手土産持って訪問授業 【ぼくせん〜ロンボク先生日記】#3 

手土産持って訪問授業 【ぼくせん〜ロンボク先生日記】#3 

2021-01-20

文と写真・岡本みどり

前回のおはなし>
ここは北ロンボク県、観光専門高校。私は日本語教師、ぼくせん(ロンボク先生)。オンライン授業への出席者の少なさは経済事情によるものと考えた教師たちは、行政支援を受けて通信SIMカードを全校生徒に配布。しかし出席者数は変わらず、訪問授業を行うことになりました。

 私も2020年9月9日に海辺の村へ訪問授業に行くことになりました。私のほかに2人の生活指導の先生も一緒です。

 7月の新年度開始以来、初めて生徒の顔を見ます。うれしいな~。

 私は準備のために先生方に尋ねました。

 「授業は何分ぐらいですか?」
 「え~、キリのいいところまででいいよ~」
 「(いや、それは……)ほかの先生方は何分ぐらい授業なさってます?」
 「う~ん、30分から1時間くらいかな」
 「生徒は何人ですか?」
 先生は、生徒の名前とクラスが書かれた表を見せてくれました。
 生徒5人。私が日本語を教えていない調理科の生徒も1人含まれていました。
 「この子は日本語の授業を受けていませんけど……」
 「いいの、いいの」
 いいんかい。

 まぁどうせ、ほかの子も数回のオンライン授業を受けた程度だから、全員初回授業のつもりでやればいいか。日本語でごく簡単な自己紹介ができるように教材の準備をしました。

*  *  *  *  *  *  *   

 当日。先生のバイクの後ろに乗せていただき、学校から10分ほどの村へ行きました。

 村は湾になっていて、ぐるりと海を囲んだ向こう側には高級リゾートホテル「オベロイ(The Oberoi )」があります。つまり、とってもきれいな海が見えるシチュエーションで、授業です。

 生活指導の先生の1人が小さな箱を持っています。箱の中身は、なんと焼きたての大きなちぎりパン。調理科の先生が焼いてくださいました。なるほどなるほど……手土産を教師側が持って行くとは、なかなか気の利いた訪問授業だな。

 授業の前に、生活指導の先生方による生徒へのヒアリングがありました。これまでのオンライン授業の参加状況を事前に把握して、参加状況の良くない生徒を中心に様子を聞き取ります。いきなり怒るようなことはせず、雑談から入って、少しずつ生徒の気持ちを聞き出しているのは素晴らしいなと思いました。

 先生のヒアリングによると、オンライン授業への出席数が少ない理由は、インターネットにアクセスする料金が不足していたり、携帯が壊れたまま放置していたりすることでした。これらは、ほかの村の生徒たちとほぼ同じ意見です。 SIMカードを配ったよね?と聞いても、生徒たちはごまかし笑いをするばかり。携帯が壊れている子や持っていない子には配慮が必要ですが、ネットにアクセスできる子がそうしないのはなぜなのか……。うーん、やっぱりわからないなぁ。そう思いながらも日本語の授業に入りました。

 生徒たちは「わからない~」「はずかしい~」などとモジモジしながら、次第に自分の自己紹介ができるようになりました。生徒たちの兄弟なのでしょうか、小さな子供たちが授業を見に来ていて、とてもかわいらしかったです。

訪問授業

 授業を終えて、生徒指導の先生が、今日の授業はどうだったかを生徒に尋ねました。

 生徒たちは口々に「やっぱり顔を合わせた授業の方がいい」と言いました。動画を配布する形式の授業だと、わからないところがあっても質問しにくいし、友達もいないから面白くない、とのことでした。

 「先生、いつになったら対面の授業が始まるんですか?」ある生徒が尋ねました。

*  *  *  *  *  *  *   

 帰り際、生活指導の先生たちと浜辺の近くに腰を下ろし、今日の振り返りをしました。

 観光客がすてきな写真を撮れるように飾られた看板がいくつか立っています。いつもならここで観光客が寝そべっているのになぁ。

 「生徒からの最後の質問……あの質問に尽きるよなぁ」

 生活指導の先生がこぼしました。私たち教師も、本当はとっくに気が付いているのです。

 インターネットにアクセスできない……なんていうのはただの言い訳で……みんな本当は、学校に行って、友達と会って、わいわい勉強したい。いえ、勉強ははっきりいって二の次です。生徒たちはみんなと楽しく過ごしたいんです。いつも通りに。

 携帯でクラスメートや先生とチャットをしても、生徒たちの気持ちは満たされません。携帯画面越しに話すのと実際に会って話すのとは大きな隔たりがあることを、生徒たちは感じていました。高校生ですからエネルギーもあり余っています。しかも、私の勤務校は進学校ではないため、生徒たちは勉強に重きを置いてはいません。

 みんなと一緒に楽しい高校生活を過ごしたい。

 たったこれだけの純粋で切実な気持ちに応えることができない私たち。

 何かもっと根本的な取り組みが必要なのかもしれないな。でもどうやって……? 

 初めて生徒と顔を合わせられた喜びと、その生徒の気持ちに応えられないもどかしさ。その両方を感じた訪問授業でした。

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