小さなモザイクを集めたインドネシア 西宮奈央さんの「旅」と「猫」のZINE

小さなモザイクを集めたインドネシア 西宮奈央さんの「旅」と「猫」のZINE

バンドン在住のフリー通訳者、西宮奈央さんが制作した「旅」と「猫」のZINE(ジン=自主制作冊子)を開くと、知らないインドネシアが見えてくる。西宮さんはブログを書いているが、ZINEを作るのは初めてだ。作ってみた感想を「楽しいー!」と語る。(文と写真・池田華子、トップ写真はジェズさん撮影)

「ヌサンタラ・ノート」より
月面のような銀色の砂漠に満天の星空が広がるブロモ山(「ヌサンタラ・ノート」より)

27の旅の断片 「ヌサンタラ・ノート」

 「パレンバンの街中で、青いバナナを荷下ろしている人たちを見かけた」

 「インドネシアの端っこに行きたい欲がある」

 「カリマンタンは川の島」

 そんな、そそられる書き出しで始まる、「旅の断片」を集めた27篇。インドネシアの西から東へ、北から南までを旅した。

 「トバ湖は魚の涙で出来た」という伝説をバイクタクシーの運転手に教えてもらった。ナツナ諸島のセダナウ島で、水上家屋の中の道を歩いた。カリマンタンで川下りをしていたら竹の筏から川に落ちて、「マジ?」みたいな顔をされた。そんな体験が鮮やかに切り取られている。

 ノートかメモか、といった文章は、潔いほどに短く、読みやすい。「長々とした文章は必要ない。自分が見たこと、誰かが話したことだけにした」と西宮さん。実体験だけに絞られた文章の凝縮度は高い。

 本を開くと、左側に写真1枚、右側に短い文章。その場所とその時に、ページの中から入り込み、自分も一緒に体験しているような気持ちになる。

「ヌサンタラ・ノート」より
竹の筏での川下り(「ヌサンタラ・ノート」より)

「知らない」場所へ

 西宮さんの旅行のモチベーションは「布か、ごはんか、みんなが知らない場所」。最後のは「宝探しみたいな感覚」と言う。

 西宮さんの夫のジェズさんは、インドネシア各地で航空写真を撮影してきた写真家だ。ジェズさんの写真からインドネシアの広さと多様さを知った西宮さんは対抗心も生まれ、「ジェズの行ったことのない場所に行こう」と思ったのが、旅を始めたそもそものきっかけだ。

 旅を始めた2004年ごろは、インターネットでの情報もたかが知れていて、旅のガイドは「ロンリープラネット」ぐらい。その「ロンリープラネット」にも載っていない場所へ行くのは、ことのほかわくわくした。「知らない場所こそ、魅力的。そこに何があるかわからない、だから知りたい」と思った。

 現地では、島に渡る舟の出ている港へ行き、「どこに行きたいの?」と聞かれて、「どこへ行けるの?」と聞く。計画を練らなくても、偶然に良さげな場所にたどり着き、いろいろな人たちに出会った。クラゲのいる湖、電波もない集落、いろんな所を旅した。これまでにインドネシア国内で訪れた場所は100カ所余り。そこには見たことのない人たちや見たことのない暮らしがあって、「これもまたインドネシアなんだ」と新しいインドネシアが見えてくる気がした。

イジェンで下山時に「タクシー」と呼ばれているリアカーに乗せてもらった(西宮さん提供)
東ジャワのイジェン火山を下る時に「タクシー」と呼ばれるリアカーに乗った(西宮さん提供)

 ジャカルタで仕事をしていて、メディアの発信する記事を見て、「インドネシアとは」と語られるたびに、そこに含まれない、認識されていない「インドネシア」がたくさんあると感じてきた。初めて作るZINEでは、「『インドネシア』という大きな主語でくくれないインドネシアが自分の頭の端っこにはいつもある。それをちょっとずつ見せていこう」と考えた。

 それは、例えば、焼いた鶏でその年の収穫を占う東ヌサトゥンガラ州サヴ島の長老。素潜りで、するすると海へ潜っていくサマ(バジャウ)の人たち。ジャカルタに暮らす人が「インドネシアはさぁ……」と話す時に、その中には恐らく入っていない人たち。

「大きな四角」でぽん!と見せるよりは、いろんな色をした「小さなモザイク」的な物を集めていけたら、幸せ。それを俯瞰で見たら「あ、インドネシア」となる。ズームイン、ズームアウトするポイントは、「いつもジャワ島」じゃなくてもいいんじゃない?

