「フリー・ウォーキング・ツアー」はヨーロッパで2013年ごろに始まったという観光地のガイドツアー。歴史的建造物などの名所を歩いて案内し、ガイド料は無料または好きな額のチップを渡す。観光名所の少ないジャカルタでも2014年に始まり、「ジャカルタ・グッド・ガイド(Jakarta Good Guide)」が毎日、ツアーを行っている。観光地ではなく、道を歩くのも難しいジャカルタでのウォーキング・ツアーはどんな様子なのか? 古い建造物の多い中華街コタの心臓部を巡る「チャイナタウン・ツアー」に参加してみた。

 

 午前9時、ガジャマダ通りのノボテル・ホテルに集合。事前にウェブサイト(www.jakartagoodguide.wordpress.com)から、参加したいツアーを選び、登録しておく。外国人でもインドネシア人でも誰でも参加でき、1回の定員は15人。この時の参加者は4人(インドネシア人3人、日本人1人)だった。インドネシア語と英語の話せるガイド1人が案内してくれる。  ほかの参加者を待とうとホテルのロビーに向かった足が止まった。ホテルの敷地のただ中に忽然と中国風の建物がある。実はこれが、ツアーで巡る1つ目の名所、「チャンドラ・ナヤ(Candra Naya)」だ。

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そびえ立つホテルの中に隠れるようにして立つ「チャンドラ・ナヤ」

 オランダ植民地時代のバタヴィアで中国人の最高位の高官、最後の中国人代表を務めた許金安(Khouw Kim An、1875〜1945)の家。建てられたのは、許金安の父の時代の1867年とも、祖父の時代の1807年ともいわれる。客を迎えるのに使われたメインの建物のほか、中庭を挟んだ奥には2階建てのプライベートな住居、南北に使用人や子供たちの家などがあったが、現在のオーナーにより、2階建ての家は取り壊されてしまった。歴史的建造物保全を求める抗議の声を受けて、それ以上の取り壊しは中止され、ホテルのただ中にメインの建物などが残されたわけ。2階建ての家は復元されていない。

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池は、家主に幸運をもたらすと信じられていた

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扉には、幸運の到来や子孫繁栄などを願う漢字がいろいろ書かれている

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内部は何もなく、がらんとしている。大理石の床は後で作り替えられたもの

 続いて、ガジャマダ通りを歩き、「パンチョーラン・ティーハウス(Pantjoran Tea House)」に向かった。ちゃんとした歩道はないし、車、トラック、バイク、バジャイ、自転車と、何でも走る道は、歩きやすいとは言えない。強い日差しの中、10分ほど歩く。

 着いたのは、チャイナタウンの入口付近に当たる場所。オランダ時代のチャイナタウンはビジネスの中心地で、トラム(路面電車)も走っていた。この建物は1928年に建てられ、薬局として使われていた。独立後に放置され、蛇や怪しい薬を売ったり、ホームレスの住居になったりして、荒れ果てていた。2015年にジャカルタ州政府と「ジャカルタ・オールド・タウン・リバイタライゼーション・コーポレーション」が合同で改築を行い、中国人がバタヴィアで活躍していた時代をしのばせるティーハウスに生まれ変わった。

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1928年当時。建てられたころ

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1930年当時。通りが賑やかに

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1957年当時。車に、市電も走る

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2015年に改築。植民地時代をしのばせるティーハウスに生まれ変わった

 ティーハウスの前には「Patekoan」がある。「Pa」は8、「teko」はティーポット。その名の通り、8つのティーポットが並べてある場所で、誰でも自由にお茶を飲むことができる。17世紀にバタヴィアの中国人代表(キャプテン)だったGan Djieが、疲れた旅人が休憩できるように家の前に8個のティーポットを置いていた、という逸話に基づくもの。昔をしのばせる「お休み処」で、旅人の気分で、お茶をいただく。

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無料のお茶が置かれている。店内に入らず、ここで飲むだけでもOK

 ここから30歩ほども行かない場所に、漢方薬局「Tai Seng Ho」がある。店の前に来ただけで、漢方薬の強い香りがぷんとする。中には「先生」がいて、患者を診てから漢方薬を処方している。華人も華人でない人も、赤ちゃんからお年寄りまで、患者はいろいろだ。処方箋に従い、木の戸棚の引き出しから漢方薬を取り出し、調合する。福建語が飛び交い、まるで中国映画の中にいるようだ。

