「映画のように恋に落ちて」 映画と現実が交錯する、しっとりした大人のラブロマンスコメディ 【インドネシア映画倶楽部】第63回

「映画のように恋に落ちて」 映画と現実が交錯する、しっとりした大人のラブロマンスコメディ 【インドネシア映画倶楽部】第63回

2023-12-11

Jatuh Cinta Seperti di Film-Film

現実の世界と映画の世界が平行して進行する、大人のラブストーリー。会話劇を中心に、モノクロ映像を多用した意欲作だ。インドネシア映画の近年の充実ぶりを感じさせられる一本。

文と写真・横山裕一

 思いやり溢れる大人の恋に、大袈裟でない心地よいユーモアが盛り込まれたラブロマンスコメディ。さらに作品中の大部分を効果的に白黒映像で綴る意欲作で、シネマの楽しさをじっくりと味わえる作品。

 物語は脚本家のバグスが新作映画のためのオリジナル脚本を任されるチャンスを得るところから始まる。プロデューサーに脚本内容を説明するバグス。内容はスーパーマーケットで偶然再会した高校時代の同級生だった女性に主人公が恋をするというもの。しかし、この女性は愛する夫と死別したばかりで「一生夫への愛を貫く」と、新たな恋愛など考える余地はなく、主人公は付け入る隙がない……。

 実はこのシナリオは、脚本家バグスの現実の姿を描いたもので、彼が恋する未亡人、ハナに黙ったままシナリオを書き進めていた。本人への同意なく進めた後ろめたさ、しかし内容を話せば告白になってしまう。こうした自問自答に悩みつつも映画制作では監督まで任されるに至る。仕事のために愛する人の気持ちを蔑ろにしてしまっていいものか、バグスは自分がエゴイストではないかと自己嫌悪にまで陥る。そんな折、バグスの自宅を訪れたハナにうっかりシナリオを読まれてしまう……。

 現実世界、主人公が作るシナリオの物語内の世界とが併立し、作り込まれたストーリー仕立ても興味を引くが、この作品の大きな特徴はモノクロ映像を多用している点だ。主人公が描くシナリオ内の世界がモノクロ映像で展開するが、脚本家バグスの現実世界を反映した内容だけに、実際のバグスの感情と重なっている。このためモノクロシーンはさまざまな背景の色がなくなることで、現実のバグスやハナの心理描写を際立たせる効果をあげている。ハナの仕事先の花屋の花々や二人が散歩する背景にある色とりどりのはずの落書きの壁もモノクロ映像によって気にならず、観る者を登場人物に集中させている。終盤の回想シーンでこれらがカラー映像で再現されるとその大きな違いに気づく。モノクロシーンは作品内の大部分に及ぶが、その効果と合わせて見どころのひとつだといえる。

 さらにこの作品の特徴は会話が多用された構成になっている点だ。特に冒頭の主人公とプロデューサーの会話部分は、このまま最後までこのシーンになってしまうのではないかと思ってしまうほど若干長めだが、プロデューサーが時にとぼけて、映画がヒットするためにホラー色を入れようと突拍子もなく提案するなどコメディタッチのシーンもあり、見飽きさせない。ラブロマンス・コメディ作品として、シリアスな内容になりがちなところでユーモラスな要素をを交え笑いに転じさせる塩梅が絶妙だ。

 出演俳優の好演も本作品の魅力を引き立てている。心の葛藤を続ける主人公を演じるのはリンゴ・アグス・ラフマンで、ぶっきらぼうな表情とは別に優しさが滲み出るキャラクターは本作品の役にとてもマッチしている。ハナ役のニルナ・ズビルも過去に映画「チュマラ家族」(Keluarga Cemara)でリンゴと共演しているだけに息も合っている。登場人は少ないが、脇役陣も選りすぐりで見どころを増している。

 魅力あるストーリーと効果あるモノクロの世界、そしてユーモアありしっとりとした気持ちになれる本作品は、インドネシア映画の近年の充実ぶりを感じさせる一本といえる。物語の設定とは別にシネマの世界はいいなとも改めて感じられる。日本語に吹き替えて会話の妙を活かしながら、是非日本でも公開してもらいたい作品だ。

 約2時間の上映時間の長さを全く感じさせない作品なので、是非とも劇場でスクリーンに見入って、「良い映画」を味わっていただきたい。(英語字幕なし)

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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