猫を愛する国 「クチン・ヌサンタラ」

「クチン・ヌサンタラ」より
スマトラ島マニンジャウの猫(右ページ。「クチン・ヌサンタラ」より)

 「ヌサンタラ・ノート」を作るに当たって古い写真を見返していたら、合間合間に猫がいる。どこで会ったか、どんな猫だったか、ビビっていたのか、寄って来たのか、すべて思い出せる。「ヌサンタラ・ノート」を作って楽しかったこともあり、「猫は猫で作ろう」と、もう一冊のZINE「クチン・ヌサンタラ」にまとめた。

こんなに猫が愛されている、こんなに猫を愛でる国は、ほかにないと思う。トルコもすごいけど、インドネシアもマジすごいよ。猫は共有財産

 旅先で出会った猫たちの写真集で、インドネシアのさまざまな風景の中に猫がいる。猫はのびのびと、人々の生活の中に溶け込んでいる。これもページをめくっていると、インドネシアのいろんな場所を旅しているような気分になる。

 「ヌサンタラ・ノート」は英語の全訳まで付いているのだが、「クチン・ヌサンタラ」の方は「言葉は要らない」と、写真のみ。「存在そのものに何かしらの物語があるのが猫だから」と西宮さん。例えば、スマトラ島マニンジャウの海辺にいる猫の写真(上)は「毎朝、おじさんが小魚をあげていて、この猫2匹はおじさんの舟を待っているところ。『ごはんのおじさん来たー!』って感じで、耳を立てて待ってるの。かわいい!」。本の中には西宮さんの愛猫もしっかり入っている。

 西宮さんは2冊のZINEを手に、「猫と旅の2冊セット、これが(私の)インドネシアなんだろうな」と言う。

「クチン・ヌサンタラ」より
ジャカルタ・サリナデパート近くの猫。友人に「知り合いの猫が写っていてびっくりしました」と言われたという(「クチン・ヌサンタラ」より)

1週間で作ったZINE

 西宮さんは自分でZINEを作れると思っていなかったが、友人の武部洋子さんらがZINEを作っているのを見て「楽しそう。ZINEって作れるものなんだ」と思い、仕事の休みが1週間出来た時に、勢いで作ってみたところ、「思ったよりもすぐ出来た」と語る。

 難しいデザイン・ソフトなどは使っていない。「写真を貼って、文章を書ければ、それでいい」と、パソコンに入っていた「Pages」を使用。それをバンドンの印刷所で印刷した。「昔のオフセット・プリントと違って、好きなだけ作れる。1部とか5部とかでもいい。PDFで納品するだけで、難しいことは何も要らない」。

 ブログでの発信をしている西宮さんがZINEを作ってみた感想は?

すごく楽しい! 普段、写真は撮りっぱなし。ハードディスクの中に入っていて、いつでも取り出せるけど、「物」としての形にした、というのはとても楽しかった。紙をパラパラめくる感じや間に指を挟める感じ、そして人に渡せるのも、紙の良さかな。自作のZINEを日本の古い友達にあげたりしてます

 自分の中の大事なものを「これ、好きなんですよー」とできるのは、幸せなこと!

 「ZINEを作ってみたいな」と思っている人へ、西宮さんからのメッセージ。

 思っているよりもすぐ出来る。全然難しいことなく、すぐ出来るから、是非やってみて!

西宮奈央さん

西宮奈央(にしみや・なお)
2004年よりインドネシア在住。ジャカルタでの日系企業勤務を経て現在はフリーの通訳。業務スケジュールの合間を見つけてはインドネシア各地へ旅をするのがライフワーク。インドネシアの食べ物についてのブログは「ヌサンタラ・キッチン」。次のZINEは「ヌサンタラ・ノート」をもう一冊か、「ヌサンタラ・キッチン」をまとめるか、考え中。

■西宮さんのZINE販売先
インドネシアでは、トコペディア「Baleo Books」で販売中 ※現在休止中、2026年5月20日に再開予定
・「ヌサンタラ・ノート Nusantara Notes〜インドネシアの島から島へ」(12万ルピア)
・「クチン・ヌサンタラ Kucing Nusantara〜インドネシアの猫たち」(6万ルピア)

西宮さんのX(ツイッター)またはインスタグラムのDMでも受付中

日本では、「アジアンミール」で販売中

西宮奈央さんのZINE2冊。「ヌサンタラ・ノート」(左)と「クチン・ヌサンタラ」
西宮さんのZINE2冊。「ヌサンタラ・ノート」(左)と「クチン・ヌサンタラ」。日本へのお土産にも
「表現して外に出すだけで楽しい」 ZINE3冊を制作した武部洋子さん
「ZINE」(ジン)と呼ばれる自主制作冊子がブームとなる中、インドネシアでも、「イし本〜インドネシアの推しを語り尽くす本」寄稿者らの間でZINE制作が進んでいる…
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