「ZINE」(ジン)と呼ばれる自主制作冊子がブームとなる中、インドネシアでも、「イし本〜インドネシアの推しを語り尽くす本」寄稿者らの間でZINE制作が進んでいる。ライター・コーディネーターの武部洋子さんは昨年、インドネシアの民主主義や旅をテーマにしたZINE3冊を発行した。これまでに書きためた文章をまとめた1冊と書き下ろし2冊だ。どんな思いでZINEを作っているのか聞いた。(文と写真・池田華子)

「こんな時代に戻りたくないよね?」というメッセージ
緑、黄、赤。スハルト政権下の政党のシンボルカラーだ。この3色で表紙が塗り分けられた「『民主主義』の祭典」(Pesta “Demokrasi”)は、1992年の総選挙キャンペーンの写真集。当時、バンドンに留学していた武部さんはポケットカメラを持って、全政党の選挙集会に足を運んだ。政党マークである星形に髪を刈ったり、お揃いのTシャツ姿でパレードしたり、熱狂する人々の姿が写されている。
しかし、タイトルの「民主主義」に「かぎかっこ」が付けられているように、独裁体制下で許された政党はたったの3つで、しかも、その中で勝利するのは必ず与党「ゴルカル」と決まっていた。つまり、選挙キャンペーンは「盛り上がって見えるだけの茶番」なのだ。

選挙キャンペーンから投票日までを撮りためた写真はバンドンの店で現像したが、アルバムの中に埋もれたままだった。プラボウォ政権が本格始動した2025年になって古い写真を引っ張り出して来た理由は、インドネシアの若い人たちにメッセージを伝えたいと思ったからだ。
今、スハルト時代に回帰するような、きな臭い動きがある。政治意識の高い昨今の若者に、「前はこうだったんだよ」と知ってほしい。考えてほしい。「こんな時代に戻りたくないよね?」と
パサール・サンタにある独立系書店「ポスト」に、この本の売り込みに行った時、オーナーのテディ・クスマさんはページをぱらぱらっとめくって「選挙はしょうもない茶番だった」という一文に目を留め、「そう、これなんだよ! ヨーコ、よく言ってくれた」と賛同し、本を置くことを快諾してくれた。
武部さんは2025年8月にジャカルタなど全国各地で起きたデモを受けて、「インドネシアのひとびとは、あの時代に戻らないよう、前に進んでいくための強い意志と行動力を持っていることが深く実感された」とまえがきに追記した。
デジタルに慣れた目にはやや不鮮明に見える写真が昔のフィルム写真らしい。ポケットアルバムのように小さくかわいい本なのだが、貴重な時代の記録となっている。ページをめくっていると、1992年に引き戻されるよう。そう、この時代に戻るとしたら、どうか。
「いま書けることはどんどん書いていかないとね。(前のような時代に)いつ戻るかわからないんで。みんな、手に取って読んでほしい」と武部さんは語る。
旅の思い出が丸ごと「アート+ZINE」に
「インドネシアから行く中欧の旅」(A Journey to Central Europe from Indonesia)は、2025年に友人たちとチェコやハンガリーなど4カ国を旅した思い出を綴った本。おしゃれなコラージュ画と軽妙なエッセイがセットになって構成されているのが特徴であり異色。これは「『ZINEを作りたい』と『絵を作りたい』が同時発生だった」と武部さん。
例えば、旅先でレコードを買う楽しさを書いた「旅のレコード・コレクション」はプラハ、ウイーン、そしてドイツ・マインツで、地元アーティストのレコードを掘り出して買った話。扉絵となっている「Records from the Road」は、ハンガリーのスーパー「アルディ」のちらしのコラージュにアクリルとクレヨンを加えた絵。カラフルで楽しげなレコードから、ヨーロッパの音が聞こえてきそうだ。

「ビール三昧」は、「旅行で飲んだビールが全部おいしかった」という話。そして、チェコ・プラハで飲んだオレンジ色のビールを描いた「Hop Heaven」もまた、「ビールを飲んでうれしい」という素直な気持ちを表現している。ジョッキに垂れる泡はチケットを切って貼って、コラージュした。
パティ・スミスのコンサートのために一人で行ったドイツでは、マインツに3泊した。その時にグーテンベルク博物館を訪れ、お土産コーナーにあったアルファベットの木版スタンプを購入した。「グーテンベルクが活版印刷を発明してくれたおかげで、私も今、ZINEを作ったりできる。そう考えるとぐっときて」描いた絵が「Thanking Gutenberg」(グーテンベルク氏に感謝)。聖書の背表紙の周りに、博物館で買ったスタンプをランダムにあしらった。ちなみにこの本の表紙のタイトル「A Journey to Central Europe from Indonesia」も、このお土産スタンプを押して作ったものだ。

このような、楽しい文と絵の11篇。コラージュには、旅で使ったチケットそのものや地元スーパーのちらし、フリーペーパーなどが使われており、旅の思い出が丸ごとアート作品になっている。写真は一枚もないのだが、絵で想像が大きく膨らみ、一緒に旅しているような臨場感がある。
「好きなこと、何でもいいと思うよ。手書きでも」
武部さんは元々、「絵を描きたい」という気持ちがあり、教室に通ったりもしていたが、なかなか自分のスタイルを見付けられずに「行き当たりばったりで描いてきた」と話す。「子育てが一段落し、キャリアの合間の時間に『クリエイティブなことをしたい』と、コンプレックスのようにぐずぐず思っていたが、動いたことがなかった」。
2024年12月に発行された「イし本」に寄稿者・編集協力者の一人として参加して、「ZINEを自分で作る」という考えが初めて浮かんだ。12月にジャカルタで開催された「プレス・プリント・パーティー」に「イし本」レーベルの「バレオ!」で参加し、その環境にも刺激を受けた。「いいなぁ、すてきだなぁ、と言ってるだけじゃなく、自分でもやりたい。やっと、その時が来た」と感じた。
元が「パンク」なので……下手くそでもいい、自分で表現することが「パンク」。今になって、その境地にたどりつくことができた。これまでは「自信がない」とか「時間がない」とかいう言い訳があったけど、ある程度、年を取って、そういった言い訳を飛び越せるようになった
最後に、「自分もZINEを作ってみたい」と思う人に、何かアドバイスはありますか?
何でもいいと思うよ。何でも好きなことをやればいい。
武部洋子さん
手書きでもいいし。
「読む人がいないんじゃないか」とか心配する必要はなし!
表現して、外に出すだけで楽しいから!
武部洋子(たけべ・ようこ)
フリーランスの通訳・コーディネーター・ライター。「旅の指さし会話帳 インドネシア語」著者。東京都生まれ。1994年からジャカルタ在住。2013年にインドネシアに帰化。#戦争反対
■武部さんのZINE販売先
インドネシアでは、トコペディア「Baleo Books」で販売中
- 「青いジャカルタ、バンドンの春〜1990年代インドネシア生活の記録」(7万ルピア)
- 「『民主主義』の祭典〜1992年インドネシア総選挙キャンペーンの記録」(15万ルピア) ※実店舗の「Post」(パサール・サンタ)、「Mata Lokal」(mBloc)、「Kedai Patjarmerah」(Pos Bloc)、「Sunset Limited」(グランド・ウィジャヤ)でも販売中
- 「インドネシアから行く中欧の旅」(13万ルピア)
日本では、「アジアンミール」で3冊とも販売中

