「ラウトは語りかける」 インドネシアの負の歴史、二度と繰り返さないために 【インドネシア映画倶楽部】第146回

「ラウトは語りかける」 インドネシアの負の歴史、二度と繰り返さないために 【インドネシア映画倶楽部】第146回

映画は時代を映し出す鏡。学生デモが再加熱する中で、まさにタイムリーな作品だ。改めて言論の自由とは何か、公正な社会とは何かを考えさせられる。30年前の事件をなぜ敢えて映画にするのか、映画館で感じ取っていただきたい。必見の作品だ。

Laut Bercerita

文と写真・横山裕一

 スハルト大統領による長期独裁政権末期の1990年代、政府による弾圧を掻い潜りながら言論の自由、民主化を求めて活動し続けた若者たちを描いた話題作。当時、国軍特殊部隊が関与した「民主活動家13人誘拐行方不明事件」を通して、民主的な世の中とは何かを改めて問う意欲作でもある。

 タイトルのラウト(Laut)は主人公の名前だが、インドネシア語で「海」の意味でもあり、物語終盤のキーワードでもある。海が、主人公ラウトが何を語りかけるのか。

 ラウトは記者の父親、フォトグラファーの母親を持ち、子供の頃から社会に関心を持って育った。ジョグジャカルタの大学に進んでからは社会のあり方を問う執筆を始め、民主化を求める学生運動のグループに参加する。その後、活動の場をジャカルタなどに移すが、一方で治安当局による取締も厳しさを増していった。

 そんなある日、ラウトと仲間数人が何者かに拉致され、音信が途絶えてしまう……。

 本作品は同名タイトルのベストセラー小説(A.S. CHUDORI著)の映画化で、1990年代のスハルト独裁政権時代から、同大統領の辞任に伴う民主化の時代以降までが描かれる。物語の主軸でもある「民主活動家13人誘拐行方不明事件」は、スハルト政権時における民主化運動弾圧の一環として1997年から1998年にかけて起きた事件で、その後、陸軍特殊部隊のバラ組(TIM MAWAR)が実行犯だったことが明らかになっているが、全容解明には至っておらず、誘拐された民主活動家13人の行方も未だわからないままである。

 作品では言論の自由がなかった時代がどのような時代であったかが克明に描かれる。不当な施策に対して声を上げられない弱い立場の住民たち、民主化を求める学生ら活動家の勇気と抵抗。そして、治安当局による容赦のない弾圧と人権侵害。本作品はインドネシアの民主化前夜に起きた負の歴史の記録でもある。

 2026年10月末、景気悪化に伴い、政府の経済政策の改善を強く求める学生デモが再加熱している。現政権のプラボウォ大統領はかつて国軍高官で、奇しくも民主活動家行方不明事件に関与した疑いがあったことなどから、その後軍籍を剥奪された人物でもある(2024年ジョコ政権時に実質的に名誉回復している)。こうした中、上映が始まった本作品はまさにタイムリーでもあり、改めて、言論の自由とは何か、公正な社会とは何かを考えさせてくれる。

 折しもインドネシア民主化から約30年たった今、民主化の後退が叫ばれているだけに本作品が語りかける内容は重要な意味を持っているといえそうだ。

 本作品の監督は実力派のヨセップ・アンギ・ヌン監督で、動画サイトの映画チャンネルでのインタビューで、「かつてインドネシアで何が起きたかを知ってもらうため、そして二度と繰り返さないために」と制作動機を語っている。同監督は本作品以外にも、民主活動家行方不明事件の被害者の一人で詩人のウィジ・トゥクルの当局からの逃亡を描いた傑作「言葉に出すのはやめておこう」(Istirahatlah Kata-Kata/ 2016年作品)も制作している。

 同事件を描いたものとしては、行方不明のままのウィジ・トゥクルの行方を探す家族を描いたドキュメンタリー映画「草根の唄」(Nyanyian Akar Rumput/ 2020年作品、ユダ・クルニアワン監督)もある。このように事件から20年、30年経っても同事件が映画として扱われる背景には、重大な人権違反事件の解明を求める声とともに、民主化を守ろうとする声、公正な社会を求める声がいまだに根強く存在しているためだといえそうだ。

 作品では主演ラウト役を演じた俳優、レザ・ラハディアンの熱演が印象的だ。彼自身、直近の学生デモにも参加するなど、度々デモに姿を見せているだけに、本作品に対する思い入れが強かったことが窺える。このほかラウトの両親役にクリスティン・ハキムとアルスウェンディ・ブニン・スワラ、活動家の同志役にディアン・サストロワルドヨなど、主役級の豪華な俳優陣が脇役を固めているところも見所の一つである。

 映画は時代を映し出す鏡でもあるが、30年前の出来事を何故あえて今の時代に映画にするのかを是非とも劇場で感じとっていただきたい。必見作品の一つだ。

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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