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受診を待つ人、漢方薬の処方を待つ人

 ここから道路を横切って狭い路地に入り、中華街の市場、「第9区パサール(Pasar Petak 9)」へ。昔の中華街の区画分けの、ここは第9区画だった。「9」は中国で縁起の良い数字とされる。商売繁盛にはぴったりの場所だ。

 結婚式用品などを売る店があり、店全体が燃えているかのように真っ赤。ガイドが、封をしてある包みを手に取った。包みの中には、乾いた木の細切りのような物が入っている。

 「これ、何かわかる人!」

 「木? 魚? カツオですか?」

 「……中国伝統のバイアグラです!」

 一瞬の沈黙の後、皆、どっと爆笑。

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中華街の市場は色彩があふれている。赤いアンパオ(お年玉袋)、野菜や食べ物。右の鍋は路上フードの「Sekba」。豚の三枚肉、モツ、耳などの豚ごった煮込み。好きな部位を選び、食べやすい大きさに切ってもらう。その場で食べてもよし、持ち帰ってもよし

 その店の隣では、カエル、ナマコ、豚のごった煮など、ほかのパサールでは見かけない物も売られている。売り子たちは皆、「何を探しているの? 見てってよ!」「新鮮だよ!」と声を掛けてくる。品物を見るのは楽しいが、バイクやベチャも通る道なので、あまり夢中にならないように気を付けよう。

 パサールの突き当たりには、有名な中国寺院「金徳院(Klenteng Cin Te Yen)」がある。1650年に建てられ、「第9地区の寺院(Klenteng Petak 9)」という名前でも知られている。2015年旧正月の直後の3月2日に起きた火災で焼けてしまい、まだ修復はされていない。

 火事の原因はろうそくの火だったといわれる。その「ろうそく」、一番大きい物は直径約50センチ、高さは約2メートル! 火をつけてから、6カ月は持つという。6カ月も祈祷が続いていると考えると、心強い? お値段は1300万ルピア。ろうそくには寄進者の名前や会社名が書かれている。

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人々の祈りを込めた大ろうそくが燃えている

 そこへ、鳩の入ったかごを持った男性と信者の女性2人がやって来て、女性がかごの戸を開けて、中にいた鳩2、30羽を空に放した。善行を積むことで、幸福な輪廻転生や望みが叶う願をかける。鳩を放すのは、1羽1000ルピア。

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善行を積むために、鳩を放す。鳩は後でまた、飼い主(売り主)の所へ戻って来るようだ

 続いて、中国風の教会を訪れた。「ファティマの聖マリア・カトリック教会(Gereja Katolik Santa Maria de Fatima)」。元々、中国寺院だったものを教会に変えたので、中国文化とキリスト教が融合しているかのような、面白い教会だ。絵に描かれた聖母マリアと幼子イエスも中国人の顔立ちをしている。毎週日曜午後4時15分から行われるミサも中国語(マンダリン)だ。

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ファティマの聖マリア・カトリック教会。中国人の顔立ちをした聖母
マリア

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中国風の教会内部

 寺院・教会巡りが続くが、もう1つ。「ダルマ・ジャヤ・トアセビオ寺院(Vihara Dharma Jaya Toasebio)」は、1740年に起きた中国人虐殺事件(アンケ事件)の時に消失したため、後に新しく建てられた。屋根に黒い犬の像が乗っているのに注目! 「ジャカルタの街を守るように」と取り付けられた物だそう。

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ダルマ・ジャヤ・トアセビオ寺院は金徳院より広々としていて、モダンに見える。中国人虐殺事件の時に寺を守ったとされる聖人が犬を飼っていたといわれる。これにちなみ、屋根には犬の像が

 最後に、細い路地のグロリア通り(Gang Gloria)へ入る。中国系の食べ物屋台が並ぶ、楽しい場所。鶏や豚を載せた麺、チャクエなどの揚げ物、果物、スッポン……。外で買った食べ物も持ち込める古いコーヒー店、「Tak Kie」に入って、午前11時半ごろ、ツアーは終了だ。

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古いコーヒー店「Tak Kie」。エス・コピが名物。ミルク入り1万8000ルピア、ミルクなし1万5000ルピア。午前6時から開いているので、外で買った食べ物を持ち込んで朝食を取る人も

 コーヒーはミルクなしコーヒー(kopi hitam)とミルク入りコーヒー(kopi susu)の2種類だけ。今、ジャカルタで流行っている「エス・コピ・スス」の元祖のようなコーヒー。ジャカルタの流行の最先端とバタヴィアの時代がぐるっと回って、1つにつながった。

 
 
→チャイナタウン・ツアー・マップ