「父親のようだった」 JKT48メンバーとファン、稲尾次郎さんを追悼

「父親のようだった」 JKT48メンバーとファン、稲尾次郎さんを追悼

2017-03-28

 3月27日、中央ジャカルタにあるfX内の「JKT48劇場」で、21日に死去した電通インドネシア契約社員でアイドルグループ「JKT48」のゼネラル・マネジャー、稲尾次郎さん(47)の追悼集会が開かれた。

午後5時ごろ、追悼集会に出席するため、JKT48劇場前に集まったファン

 劇場の舞台の中央には、白い服に黒い蝶ネクタイ姿で、黒い帽子に手をやり、こちらに視線を向けている次郎さんの写真が映し出された。JKT48のメンバーに加え、昨年にJKT48を卒業した仲川遥香さんも出席した。ファンは3交替で劇場に入り、追悼集会に参加。中には、花束を手にした日本人ファンの姿もあった。

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追悼集会に出席したJKT48のメンバーら


 集まったファンの前で、JKT48を代表してメロディー・ヌランダニ・ラクサニさんが挨拶した。メロディーさんは時折、声を詰まらせながら、「JKT48創設の時から現在に至るまで、次郎さんはいつもJKT48と一緒でした。私たちにとって、次郎さんは単なるゼネラル・マネジャーではなく、父親のようでした」と語った。メンバーとファンが一緒になって、黙祷を捧げた。

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JKT48を代表し、挨拶するメロディーさん。時々、涙を見せて、声を詰まらせた
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メンバーとファンが一緒に黙祷を捧げた
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集まってくれたファンに、メンバーが頭を下げてお礼


 追悼集会後の記者会見で、心に残る思い出を聞かれたメロディーさんは「黒いシャツにスカーフをしてジーンズ、というスタイルが多かった。すごく寒かった時に『次郎さん、スカーフ貸してよ』と頼み、次郎さんはすぐにスカーフを貸してくれたことがありました」と語った。シャニア・ジュニアナタさんは「毎日、ここ(劇場)で会っていました。次郎さんの声から、意見から、励ましから、全部が心に残っています」、ジェシカ・フェランダさんは「自分の家族より頻繁に会っていることもありました。次郎さんはJKT48の父親のような存在でした」と語った。

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追悼集会の後、記者会見に臨む(左から)シャニアさん、メロディーさん、フェさん


 メロディーさんは「JKT48は、メンバー、スタッフ、ファンの皆様の夢を追求していく」と語り、活動を続ける決意を強調した。22日から休止していた劇場公演は29日から再開する。次郎さんの後任について、メンバーは「まだ答えられない」としている。

メロディーさんの挨拶要旨


 2017年3月21日、JKT48のゼネラル・マネジャー、稲尾次郎が死去しました。ファンの皆様から寄せられたご支援やお心遣いに深く感謝申し上げます。
 私にとって次郎さんは、JKT48の闘士の1人でした。JKT48創設の時から現在に至るまで、次郎さんはいつもJKT48と一緒でした。JKT48のために、いつも最善を尽くしてくれました。
 次郎さんがいなくなってからずっと、大きな喪失感を感じています。私だけでなく、ご家族にとってもそうだと思います。毎日会っていたメンバーにとっては、父親を亡くしたようなものでしょう。私たちにとって次郎さんは、単なるゼネラル・マネジャーではなく、父親のようでした。「どうやったら、JKT48のファンにとって素晴らしいアイドルになれるか」について、意見してくれました。
 実は、最初に次郎さんと知り合った時には、粗雑というか、フレンドリーではない人だと思いました。でも、時間が経つと、本当に良い人だとわかりました。次郎さんはメンバーたちと冗談を言うのが好きでしたし、怒ったこともありません。次郎さんが怒った姿を私は見たことがありません。
 私たちは次郎さんの目標でもあった、JKT48のたくさんの大きな夢を追求していきます。私たちもまた闘い、1000の階段を登り、次郎さんが安心してくれるようにしたいです。皆様のご支援をお願いいたします。
 JKT48は、メンバー、スタッフ、ファンの皆様の夢を追求していく決意です。JKT48をこれからもご支援くださるようにお願いいたします。