Samsara
モノクロ映像に無声という近年まれな作品だが、観る者をスクリーンに引き込み、まるでワヤンの一幕を見ているようだ。終始奏でられるガムラン音楽も堪能できる。さすがインドネシアを代表する巨匠ガリン・ヌグロホ監督であり、その手腕が存分に発揮されている。
文と写真・横山裕一
2024年のインドネシア映画祭で最優秀監督賞を獲得したガリン・ヌグロホ監督作品「サムサラ」がようやく劇場公開された。モノクロで無声映画と近年稀な形態の作品だが、終始奏でられるガムランが物語を読み解いていくように表情豊かに響き、まるでワヤン(ジャワ伝統の影絵芝居)の一幕を観ているかのように展開する。
タイトルの「サムサラ」はヒンドゥー教、仏教用語で「輪廻、因果応報」を意味し、本作品の場合は「因果応報」がテーマ。
物語は1930年代のバリ島が舞台。貴族の家に仕える貧しい男、ダルタが主人の娘、シンタと恋に落ちる。しかし、身分の差、貧富の差からダルタの想いはシンタの両親に受け入れられなかった。このためダルタは神秘の世界に足を踏み入れ、闇の猿王と契約を結ぶ。この結果、ダルタは富と地位を得て、シンタとの結婚を実現させる。子供も生まれ、望みが叶ったダルタだが、闇の契約を交わした代償としての凶事がダルタ家族に襲いかかる……。
本作品はバリ・ヒンドゥー教文化をベースにしたオリジナルな物語。セリフは一切ないが映像展開はわかりやすく、ヒンドゥー教に詳しくなくとも理解できる。ヒンドゥー教での猿の神としては叙事詩「ラーマーヤナ」にも登場するハヌマーンが有名だが、この神はラーマ神に対する忠誠や勇気を象徴する神であり、この物語とは関係がない。
また、本作品のモノクロ映像、無声という手法は物語の1930年代をイメージさせるだけでなく、バリ・ヒンドゥー教に基づいたバリ文化の神秘性の一面を体感するのに大きな効果を挙げている。登場人物の時に大袈裟でコミカルな動きなどは、まるで牛皮で作られたワヤン(影絵芝居)人形が操られているかのようにも見え、ワヤンを実写化して神秘世界を創り出しているようだ。
こうした神秘世界を膨らませている立役者が、終始流れるガムラン(伝統打楽器)の演奏で、時にゆったりと、また時に激しく打ち鳴らされる演奏は、出演者の感情や状況を代弁するかの如く鳴り響く。ガムランを十分に堪能できる作品でもある。
モノクロ映像、無声、ガムランのアンサンブルが観る者をスクリーン内の世界に引き込み、想像力を掻き立てるあたりは、さすがインドネシアを代表する巨匠、ガリン・ヌグロホ監督の手腕発揮といえそうだ。
本作品は全国でジャカルタやバリなど4カ所での上映と限られているが、巨匠監督が作り出すバリ神話世界、ガムランの魅力を味わいに是非鑑賞していただきたい。

