「母のいない明日」 AIが生活に組み込まれた「明日」の親子関係 【インドネシア映画倶楽部】第109回

「母のいない明日」 AIが生活に組み込まれた「明日」の親子関係 【インドネシア映画倶楽部】第109回

Esok Tanpa Ibu

AIを駆使して作られたアプリ「アイブ」(I:BU)で、亡き母との会話にのめり込む子供、それに不安を感じる父親。現実味を持ったインドネシアの近未来で、人間味のある親子ドラマが展開する。

文と写真・横山裕一

 様々な分野ですでに普及しているAIがより生活に組み込まれた、限りなく現在からほど遠くない未来での親子関係のあり方を描いた、意欲的な作品。

 物語の主人公は16歳の高校生ラマ。一人っ子のラマは両親と3人暮らしだが、母親には悩みなどを気軽に打ち明けられる一方で、厳しい父親に対してはぎこちない関係が続いていた。ある日、3人で山林をハイキング中に母親が倒れて、意識不明の状態が続き、そのまま死去してしまう。

 ラマが母親への追慕が増す一方であるなか、コンピュータープログラミングを熟知した友人がAIを駆使してラマの母親の音声や映像、人格で受け答えできるアプリケーションを制作する。その名も母親(イブ:IBU)をもじって、「アイブ」(I:BU)。スマートウォッチにアイブをダウンロードしたラマは母親と常に会話ができ、明るさを取り戻す。しかし、バーチャルな母親との世界にのめり込んでいく息子に父親の不安感が増していく……。

 本作品での主人公家族はやや裕福ではありながら、一般的な家庭が描かれている。ただし自宅にはAIによるバーチャルアシスタント機能が組み込まれ、話しかけるだけで様々な情報を答えたり、照明の点滅などが行われる。近い将来、どの家庭でも実現しそうな、一部ではすでにある世界が描かれる。インターネットを介した商取引や配車などが広く普及し、最新技術を次々と取り入れる姿勢が強いインドネシアでは一部富裕層で、こうした世界が日本よりも早く実現しそうだとさえ感じられる。

 しかし、作品ではAIシステムの便利さの反面、亡き母親の幻影を求めるあまり、非現実の世界に没頭してしまうラマを通して、現実社会での人間関係のあり方の大切さを訴えかけている。技術の発展に伴って、非現実と現実世界のバランスをとらねばならない、次世代の人々の新たな課題といってもいいかもしれない。

 作品ではごく普通の家庭画像に一見SF的な要素が入るため、従来とは一味違った感覚を味わうが、それだけに近い将来での現実味も同時に感じられてくる。ただしドラマとしては、息子と父親の親子関係の修復がテーマで、人間味ある物語が展開する。父親役には2025年のインドネシア映画祭で最優秀主演男優賞を受賞したリンゴ・アグス・ラフマン、母親役にディアン・サストロワルドヨと豪華キャストだ。

 決してSFとは言えない現実味のある「明日」の世界の親子ドラマを是非、劇場で味わっていただきたい。

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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