骨の下処理から始まり、スープを炊き、麺を打ち、油を作り、チャーシューも仕込む。全部、自分の手で作ったラーメンです。これが本当においしく感じるんです。今まで食べたどんなラーメンよりおいしい、というと言い過ぎかもしれません。でも、その時の気持ちとしては本当にそうでした。至福のひとときです。




6日目から8日目あたりは、少し特殊なラーメンも教えてもらいました。鴨のスープ、ヴィーガンラーメン、担々麺、冷やしラーメンなどです。特にヴィーガンはおいしかったです。ジャカルタにもヴィーガンラーメンのお店はありますが、昆布や椎茸のスープが中心で、正直あまり強く印象に残るものはありませんでした。今回は、じゃがいもをすりおろしてヴィシソワーズ風に仕上げるタイプ。少し洋風ではありますが、味は今まで食べたヴィーガンラーメンの中で一番でした。
ヴィーガン需要はジャカルタでも多いそうなので、これは少しやってみたい気持ちがあります。冷やしラーメンも面白そうです。冷やし中華ではなく、冷たいラーメン。ジャカルタではまだ少ないですし、暑い国なので可能性はありそうです。担々麺は定番商品ですが、やはり人気があるから定番なのだと思います。

ここまで、毎日10杯近く試食する日々です。せっかく千葉に泊まり込むのだから、普段行けない千葉の名店を食べ歩こう。そう思って事前に少し計画も立てていました。でも、無理でした。疲れと満腹で、夕方から出かける気になりません。体感では、10キロくらい太った気がしました。ところが、帰宅後に体重を測ったら、道場に入る前とほとんど変わっていませんでした。たぶん、お酒を飲まなかったことが大きいと思います。研修中、別に禁止されていたわけではありませんが、まったく飲みませんでした。ジャカルタでも、宅飲みをやめた瞬間から10キロ以上体重が落ちました。どうやら僕のカラダの大部分は、酒で出来ているようです。


食べる側でいる時は、完成した一杯を見て「おいしい」「好き」「少し違う」などと感じます。でも作る側に回ると、その一杯の前にある骨の下処理、火加減、麺、油、タレ、仕込みの積み重ねが見えてきます。食べることも楽しいですが、作る側を知ると、ラーメンを食べる目も少し変わり、解像度が上がった気がします。
次回は、卒業時に講師陣や職員の方に食べてもらう「卒業ラーメン」作りを中心にお話します。
びーと(名取敬)
日本やジャカルタでラーメンの食べ歩きをしている「ラヲタ」。2026年2月、南ジャカルタの「スミトマス」に牡蠣塩ラーメンの店「むかん」をオープンし、「食べる側」だけでなく「作る側」になった。

