「インドネシア料理の遊園地」、色とりどりのおかずが並ぶカキリマ 水柿その子さんの「私のイし(インドネシア推し)」  

「インドネシア料理の遊園地」、色とりどりのおかずが並ぶカキリマ 水柿その子さんの「私のイし(インドネシア推し)」  

2025-02-06

東京在住の編集者、渡辺尚子さんが編集発行し、大きな反響を呼んだ「イし本(「インドネシアの推しを語りつくす本)」。+62で、その「続編」を始めます。「私のインドネシアの推しを語る」→「私のイし」です。連載第1回、水柿その子さんの推しは「カキリマ」(移動屋台)。ぴっかぴかのバットにインドネシア料理がずらーっと並び、それは屋台を超えたレベル。あなたはどのおかずを選びますか?

どれにしようか?
どれにしよう? 定番以外のメニューは毎日、少しずつ変わる。「間違い探し」のようですが、トップ写真と見比べて、並んでいるおかずの種類が変わっているのがわかりますか?

文と写真・水柿その子

MRT出入口近くの人だかり。行ってみたら……

 ある日、家から最寄りの地下鉄(MRT)駅の、いつも使う出入口の反対側に、やけににぎやかな塊があることに気付いた。塊イコール人だかり。朝の通勤のこの時間帯、人だかりが出来る小さな一角といえば「あれ」しかない。おいしい物だ。食堂か、行商か。しかし、乗るはずの列車が来る時刻で、「あれ」が何かを確認する時間がない。その日は、気になりすぎる人だかりを後ろにしてMRTに乗った。

 次の日。「おいしい物を探しに行くのだ」というモチベーションで、目覚まし時計などなくてもしっかりと目が覚めた。いつもならダラダラと「いかに家を出る時間ギリギリまでゆっくりと怠けるか」を考えている朝、コーヒーを入れてお風呂に入って着替えてという一連のルーティーンもシャキシャキとこなす。目標があると人は頑張れるもの。いつもより20分早く家を出た。いざ出陣だ。

 自宅からMRT駅まで徒歩25分。急ぎ足ならもう少し早く着くのだけれど、朝はなるべく汗をかかないようにゆっくり歩く。しかし今日は、足並みも軽快だ。一刻も早く、あの気になる一群の中に混ざらなければ。待ち受けるのはブブールアヤムかナシウドゥックか。期待が高まるにつれ、さらに速足になる。

 いつものMRTの出入口に着いた。例の人だかりは駅の反対側の出入口付近だから、そこからさらにエキストラ数十メートル歩くことになる。第三コーナーを曲がり切った最後のラストスパート、ゴールは目の前に迫っている。ついに、その目標に到着した。気分はサラック山の登頂だ。ホォ~レェ~。心の中で「メラ・プティ」(インドネシア国旗)を振った。

 この日もすでに行列が出来ていて、人の背中越しに見ると、それは食堂でもなく、行商の果物売りでもなく、ブブールアヤムでもナシウドゥックでもなかった。目にも鮮やかな色とりどりのおかずが所狭しと並べられた、ありとあらゆるインドネシア料理が集まった、インドネシア料理の遊園地のようなカキリマ

ずらーっと並ぶおかずの数々。定番以外、メニューは日替わり
隙間なく並んだおかずの数々

 「アヤムなんちゃら」だけでも、焼き物、揚げ物、煮物、炒め物と数種類。インドネシア料理に欠かせないテンペやタフも衣のあるなしで数種類。魚料理も、揚げたの、あんかけに絡めたの、サンバルで和えたの、煮たの。「ご飯の友」的なスパイスたっぷりな炒め物系も数種類。モヤシ炒め、白菜炒めといった野菜料理も優に4、5種類。こ、こ、これはすごい。ざっと数えただけでも全40種類はある。どれもおいしそうで、うっすら湯気が立っているものもある。あまりのおかずの豊富さに見入ってしまった。

