「スシ・スサンティ ラブ・オール」 国民的英雄はいかに生まれたか。少数派への差別の批判も 【インドネシア映画倶楽部】第15回

「スシ・スサンティ ラブ・オール」 国民的英雄はいかに生まれたか。少数派への差別の批判も 【インドネシア映画倶楽部】第15回

2019-10-28

Susi Susanti Love All

インドネシア初のオリンピック金メダリスト、バドミントンのスシ・スサンティ選手。インドネシアの国民的英雄がいかにして誕生したのか。政治に翻弄されてきた中華系インドネシア人の現実も克明に浮き彫りにしている。

文・横山裕一

 インドネシア初のオリンピック金メダリスト、バドミントンのスシ・スサンティ選手の現役時代を、周囲からの愛と時代の苦悩を交えて描いた作品。国民的英雄である彼女は、2018年インドネシアで開催されたアジア大会でも聖火を灯す役割を果たしている。

 スシ・スサンティ(48歳)は、92年のバルセロナ五輪で女子シングルスで金メダル、96年アトランタ五輪で銅メダルを獲得している。夫は同じくバルセロナ五輪での男子シングルス金メダリスト。当時インドネシア金メダリスト1号、2号のこのカップルは「金メダル夫婦」と呼ばれた。妊娠に伴い98年現役を引退。その後はバドミントンのオリジナルブランドのアパレル事業などをしている。

 物語は彼女の出身地、西ジャワ州タシクマラヤから。独立記念日のバドミントン大会で、チャンピオンになった少年と言い合いになったあげく試合する事になり、勝利する。それがきっかけでナショナルチームの合宿に招集され、バドミントン選手生活が始まる。

 自ら選手だった事もあり、娘に愛情深く期待を寄せる父親。厳しくもスシの才能を認めるコーチ。スシが中華系インドネシア人という少数派である事を考慮して奔走する協会のメンバー。ライバルであり良い仲間でもあるチームのメンバーたち。愛情に囲まれながら強敵に、社会的困難にスシは立ち向かう。

 副題の「ラブ・オール」とはまさにこの映画に貫かれたテーマだろう。物語の中で、スシに父親が言って聞かせる場面がある。

ラブ・オールとは、試合前の状態、0対0なんだ。優劣はない。コーチも仲間も観客も皆愛さないといけない。敵に対してもだ。全てを愛して初めて闘う勇気が沸いてくるんだ

 これだけでなく、物語を通して父親の娘に対する愛情がとてもきめ細やかに描かれていて、作品の見どころのひとつにもなっている。

 努力の末にスシは順調な選手生活を送るが、自分の努力だけでは何ともしがたい社会的困難に直面する。当時のインドネシア政府による中華系インドネシア人に対する差別政策である。

 その象徴が中華系住民にのみ課せられた「インドネシア共和国国籍証明書(SBKRI)」の取得である。これがないと国民証明書(KTP)はじめ、パスポートの発行、参政権など国民の権利を得る事ができない。しかし証明書の取得は困難がつきまとったという。映画でも再三触れられるため、歴史を含め詳述する。

 インドネシアの独立宣言後、インドネシア在住者、出生者は、中華系だろうと基本的にインドネシア国籍が認められていた。しかし、1955年、毛沢東による「中国の血を引く者は中国国籍であるべき」との指摘で、中国・インドネシア間で、中華系住民に二重国籍を認める協約が結ばれる。

 ところが1958年にインドネシアでは、中華系住民に対し(インド系住民も含む)、62年までにインドネシアか中国か単一国籍を選ぶ法律が施行される。スハルト政権時代に入ると、二重国籍法が解消され、78年には中華系住民に対し先述の国籍証明書(SBKRI)の取得が義務づけられた。

 これは中華系住民に対する差別政策であるとして批判されたが施行は続き、中華系住民にとって煩雑な住民手続きが一層困難を伴った。96年、大統領令でようやく廃止されるが、通知が徹底しなかったため依然義務化の状態が続き、ハビビ大統領になって再度廃止を通知したものの、未だに一部地方では残っているという。

 「インドネシアに生まれ、インドネシアを愛しているのに、どうして!」

 スシ・スサンティも怒りを込めて訴えている。

 中華系住民への不平等政策は、スカルノ初代大統領時代以降、続いている。1959年にはインドネシア単一国籍を持たぬ中華系住民は都市部以外での商業活動が禁止された。さらには中華名をインドネシア名に切り替える事が義務づけられ、国民証明書(KTP)表記など公式にはインドネシア名を使用せざるをえなくなった。スシ・スサンティも本来の中華名は王 蓮香(Ong Lien Hiang)である。

 さらに、経済危機に伴うインドネシア各地で起きた98年の大暴動では、中華系住民の商店や住宅が標的となり、死者は千人以上といわれている。スシの実家も実際に襲われ、映画でも父親がかろうじて逃げ出した様子が描かれている。

 大暴動当時、スシらはバドミントンの国際大会のため香港にいた。母国では自分も含めた中華系住民が被害者なのに、香港では「中華人を殺したインドネシア人」として批判され、移動バスに物が投げつけられた。なんともやるせない運命である。

 時代に、政治に翻弄されてきた中華系インドネシア人の現実を同作品は克明に浮き彫りにしている。少数派差別に対する批判も、サブタイトル「ラブ・オール」に込められているのかもしれない。

 勿論のことながらこの作品はスポーツ映画であり、ソウル五輪でインドネシア最高の、初の銀メダルを獲得したアーチェリー女子の3選手を描いた映画「3 スリカンディ(3 SRIKANDI/2016年公開)」同様、今作品でもスポーツの醍醐味は存分に味わえる。

 特訓では、いかにライン内ギリギリにシャトルを落とすことができるか、試合中はいかに不利な流れを、自分有利に変える事ができたか。スポーツならではの白熱したシーンは多い。登場人物も生き生きと描かれている。

 インドネシアの国民的英雄がいかにして誕生したのか、時代背景も含めてとてもわかりやすく観ることができる。是非ご覧いただきたい。(英語字幕あり)

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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