赤いご飯とおかず、締めの合図は「サ・ン・バ・ル」

 お客さんたちはMRTに乗る前か、降りたところか、はたまた近所の人たちか、ここで朝食用か昼食用のご飯を買うのが日課の人たちなのだろう。6、7人は並んでいる。朝の忙しい時間帯といえばだれもが1分1秒を惜しむはず。それでもこれだけの人数がここでご飯を買うという人生の選択をしているということは、絶対においしいに違いない。「ゴーーン」戦いのゴングは鳴った……いや、戦いというのは、自分の中で何を食べようかな、を選ぶ戦いなわけで、押し合いへし合いの奪い合いをするわけではない。

 実際、行列に並んでいる人たちは静かに冷静に順番を守っている。インドネシアのカキリマでいまだかつて見たこともないレベルで、恐ろしいほど冷静に。この秩序を守らせているのは恐らく、ここの店主のお姉さん。色白でぱっちりとした目。なんとなく日本人にも顔が似た、スンダ人っぽい色白で、キレッキレの「スーパーできる女将風」のお姉さんである。着々と淡々と、不要な薄ら笑いはせず、ひたすらにオーダーをこなす。「シアパラギー」。次の人を呼ぶ声だ。

 順番待ちの末、ようやく自分の番が来た。注文方法は前の人たちを見て学習していたから、あとは実践だ。「ナシプティー アタウ ナシメラー」。ご飯は白米と、健康に良い赤いご飯から選ぶことができる。赤米のご飯はマナド料理や健康志向のカフェなどにはあるけれど、まさかカキリマにあるなんて……感動的だ。だからチョイスは赤いご飯である。量も1人前かその半分かを選べる。躊躇(ちゅうちょ)なく1人分と答える。おかずは、野菜炒め、ゆで卵、お豆腐の揚げたの(タフゴレン)、テンペゴレン、その他。そして最後に告げる「サ・ン・バ・ル」。それが「〆」の合図だ。

 お姉さんは赤いご飯と注文されたおかずをくるくるっと慣れた手つきで、ものの見事に油紙で包んでビニール袋に入れて手渡してくれる。「どぅあでらぱん」。支払いはQRコードでポチッ。2万8000ルピアの決済が完了したら、画面を見せてありがとねーー。勝ったんだ。戦いに勝ったんだ。いや、単純にお昼ご飯を買ったんだ……。ずっしりと重いご飯の包みを持って、いつもと違う、初めて使うMRTの出入口の階段を登った。

テキパキとおかずを取ってくれるお姉さん
テキパキとおかずを取ってくれるお姉さん
ナシメラ(赤いご飯)、テンペ、タフ、イカなど
ナシメラ(赤いご飯)、テンペ、タフ、イカなど。おいしい!

「卵3個だけ」でもOK。屋台は自由

 この日以降、毎日20分早く家を出て、お昼ご飯は大体、このカキリマで買うようになった。始業前に食べるちょっとした朝食や、あまりおなかが空いていない日の栄養補給用の「ゆで卵のサンバル和え」3個だけ、とか、とにかく何でも選べて買える。カキリマは自由だ。おかずのバリエーションは尽きず、定番おかずは固定で、野菜、汁物、煮物などの副菜は毎日少しずつ入れ替わる。だから飽きないし、選ぶ楽しみが加算される。

 通うようになって、観察してみて気付いたのだけれど、原価の低い内臓や鶏の足などの食材も絶妙にうまく取り入れた、他では見たことがない料理もある。きっとこうやって、おいしい上に値段も低く抑えて、懐にも優しくしているんだろうな、そりゃ人気のはずだよ。

 おかずの豊富さ、お姉さんのチャキチャキさ、順番を待つ客の礼儀正しさ、立地、安さ、プロフェッショナリズム、すべてにおいてレべチ過ぎるこのカキリマのおかげで、お昼ご飯の楽しみが出来て、仕事のやる気も幸せ度もQOLも爆上がりの毎日を送っている。

ちゃんと「カキリマ」なのです
ちゃんと「カキリマ」なのです。ミーアヤム店の前のスペースを、朝だけ間借りしているよう

水柿その子(みずがき・そのこ)
米国ロードアイランド造形大学卒、 2001年からジャカルタ在住。「旅は人生、人生は旅」を信条とし、企画、添乗、講演などを行う「旅行の人」。旅とアートのクリエイター、ライター。

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